第三話 垣間見る能力
病院の一室の休憩室――。
そこにはハンスと葵の二人だけが存在していた。お互いがお互いに眼を離さずまるで蛇に睨まれたカエルのように身動き一つ取れなくなっていた。
「……おまえ」
身動きも取れず沈黙を保っていた空間に声が木霊する。それは紛れもないハンスの声だった。その声に身体の金縛りが溶けた葵はハンスから眼を一瞬逸らしたが、またすぐに眼をハンスに戻した。
見るとハンスは窓から病院内に入ろうとしているように窓の取っ手の所に足を駆けていた。
「あなた……もしかして、ハンス?」
ハンスが先になにかを言おうとしていたが、葵はそこまで頭が回らずに頭に思いつくままの言葉を放つ。その質問にハンスも自分が言おうとしていたことを止めて答える。
「ハンスっていうのは世間が勝手に付けた名前だよ。俺の名前は、柊 翔。この世で最も翔ぶことの出来る人間だよ」
――人間。
確かに人間なのだろう。見た目は若い青年にしか見えない。特に変わったところもない極普通の青年。でも普段危険なこととは無縁な人間でも一瞬で分かる。ハンスが放つ殺気にも似た気配。独特の雰囲気。その場にいるだけで空気が変わり、その空気は己を締め付ける。ただそこにいるだけで苦しくなる。これが恐怖。
葵は無意識の内に手は震え、鳥肌を立てていた。きっと普通の人間なら誰でもこういう反応を起こすのだろう。なにせ今目の前にいるのは世界的大犯罪者なのだから。
「おまえ、俺の能力知ってるか?」
葵はその言葉にまたもやハッとした。
ハンスの能力も有名である。ただそれが嘘かホントかは誰にも分からない。いや、それ以前にハンスの能力自体を信じる人は極めて少ない。それもそのはずである。ハンスの能力それ自体がまさに人知を超えている能力だからである。
ハンスの能力――。それは人の心を垣間見ることが出来る。つまり人の心が読める。
今自分が考えていることも全て筒抜けなのだろうか。葵は時間と共に少し冷静になっていく自分を感じながらそんなことを考えていたのだが、ハンスの答えは予想外のものだった。
「俺は人の心を読むことが出来る。だが……おまえの心は読めない」
「え?」
葵は驚いた。心が読めない。それはつまり垣間見ることが出来ない。
それは、ハンスにとって自分の能力が嘘だと示すことになるのではないだろか? ただでさえハンスの能力を信じてる人自体少ない。それももちろん人知を超えているし、実際に見ていないし、経験していないからである。だが、だからこそ、たとえそれが嘘であっても、接触した人間には心が読めると言っておいたほうが都合がいい。
それなのにハンスは葵に対して心が読めないことをあっさり認めた。これは一体どういうことなのか。
「俺がいままで会った人間で、心が読めない人間はおまえが始めてだ」
つまりハンスが言うのは心の読めない人間に出会うのは始めてということ。
葵はもともとハンスの能力に関しては信じてはいなかった。だから、心が読めないのは当然だし、なんら不思議ではない。それが当たり前なのだ。自分が特別なんじゃない。葵はそう心に言い聞かせてハンスを見つめた。
「少し……おまえに興味が湧いた。名前は?」
葵はハンスに名前を聞かれたことに驚いた。しかも自分に興味が湧いたなどとは、世界的大犯罪者に注目されているということだろうか? もし、ここにハンスがいることが知れたら大パニックになるだろうし、自分がハンスに会ったことが知れれば警察などが挙って聞きにくるかもしれない。葵は少しだけそんな不安を感じることが出来るくらい冷静さを取り戻していた。
だからこそ、多少の沈黙はあったもののハンスのその質問にも答えることが出来た。
「……葵」
「葵……か。いい名前だな」
そう言うとハンスは再び窓からベランダへと身を乗り出した。
「もう少し話して居たかったが、お前の母親が来たようだ。また、会いに来るよ」
ハンスはそれを言い終わるとほぼ同時に再びベランダから姿を消した。葵にはさらに上の階に飛び移ったかのように見えたがその真相は分からない。なぜなら葵がそれを確かめようとした時、後ろから葵を呼ぶ声が聞こえたからだ。
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