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第十話 以心伝心

「ハンス……翔。あなたのその人の心を垣間見る能力(ちから)信じるわ」


 葵のその言葉に、ハンスは座ったまま葵のほうを見た。


「信じる信じないはお前の勝手だ。好きにすればいいさ。ただ俺はこの能力(ちから)を呪っている。例え望まなくても聴こえてくる人の心の声に気が狂いそうになるときもある。だからこそ、俺はお前を知りたいと思ったのかも知れない。俺はお前といても心の声が聞こえない。つまりはお前の心の想いが分からない。もしかしたらお前はいままで俺が会ってきた人間とは違うのかも知れない」


 葵はハンスのその言葉に以前ハンスが賭けると言っていたことを思い出していた。つまり葵に賭けるということは、心を垣間見ることができない葵は他の人と違うのかも知れないということ。人間の闇ばかり見てきて世界を破壊することが目的のハンスが最後に見出した希望。それが葵である。


「あたしも、あなたが知りたくなった」


 葵はこの時、思った。


 ハンスという、柊翔という一人の人間の心を救うことの出来る人間は自分しかいないのかも知れないと。ハンスの汚れなき純粋な心を救うことの出来る人間は自分しかいないのかも知れないと。


 葵はハンスとは違い人の心を垣間見ることなど出来ない。しかし、葵は少しずつハンスの心が分かるようになってきていた。ハンスの思い考えていること。ほんの少しだけ分かってきたのだ。


「でも……、さっきも言ったように今はそんな場合じゃないの」


 ハンスは腰を上げて立ち上がり葵のほうを見た。


「話してみろよ」


「……今、あたしの祖父はこの病院で入院しているの。末期癌でもう長くはない命。いつ死んでもおかしくはない。あたしは祖父のことをすごく大切に思っていたから祖父がもうすぐ死ぬなんてことが信じられなくて、その事を考えると悲しくなる。癌のせいでもう長い間話してもいないから祖父の考えていることも分からない」


「そうか。だったら俺をその祖父の部屋へ連れて行け」


「え?」


「俺がそいつの心を読んでお前に伝えてやる」


 葵はハッとした。確かにハンスの能力(ちから)があれば、祖父の心を読み、祖父の伝えたいことを伝えることが出来る。そして葵は気がついた。このことはハンスでなければ出来ないことだと言う事。ハンスだからこそ出来る。ハンスの能力(ちから)だからこそ出来ること。


 そして葵はハンスに祖父の心を垣間見てもらうことを決めた。




 夜――。


 昼間の間に祖父の病室に行ってハンスの顔を見られれば大騒ぎになるかもしれない。そう考えた葵は夜になってからハンスに来てもらうように言い部屋の番号を伝えていた。葵も自分の病室から抜け出し、祖父の病室へと向かう。夜の病院とは実に不気味なのだが、葵はそれよりも祖父と久しぶりに話ができるかと思うと嬉しくて仕方がなかった。


 そして、葵は祖父の病室へとやってきた。祖父はその日なぜか寝ていなかった。昼間もずっと寝たきりなのだから眠たくはないのだろうか。祖父は目を開き葵が入ってくるのを見ていた。葵は祖父の部屋から窓の外を見る。そしてなにかに気がついた後、祖父のほうを見て、静かな声で言った。


「おじいちゃん、驚かないでね。今日は久しぶりにおじいちゃんとお話が出来るよ」


 そう言うと、葵は窓の鍵を開けた。するとそこからハンスが静かに入ってきた。祖父は驚いた表情をしている。まだ祖父が元気だった頃からハンスは世界中で暴れていた。つまり祖父もハンスのことは知っていた。世界的大犯罪者が今、自分の目の前にいることで当然祖父は驚く。


「あんたが、葵の祖父か。さぁ話せ。お前の心の代弁を俺がしてやる」


 驚いていた祖父だが、すぐに状況を読み込み冷静になる。ハンスも祖父の心を垣間見はじめた。


『葵、大丈夫か? その頭の怪我』


「うん、ごめんね。心配かけて」


『誤るのは俺のほうだ。いつも世話になっていて本当にスマン』


「なに言ってるの? おじいちゃんは大切なんだから当然だよ」


 葵は久々の祖父との会話に時間を忘れて話続けた。祖父も久々の葵との会話を楽しんでいるようだった。時間はいつの間にか深夜になっていた。葵との会話を続ける祖父。祖父の言葉を代弁するハンス。そして葵。三人はいつの間にかひとつの空間で一つになっていた。


 しかし、時に時間は残酷な事を生む――。


 久しぶりに葵と話をしたことで興奮したのか。夜遅くまで起きていたことがいけなかったのか。祖父は突然口から血を吐いた。酸素マスクが血に染まる。呼吸が荒くなり心拍も大きく乱れる。


 葵は、ハンスに逃げるように促すとすぐにナースコールを押した。ハンスは迷惑をかけまいとすぐに部屋から出ようと窓に手をかけた。その時、ハンスの身体は一瞬停まった。そして葵の祖父のほうを見た。祖父はとても苦しそうだ。葵もすごく戸惑っている。その時、病室のドアが開き、先生達が入ってきた。そしてすぐに応急処置を始めた。


 すでにその時、ハンスの姿は病室から消えていた。


読んでいただきありがとうございます。次回もよろしくお願いします。

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