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1 イーグルベース

「なぁ?ゴロー、昨日の件は悪夢だったんじゃないか?」

 ハンガーからダブルイーグルの事務所、通称“イーグルベース”に向かう途中でシュンが呟いた。

「俺も同じさ?でも、同じ夢を2人が同時に見る事はない…」

 連合宇宙軍からダブルイーグルへのあの女の出向辞令?そんな馬鹿な事があるものか?

事務所の前まで来て、中で人の気配がする?まさかと思ったが、事務所に入ると軍服を着た女がブルーライトの防護メガネをかけて、パソコンのモニターの前で難しい顔をしていた。リサだった。そして、もう一人のスクラブのワンピースを着た女。ユミだった。

「あら?シュン、ゴローおはようございます。今日からよろしくね?」

 リサだった。「昨日の件は…やっぱり…夢ではない?」悪夢で処理する事は不可能になった。

 リサは挨拶の直後、癇癪筋を出して顔つきが変わった。

「ところで、シュン?ゴロー?あんた達?よく今日まで生きていたわね?」

さっそく、リサのクレームの機関銃が始まった。

「今日の朝早くから来て、お掃除をしていたら業務日報があったから読んでみたんだけど、あんた達?結構、真面目に仕事しているのね?その点は評価するし、素晴らしいわ?でも、なんでこんな貧乏ぶっこいているかと思ったら、あんた達、請求書、全然、出していないじゃない?いい?よく聞きなさい!資本主義でも共産主義でも社会主義でも経済活動においては請求書を出さないって事は、タダでもいいですよ!って言っているのと同じなのよ?確かに請求書を作成中に断念して挫けた、未完成品の請求書が数件、あったけど?全く!信じられない!」

リサの口は更に火を噴いた。

「はい!これ!」

プリントアウトした紙をシュンに渡した。法人ダブルイーグルの預金の残高を印刷したものだった。それをゴローが覗き込んだ。とんでもない数字が並んでいた。

「6500万ボル?こんな大金どこから?」

シュンとゴローは驚いて声をあげた。家が土地付きで2軒は買える?

「あんた達の3か月分の報酬よ?朝一のメールで請求書をおくったら、92%の会社と個人がすぐに振り込んでくれたわ!多分?業務日報に書いてない仕事もあるはずよね?後で、しっかりと聴取するからね?その上、請求は3年前まで遡れるから、多分?軽く見積もっても億の桁はいくわよ?でも、これ全部使っちゃだめよ?領収書もほとんどないから必要経費も当てにできない!最大税率が襲ってくるから70%は持っていかれるわ。」

シュンとゴローは今までの怠惰で全く分が悪くなってしまった。

その間にもユミが掃除をしながら

「リサ?表計算とかの計算だけならあたしの方が早いわよ?計算式かシステムをくれれば直ぐに終わるわよ?」

「そうね?助かるわ!ユミ、後で計算システムをあげるから手伝って頂戴!それと、あんた達に言っておきます!私、“出向規定・研修規定”の両方を使っちゃっているから軍からお給料出ないのよ?まぁ?ダブルマークの方から出るからいいけど?とりあえず今日と明日あたりでお金の事にはケリをつけるから、あんた達は邪魔だからその辺でも散歩でもしてきなさい!」

 リサが切れてしまったグレート・ビルド・ワンシュンとゴローは完全に居場所がなくなってしまった。自分たちのせいだ?仕方がない?


「おい、ゴロー?コーヒーでも飲むか」

「あぁ?朝から筋の通った文句の機銃掃射を食らった気分だ?ちょっと、落ち着こうぜ?」

 ク・シハシ民間飛行場内のショッピングモールには様々な店があり、生活には不自由しない。その中に1軒だけ喫茶店がある。シュン達も、時折、一休みで使う店だ。店の名前は「レッド・イーグル」ダブルマークのファンの女性店主が営んでいる店だ。

レッド・イーグルに入って、「いらっしゃいま…」顔見知りの女性ウエイトレスが、シュン達の顔を見て言葉を言いきらないうちに、慌てて奥へ走って行った。シュンとゴローには(?)マークが出た。

 席に座ると、店主のユウコ・カミヤがいきなりコーヒーを2個持って来た。

「おい、まだ頼んでいないぞ?」

シュンには何が起きたかわからなかった。

「シュン?これから私はお礼と苦情を言うわ?まずは、お礼よ、この度は当店との1年間のサブスク契約をありがとうございます。今日から1年間、当店の美味しいコーヒーを飲み放題でお楽しみください…ここまでがお礼よ?」

 ユウコの顔が笑顔から怒った顔に変わった。

「シュン!ここからが苦情よ?そのサブスクの契約話を持ってきた、あの“リサ”って女一体なんなの?聞けばダブルイーグルの新しいメンバーって話じゃない?私が何度もダブルマークに入りたいって言っても、ずぅ~とすっとぼけていたのに、綺麗な人が来ると直ぐに入れるのね?信じられない!見損なったわ!」

あ?その件かとシュンがしゃべり始めた。

「リサの事か?押っ付けられたんだよ?」

 ユウコは急に黙った。そして

「押っ付けられたって?誰に?」

「連合宇宙軍!」

 ユウコは驚いた。確かにあの女は連合宇宙軍の制服を着ていたが、馬鹿なコスプレマニアの女かと思っていた。

「え?それってかなりのお偉いさんよ?多分、研修規定か出向規定を使って来ているから、少なくとも…少佐以上…!素敵!今度来たら、私、お友達になろう!」

 ユウコは銀色のお盆を抱えて嬉しそうに戻って行き、途中で振り返り

「シュン、ゴロー、さっきはごめんなさいね!私、ちょっと感情的になっちゃった?ゆっくりしていってね!ちなみに飲み放題ですから~!」

いきなり、機嫌がよくなったユウコだった。

レッド・イーグルでは雑誌を読んだり、タブレットでニュースの検索や暇つぶしのゲームで約一時間。だんだん?この喫茶店でもやることが無くなってきた?コーヒーもそう何杯も飲めるものじゃない?そんな時ゴローが言った。

「おい?シュン…飽きてきた?帰るか?」

シュンは頷き

「暇つぶしも苦痛になってきた?帰ろうか?」

2人はレッド・イーグルを出て、ショッピングモールを彷徨っていた。ほとんど毎日、総菜やファストフードを買い物に来ているのでほとんど顔見知りの店ばかり、新しい発見などはなかった。その時向かってくる一人の男性。このク・シハシ民間飛行場の場長で、このショッピングモールの経営者で、社長でもある。だった。「ヤバい?家賃の事で?怒られる?」2人は危機感を感じた。シハシ社長もダブルマークのファンであり、ここ数か月分家賃とハンガーの使用料を待ってもらっている負い目がった。しかし、その予想は大きく外れた。

「よぉ~!シュン!」

「社長…事務所の家賃とハンガーの使用料の件ですが、申し訳ありませんが、来週にはなんとか…?」

シュンは先手を打ったつもりだった…?しかし、その先手は躱された。

「あぁ?その件なんだがな?今日の朝一で“リサ”って娘が来てな?溜まっている家賃とハンガーの使用料を全部払っていったぞ。いい娘じゃないか。聞けばダブルイーグルの新しいメンバーって話だが?どこであんないい娘見つけてきた?まぁ?大事にしてやれ。それと、家賃、もうためるんじゃないぞ?」

社長は大笑いながら2人を後にした。

「おい?シュン?今、思ったんだが?俺達ってリサって女の“金の鎖”で、だんだんと縛られていないか?」

ゴローが呟いた。シュンも同じ気分だった。

「あぁ?なんか?来週あたりにはリサが仕事をとってくるんじゃないか?ダブルイーグルって城の堀をリサがブルドーザーで“金”で埋めてきている気分だ?」

 その時、シュンの頭の中には大笑いしながらブルドーザーを運転し「金で苦労したくなかったら私の言う事を聞きなさぁ~い!」と、叫んでいるリサの姿が思い浮かんだ。

2人は金での苦労はなくなったが、複雑な気分だった。


悪の株式会社「トモノリ」との交渉と戦闘では的確な行動と指示でF-108とYUMI-90を取り返した技量。リサは自分には無いこの才能が欲しいと感じて、連合宇宙軍の“出向規定・研修規定を”と“ローズイ将軍のコネ”を使って、ほとんど無理矢理と強引にダブルイーグルのメンバーになって1週間が経過していた。

「あれ?そうなんだ?」リサは意外な事実を発見した。民間組織「ダブルイーグル」の事務所で、仕事を覚えようと、ダブルマークのホストコンピューターにアクセスし、ダブルイーグルのメンバーの個人情報を見ていた時、メンバー4人の年齢を見ると、バイオロイドのユミは論外として、最年長が1年程の差でリサだった。同じ年でシュンとゴロー、ただ生まれた月では、シュンが一番の最年少だった。「へぇ?意外?」一瞬、リサの頭の中に、歳が最年長って事でこのチームの中で、マウントを取ってやろうかしら?との野望がでたが、良識のあるもう一人のリサが制止した「リサ?ダメよ?あなたはここでは新兵と同じ!新兵に1番重要で、必要なものは“従順”高等兵務女学校で習ったでしょ?」ふぅ?そうだったわね?ため息と一緒に納得した。

「ねぇ?リサ~?この崩れかけた馬鹿でかいボロいロッカーどうするぅ?」

 部屋の片づけをしているバイオロイドのユミが指示を求めてきた。

「あぁ?そのロッカーは中身を確認して廃棄でいいわよ?」

リサが答えた。

ここ1週間、ダブルイーグルの事務所の清掃と整理整頓、事務用品や家具の廃棄と購入が仕事になっていた。「まったく?汚いったらありゃしない?」これが今のリサの口癖だった。男所帯の事務所や研究室が汚いのは、他の研究室を見て知っていたがここまでじゃない?事務所のあちこちに男性雑誌と飛行機オタク系の雑誌、どこで買ってきたんだか?どこの部品なんだか?飛行機の部品が散乱。その上、ファストフードのセットのテイクアウト用の紙袋がゴミ箱の上に山になり、周囲にもあふれ出ていた。しかし、シュンもゴローも次第に綺麗になっていく事務所には何の文句も言わなかった。これぞ、無言の承認。

ユミは20㎏以上あるロッカーをひょいと持ち上げて粗大ごみの置き場に持って出て行った。人間の数倍の力をもっているバイオロイドならば造作もない。「あと?この清掃作業?3~4日でこの作業は終わるかしら?」リサは作業時間の事を考えていた時、ドアをノックする音が聞こえた。

「ユミィ?ここはもう、私たちの事務所なんだから?ノックはいらないわよ?」

 ドアが開いた。そして女が入ってきた。先週まで部下だった、キミコ・オオヤマだった。

「少佐ぁ~!キミコちゃんの定時連絡でぇ~す!それとぉ~!スゥィーツの配給の時間ですよぉ~!」

キミコ・オオヤマ、以前はリサの副官で、階級は少尉。年齢はリサより2つ年上だったが、リサの知性と教養、そして、その才能と行動力に惚れ込み、リスペクトしている女性だった。リサの顔が一瞬で、笑顔になった。ただ?以前のキミコはここまで軽くはなかった?私と同じで軍人のキミコを演じていたの?

「キミコ?少佐はいらないわ?リサでいいわよ?今の私は軍から出向中の身で、ただの民間人ですから?」

「了解しましたぁ~!」

 この娘?変わった?と、思っている間にバッグの中から書類を取り出し、新調した応接セットに置いた。それと、明らかに女性が好きそうなケーキの紙ケースを置いた。そのケースのロゴを見て

「キミコ?このケーキはもしかして?」

一瞬、期待と緊張が走った。リサは生唾を飲み込んだ。

「タカベ屋のケーキ?」

「あったりぃ~!銘菓で人気店のタカベ屋さんのケーキです~!今日の私の任務はリサに定時連絡を届ける事。朝直でイーグルベースに行ってもいいって話と、リサのサインを貰えれば、後は直帰でもいいよって話なので?だから朝からタカベ屋さんに並んじゃった!」

 タカベ屋のケーキはドルモアでも超有名店であった。頑固なパティシエ親父が店主兼オーナーの店で、作る数は極少数。気分が乗らない日は臨時休業もある。開店から僅か27分で1日分のケーキが売り切れってニュースになったほどだ。

リサ自身も女性下士官達の噂には聞いていたが、食べる機会に恵まれず、話だけの悔しい思いをしていた。

「キミコ?コーヒーと紅茶?どっちにする?」

「あ?私がやります」

 ミニキッチンにキミコが立とうとした時、また、ドアが開いた。

「たっだいまぁ!」

 シュンだった。続けてゴローも入ってきた。

「あれ?あなたは先日の軍人さん?」

無理矢理の辞令交付式に出席と仕切っていた女性だった。キミコは立ち上がって挨拶した。

「私はキミコ・オオヤマ。少尉をしています。先日はリサの件でお世話をお掛けしました!今後は私ともどもよろしくお付き合いください!」

 その笑顔はアイドルに会った時の女性の顔だった。キミコはダブルマークのファンだった。そして、言葉を続けた。

「今日はリサに定時連絡で来ました。で?お近づきの印に甘い物を持ってきました。よろしければご賞味ください」

 シュンとゴローはそのケースのロゴを見て、口を揃えて

「タカベ屋?」

 リサとキミコは大きく頷いた。

「らっきぃ~!ごっそさ~ん!」

 意外だった、男の人は甘い物が苦手な人が多いなか2人は喜んでくれた?ゴローはそれだけではなくミニキッチンで鼻歌まじりでお茶の用意を始めた。

 再度、ドアが開いた。

「ごみ捨て終了~!ユミちゃん帰ったよぉ~!」

部屋に入るなり、ユミは室内を見渡した。あれ?見知った人がいる?

「キミコちゃん~!」

 ユミはキミコに抱き着いた。

「ひさしぶりぃ~!ユミ!元気にしてた?」

抱き合う2人、ひさしぶりって1週間前にリサもユミもイーグルベース来たって事を忘れているのか?それとも女性同士の社交辞令なのか?キミコが口を開いた。

「ねぇ?リサ?ユミちゃんには服を買ってあげないの?このスクラブって辞令交付式のままじゃないの?」

 スクラブとは、バイオロイドの試作段階に着せる服で、着脱が簡単でバイオロイドのメンテナンス用としては十分だったし。重宝していた。しかし、所詮は膝まである被りタイプのワンピース、横は紐で縛ってあるだけで、ある意味、部屋着では大丈夫だが、外にはとても着ていけない代物だった。ついでに、ユミの足元はスリッパだった。

「あ?そう言えば?ユミ?あんた着替えていないでしょ?」

「うん?一応、キミコちゃんがここに来る時にスクラブを3着持たせてくれたけど?それを今まで洗濯して着回ししてた?」

 あ?そうだった?ユミの製作者としてリサは深く後悔と反省をした。キミコからの助言がなければ、このままユミにハラスメントを続けてしまうところだった。

「シュン?今日の午後、ちょっとナルセまで買いものに行っていいかしら?ユミの服を買わなきゃ?」

 すでに、シュンとゴローは煎れたばかりのコーヒーを飲みながら本命ケーキの登場を待ちながらシュンが答えた

「かまわんぞ?今日の午後は依頼の仕事もないからゆっくりしてこい?それより?」

 その言葉に反応したのはキミコだった。ケースを開けて4人の前に「どれにしますか?」のジェスチャーとともに大量のケーキを並べた。そして、お茶会が始まった。

小一時間のお茶会のあと、リサとキミコ、そしてユミは出掛ける準備を始めた。一応、ユミにはスクラブの上にリサの軍用コートを着させて、3人が出掛ける寸前、シュンがリサに声をかけた。

「そうだ?リサ?明日の午後、空けておいてくれ?そんでもって?俺に付き合ってくれ?」

リサは「えぇ?のタイミングで?“付き合ってくれ”ってどういう事?」との疑問が湧いたが

「了解しました」

 リサにはその言葉しか出なかった。しかしキミコはニヤッと笑った。


 F-108の前席で、リサの表情はうつろだった。後席にはキミコ。2人とも操縦はしていない。コクピット後部にはユミが立ち乗って“YUMI-AUTO”モードで飛行していた。YUMI-90と機体の完全リンクシステムの成果だった。

狭い機内で、女2人の沈黙の後で、

「ねぇ?リサ?ちょっと聞いていい?」

 ふいにキミコが話かけてきた。

「…何?キミコ?」

「リサって?もう、シュンさんに告白したの?」

唐突な質問だった。

「…まだに決まっているじゃない?シュンの気持ちもわからないし、まだ、仕事にもまだ、慣れていないし…」

突然、キミコがリサを思う本気モードに入った。

「リサ?そんなこと言っていると、研修・出向期間の2年なんかあっという間よ?研修の最後の日に涙で去るあんたを、本気で追いかけて来て、後ろから抱き着き“結婚してくれ”なんてシーンはマンガやドラマの中でしか存在しないのよ?わかる?今さっきのシュンの“俺に付き合ってくれ?”は初デートの誘いかもしれないじゃない?あんた?そのチャンスを逃す気?」

よく、聞いて覚えているものである。

「ありがとう…キミコ。今日はユミの服と一緒に、私の勝負服…買うわ!」


首都ナルセはイーグルベースのある田舎町「アカネダイ」とは比べ物にならない人口100万人を抱える大都市だ。すべての行政機関と、あらゆる商業と商人が集まり、そこに買い物に来る老若男女で活気にあふれていた。が、人間が多く集まれば必要悪も存在しており、裏社会や地下社会では違法賭博や悪徳商人も集まっていた。


繁栄都市の官庁街の外れにあるキミコお勧めの“コ-マ屋”に3人は立ち寄った。地上10階建て、その上、ここの売り場面積の87%を女性用で占められており、下着から靴、服・帽子まで、今、流行りの商品が並んでいる、女性の楽園であった。

「私、初めて来たけど?凄いわね?」

リサは感心して店内を見渡していた。

「えぇ?ここ初めてなの?私なんか高校生の頃から通っているわよ?そう言えばリサって、いっつも軍服だし、おしゃれな服には興味なかったの?」

と、キミコ。

「別に?興味ないって言えばウソになるけど、ここまで買いに来る時間がなかったのよ?大抵の物は昼休みに軍の購買部で買えるし、それ以外ならば通販で何とかなる?マンションと軍の飛行機の往復ならばこの軍服で十分。その軍服も夏用2着冬用2着を、毎年、問答無用で支給されるし?」

 キミコは「はぁ?この女、研究と開発に脳が支配されている?」ここは私がしっかりとこの娘を教育しなきゃ!

 コ-マ屋でのショッピングは、まず、中央エレベータで10階まであがり、四角い螺旋状の階段を降りながら各店舗を見るのがスタンダードだった

10階で降りた途端、リサの目の色が変わった。エレベータの出口の正面の1等地の店に吸い寄せられるように入って行った。その2分後、女性会社員が通勤で着るような派手さはないが可愛い系の服を持ち。

「これって?試着できます?」

リサの美的感覚にストライクな服だったようだ。店員さんに促されて試着室に消えていった。キミコは「この娘、簡単に?スイッチが入るのね?これなら大丈夫!」と安堵した。

その10分後には着たまま支払い終了。なかなかの即決である。その後はタグを店員さんに切ってもらい、そのまま着て帰る気である。女性の服は「買いたい時=着たい時」の行動の法則。

 まだ、他の店内を物色しているリサにユミが言った。

「あのさ?リサ…あたしの分は…?」

「あ…ユミ…ごめんなさい…私、自分の事で夢中になっちゃった…」

買い物の魔力にかかったリサ。

 だが、その後、ちょっとの買い方に変化があった。ユミにリサが選んできた服を着てもらうまではよかった。試着室でユミが着た服をみて20秒後には「いいみたいね?これ、頂くわ」の即決が10着以上発生したのである。キミコは不安になってきた。これって買い物依存症の初期症状?

「ちょっと?リサ?試着もしないで買い過ぎじゃない?サイズも確認しなきゃ?大損の上で大失敗と大後悔するわよ?」

「大丈夫よ?私とユミの身体のサイズは身長こそ2㎝違うけど、他のサイズは全く同じに作ったのよ。つまり、ユミが着られる服は私も着られる。その上で、共用できれば無駄がないわ?」

 それを聞いたユミは大喜び!

「じゃ?今まであたしが着た服はリサと全部共用なの?リサ!ありがとう!そこまで、あたしの事を考えて作ってくれていたんだ!うれしいぃ!」

 最後の服を買い終えて、リサが「すいませんが?この娘の服のタグを切ってもらえませんか?」の声掛けの3人の後ろで、女性店員の数人がひそひそ話、その後「主任に…」の小さな声が聞こえた。

 買い物も終わり、店を出ようとするときに一人の女性が部下と思われる女性を連れて声をかけてきた。

「この度は多数のお買い上げありがとうございます。私は当店の主任のケイコ・ミネギシと言います。ちょっとお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」

 深々と頭を下げてきた。3人は何だろうと思った。

「かまいませんが?」

キミコが返した。

「それでは、こちらへ…」

 通されたのは多分、商談なんかが行われる高級応接室だった。4人が座ると、コーヒーが早々に出された。

「早速で大変失礼ですが、こちらのお嬢様はバイオロイドで?」

 手の甲を下にしてユミに指名ポーズ。

「その通りですが?」

今度はリサが答えた。

「このお嬢様のマスター様は?今日は?」

 マスターとはバイオロイドの所有者の事を指す。従って、大抵の場合、バイオロイド1体につき1人以上のマスターがいる。

「私が、この娘のクリエイターであり、マスターです?」

リサは何が起きるの?ちょっと不安になった。ケイコ・ミネギシは続けた。

「それは、大変、失礼をいたしました。それではお嬢様は、もしかしてシリーズでしょうか?」

「はい、この娘の型式名称はYUMI-90。シリーズ名は“Liシリーズ”です」

“シリーズ”それは工場での大量生産されるバイオロイドとは違い、ハンドメイドで優秀で出来の良いバイオロイドに与えられる称号である。とは言っても特に法律も規則はない。世間でよく活躍するバイオロイドがあったとして、人々は「あのバイオロイドは誰の作品だ?」との問いに、製作者のイニシャルを取って付けるのが一般的である。ただし、イニシャルが重なったときは、2個目3個目のイニシャルを付けるという不文律があった。リサの場合、“L”が既に知られて使われていた。そのため、世間ではリサの作ったバイオロイドには「Liシリーズ」と呼ばれていて、各地の戦場で活躍して名をあげていた。ただし、リサ自身はシリーズの名称には興味がなく「Liシリーズ?勝手に呼べばいい?」程度の感覚だった。

「やはり、シリーズでしたか!それもLiシリーズ!私、Liシリーズは初めて見ました。大変にお綺麗でいらっしゃいますね?素敵です」

 ケイコ・ミネギシは羨望の目でユミを見ていた。

「あのぉ?そろそろ?要件に入ってもらえませんか?今後の予定もありますので?」

リサが段々とイラついてきていた。

「あ?誠に申し訳ございません。要件ですが、このお嬢様、YUMI-90様をマネキロイドとして、当店にお貸ししていただけませんか?無論、ギャラはお支払いいたします。それに、当店の女性スタッフも是非にと申しております」

 リサの思考がプチっと切れた。

「お断りします!うちのユミはメンテロイドですが、マネキロイドではありません!」

 “マネキロイド”それはファッション店舗の店先のショーウインドーに綺麗な服を着てアクセサリーを付けて飾られる。簡単に言うといわゆる動くマネキン。10分間隔でポーズを変え、1時間間隔で服もアクセサリーも変えて再登場。しかも、自分で着替えるから、店側は手間いらず。はっきり言って“見世物”であり、リサが一番嫌うバイオロイドの使い方だった。

出されたコーヒーにも手を付けずにリサは席を立った。

「キミコ!ユミ!帰るわよ!」

 キミコはリサが本気で怒ったのを見るのは久しぶりだった。でも、キミコにはリサの怒りが理解できた。「リサの言い分は正論。私も同じ状況ならば同じ対応をする」

多分、この店では完成度の高い、綺麗なバイオロイドを常に探している。既成の工場製の大量生産のマネキロイドでは客はすぐに“な~んだ”と思って離れてしまう。そこで、他のライバル店舗との差別化するため、希少性と個性がある“シリーズ”を求めた。

しかし、この件ではユミだけは“?”が出たままだった。


3人が帰った後のケイコ・ミネギシは部下に

「あのLiシリーズのYUMI-90の情報を集めなさい。まだ作られてから、そう日は経っていない。何としてもあの娘を手に入れたい」

 とのドス黒い指示を出した。


 今、ユミはいつものコクピット後部に立ってはいない。機体後部のトランクユニットの中から機体の先端とその他7か所についているカメラで機体を操縦している。機体の中のモニター画面のユミが話しかけてきた。

「リサ?あたしがLiシリーズなのは、わかったけど?“マネキロイド”って何?」

「マネキロイドは簡単に言うと見世物よ。綺麗な服を着て、アクセサリーを付けて、店先のディスプレイで飾られるの?場合によっては下着姿もあるのよ?あんた?やりたいの?」

 モニターの中のユミはぶるぶると顔を横に振った。「そんなの絶対に嫌だ!」モニターの中のユミを見てリサは安心した。

 その翌日から、イーグルベースの雰囲気が一変した。昨日までリサの軍服とユミのスクラブが、女性会社員が通勤で着るような派手さはないが可愛い系の服に変わっていた。リサは紺系のスーツと白のブラウスに紺系のパンツ。ユミに至ってはイエロー系の上着と白のブラウス、黒系のタイトなミニスカート。ある種の“花”が生まれていた。シュンとゴローは「なんか?いいな?真っ当な会社みたいだ?」と思っていた。これも、無言の承認。

 しかし、リサは違う事を思っていた。請求書を作りながらも「今日の午後って私どこに連れていかれるの?食事?買い物?まさか?私を軍に帰すの?」そんな疑問で頭の中は一杯だった。

今日の請求額の合計は450万ボル。そんな仕事をしているうちにデリバリーの昼食が届いた。3人でとる食事はリサだけは無口だった。シュンとゴローは他愛もないくだらない話で盛り上がっていた。

1時頃になって、シュンはプロテクトスーツに上着を着た。

「リサ?そろそろ出かけるぞ?ゴローとユミは電話番と留守番を頼むな?仕事が入ったらメールで連絡をくれ」

リサは「え?ゴローとユミは行かないの?私だけ?」そう思っているうちに、シュンは部屋を出ていった。そして、リサも続いていった。ユミを連れて行かない点で「私を軍に帰す」って事は否定された。それならば、ユミも一緒に連れていくはずである。

ハンガーに到着して、シュンとリサはF-98 MK-Ⅱのパイロットシートを降ろして前席と中席に乗った。無言だった。その日は珍しく滑走路からのテイクオフ。基本、パイロット席とガンナー席の構造は一緒である。ガンナー席のリサにはやることがなかったが、カスタマイズされタッチパネル式になったコクピットのレイアウトには興味がった。

「すごく機能的にレイアウトされている?この技術?軍に持って帰ろう?」そんな野望を感じていた。

前席のシュンが

「あぁ?リサ?忘れていた?今日のお前の服とユミの服、可愛いし、センスもよかったぞ?イーグルベースに花が咲いたようだった?これからもよろしくな?」

 リサは嬉しかった。初めて買った服を褒めてもらえた。シュンもゴローもちゃんと見ていてくれていたんだ!でも、「そぉ~いう嬉しい事は?朝一で言ってよね!」と思っていたがそれ以上の答えには苦慮した

「…あ、ありがとう…」

それだけが精一杯だった。

そう言っていっているうちにフライトナビが目標地点に到着アラートを発した。「コイナバ・シティ」この惑星ドルモアで最高の医療機関と研究機関が集まるメディカルシティ。ここは大学病院が4つ、200床以上の病院が8つ、中小の病院、医院などが60以上で、連合宇宙軍とも関わりが深い「なんでこんなところに?」リサの思考回路がフル回転した。が、数秒後には「軍に帰される事だけはなくなった」との結論に至った。

シュンはF-98 MK-Ⅱを中規模クラスの病院の駐機場に着陸させ、パイロットシートを降ろした。リサの目の前には「MIYAFUJI HOSPITAL」の文字。「みやふじ ほすぴたる」うわごとのようにその名前を読んだ。

病院内に入るとシュンは待合シートに座って待っていてくれと指示をし、リサは待合シートにおとなしく座っていた。が、その間「まさか?」の考えが思い浮かんだ。

病院の受付ではシュンが受付の女性と話していた。

「あら?シュン?お久しぶりね?健康が服着て歩いているあなたが病院に何の用かしら?」

「院長に取り次いでくれ?今度、イーグルに新しくメンバーが入ってな?こいつの健康診断と例の事を頼みたい」

 受付嬢は全てをわかったようで奥に入って行った。


診察室の奥では黒髪ショートの女性医師が電子カルテに所見を打ち込んでいた。

「先生?シュン・ラコステフさんが来ました。」

受付嬢の言葉に

「珍しいわね?健康優良児のシュンが私の病院に来るなんて?」

受付嬢は言葉を続けた。

「先生?なんと今日は女連れです!しかも、新メンバーの健康診断の依頼ですって!」

女性医師は目を丸くした。「あの?鉄壁と言われるダブルイーグルに新メンバー?しかも女性?」

「…と、とりあえず入ってもらって」

 言葉に多少の動揺が出ていた。シュンが入ってきた。

「先生、今度、ダブルイーグルに新メンバーが入った。悪いけど健康診断と…例の服の装着要領を教えてやってくれないか?俺じゃ無理なんだ?」

 女性医師は全てをわかったように

「いいわよ?その娘には入ってもらって?」

シュンに呼ばれてリサが入ってきた。その途端である。女性医師が大声をあげた。

「リサ?リサ・ラファエルなの?」

リサも大声をあげた。

「やっぱり!ミヤフジ先輩!」

⒉人は磁石が吸い付くように抱き合ってハグした。その時、シュンは蚊帳の外。

「おまえら?知り合い?」

ハグを解いてリサが話し始めた。

「ミヤフジ・ケイコ先輩は私と同じ高等兵務女学校の1年先輩。高兵女ってね、本人が希望すれば卒業までにいろいろな資格や免許をとれるのよ!その中でも最難関と言われる医師の資格を取ったのは、このミヤフジ先輩だけ!なにしろ、入学式の午後からのカリキュラムに入らないと単位が間に合わないのよ?」

「まぁ?計画的に勉強して単位を揃えればあとは国家試験のみ?それより、懐かしいわ!私の卒業式で送辞を読んだのがリサで、答辞を読んだのが私!こんな再会があるなんて…」

ミヤフジ医師は続けた。

「でも?リサ?あんた?なんでダブルイーグルの新メンバーに?転職?」

リサは事件とその後の事の顛末を語った。


「ふぅ~ん?そんな事件があったんだ?“出向規定・研修規定”か?いいなぁ?私も使えばよかった?」

「まぁ?先生?お話はこれくらいにしてこいつの健康診断と例の服の装着要領を教えてやってくれないか?」

 シュンが割り込んできた。

「いいわよ?こればっかりはあなたでは無理ですから?」

シュンは大き目のバッグを置いては“頼みます”とジェスチャーをして出ていった。

「さて、リサとりあえず最初にトイレに行ってきなさい。シュンたちが着ているプロテクトスーツと、その下に着るコンタクトスーツは一旦着ると脱ぐのが大変なのよ?」

 リサはその通りに指示に従った。そして、戻ってくると

「リサ、下着も含めて全部脱いで」

その声は医師の医療指示の声だった。軍人のリサにとって同性の前では何の抵抗もなかった。そして、全裸のリサに

「まず、これが下に着るコンタクトスーツ。上下セパレートになっているから、下から穿きなさい。」

 下衣は白系の銀色の膝上までの長パンツ形状。上衣も同じで首回りと肘まである半長シャツの形状をしていた。

「次は、上よ?頭から被って少し引っ張って、下とはファスナーでつながるようになっているからお腹から一周しなさい。」

 言われたとおりに着てみたが、かなりのオーバーサイズでぶかぶかだった。

「ミヤフジ先輩?ちょっとぶかぶかなんですが?これってサイズ?合っています?」

「右腰に小さなソフトタイプのスイッチがあるでしょ?押してみて?」

押した途端である。一瞬でリサの身体に密着した。「え?何?凄い!今、軍の被服開発部が研究しているスペーススーツより遥かに完成度が高い?」驚きの連続である。

「これを着ていれば宇宙空間でも身体が膨れることはない。結構、高性能なのよ?解除は左のソフトタイプのスイッチ押せば解除されるわ?」

リサは何回かやってみた。作動に問題はなかった。

「その上に着るのがプロテクトスーツ。上衣・下衣と靴と手袋までファスナーで繋がっていて、対ビーム・対レーザー装甲のスペックがあるわ。それ以上は私も説明を受けたけどちょっとわからないわ?あとはいろいろいじってみなさい?」

 リサの身体に違和感があった。

「あのぅ…ミヤフジ先輩…胸とお尻がちょっと変なんです?」

恥ずかしそうにリサが言った。

「あ?言うのを忘れていた?女性用のコンタクトスーツは脇を締めて胸とお尻を引き上げるシェイプアップ効果があるの?でも?気持ちいいんじゃないかな?」

言われてみれば納得。

「ちなみに?リサ?これは内緒よ?私もこのコンタクトスーツが気に入って、シュンに融通してもらっているの。実は今も着けているのよ?」

ここまではミヤフジ医師はちょっとふざけた言葉だったが、続けた言葉には覚悟があった

「ところで、リサ、技術者のあなたの事だから、この技術を軍に持って帰ろうか?なんか思っていないわよね?それをやったら、本当にダブルマークと連合宇宙軍の全面戦争になるわよ?そして、あなたはダブルマークからは終生スパイ扱いよ?だから絶対にやめてね?」

リサは言葉が出なかった。黙ってうなずく事しかできなかった。

 その後は健康診断。リサの健康面では全く問題はなかった。


コンタクトスーツとプロテクトスーツ着たリサがミヤフジ医師に付き添われて出てきた。

「おぉ?リサ?似合っているぞ?」

シュンは思わず声をあげて親指を立てた。シュンと同じの白銀のプロテクトスーツが眩しかったし、長身のリサにはぴったりでかっこいいとの表現がぴったりだった。

「なんか?恥ずかしい?あんまりジロジロ見ないで?シュン…」

そうは言ってもシュンの笑顔は消えることはなかった。

「ミヤフジ先生、今日はありがとうご会います。今度、イーグルベースにも遊びに来てください」

 シュンは社交辞令のお礼とお誘いを言い、リサは着てきた服をバッグに入れてミヤフジ病院を後にした。ミヤフジ医師は玄関まで出てきて2人を手を振って見送っていた


帰り道でも、自分のバッグを抱きながらニヤついていた。私もこれでダブルイーグルの一員。この姿をキミコが見たら嫉妬か羨望か?そんな事を考えていた。


イーグルベースに戻ったのは夕方だった。事務所に入ると目敏く見つけたのはユミだった。

「リサ…?かっこいい!素敵!」

 とリサに飛びつき、プロテクトスーツを撫でまわした。その上で

「ねぇ?シュン?リサだけずるぅ~い?あたしの分はどうなっているの?」

ユミの無茶な要求。

「バイオロイド用のプロテクトスーツ特注になるから、少し待ってくださいな?」

ユミは不機嫌そうな顔をした。「リサと一緒に着たかったのに?フンだ!」

「おい?シュン留守中に招待状がきたぞ?どうする?」

ゴローがメールを印刷した紙を持ってきてシュンに見せた。リサとユミが覗き込んだ。

~アクロバット飛行大会の招待状~

2日後の10時から開催、場所はヒナタ空港

「休みだし?遊びに行ってくるかな?お前たちはどうする?来るなら一緒に行こう?」

ゴローは休みは寝て過ごすからパスとの事。ユミはリサが行くならばと保留。リサはちょっと考えていた「ヒナタ空港か?ここって確かマリコのいるところだ?今、会えば私が出向規定・研修規定を使っている事をいろいろと詮索されて面倒になる?どうしよう?」といろいろと考えた末にパスをシュンに伝えた。結局、アクロバット飛行大会に行くのはシュンだけであった。

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