第二話 『もしも...たぬきはハメられていたとしたら?』(カチカチ山)
注意:残酷描写あります。
第二話 『もしも...たぬきはハメられていたとしたら?』(カチカチ山)
うさぎは、目元を赤く腫らした爺さんからその話を聞いたとき、にわかには信じられなかった。そして爺さんが本気で言っているのだと気がついたとき、怒りのあまり視界が真っ赤に染まった。即座に爺さんに復讐を申し出ると、爺さんはうつむいて顔を手で覆い、肩を震わせた。心は爺さんを可哀想に思うより先に復讐の炎が飲み込んでしまった。
爺さんが戻りうさぎが自分の家に一人になってもまだ気持ちは静まらなかった。それにしてもたぬきも酷いことをするものだ、と心のどこかが囁いた。まさかあの優しい婆さんを殺してなお飽き足らず、婆さんを誰よりも愛している爺さんに食わせるなんて。
うさぎとあの爺さん婆さんは半年前ほどから仲良くなった。怪我をしていたうさぎを婆さんが見つけて治療してくれたのが彼らの交流の始まりだった。婆さんはうさぎが家に訪ねたときは採れたてのにんじんなどでうさぎをもてなしてくれたものだった。婆さんのことを思い出して怒りが再び燃え上がったうさぎは寝る間も惜しんで復讐計画を立て始めた。
翌日、うさぎは怒りを押し殺し、たぬきを柴刈りに誘った。たぬきは喜んでその誘いを受け入れた。はじめて他人に誘われて出かけるのだと上機嫌に笑うたぬきを見て、うさぎは冷めた気持ちになった。人を殺して死体を冒瀆しておきながら、こんなことをほざくたぬきに怒りさえ通り越して軽蔑の眼を向けた。
二匹はしばらく柴を刈り続けた。たぬきは鼻歌交じりに、うさぎは無言かつ無表情で作業していたため、傍目に見るととても異質な空間になっていた。二匹はほとんど同時に自分のノルマを終わらせた。そうして二匹は帰路についた。太陽が僅かに傾き始めてきた。
うさぎはたぬきに前を歩かせ、復讐をはじめることにした。持ってきた火打ち石でたぬきが背負っている柴に火を点けようとした。だがうさぎにとって不幸なことに、柴がすこし湿っていてなかなか火が点かなかった。そうこうしているうちに、たぬきが火打ち石の打ち付けられる音をきいてうさぎに何の音なのか尋ねたが、うさぎは適当に誤魔化した。
努力の甲斐あってようやく柴に火が点いた。火はどんどん大きくなり、巻き込まれたくないうさぎはその場にうずくまった。
たぬきはその数秒後に異変に気が付いた。背中の柴が燃えていると気が付くや否やたぬきは叫びながら柴を放り出し、鎮火のために地面でゴロゴロと転げまわった。火傷はしたものの火が消えてほっとしたたぬきはふと、うさぎの姿が見えないことに気が付いた。たぬきは周囲を見回し、うずくまるうさぎの姿を目に捉えた。
うさぎはたぬきが走ってこちらへ近づくのを見ながら急いで自分がうずくまっていることへの言い訳を考えた。自分が火をつけたことを知られたら殺されるかもしれないと思ったからだ。たぬきが着くや否やうさぎは、足を挫いてしまって歩けないのだと言った。
何といわれるか、そして殺されるかもしれない、とびくびくしていたうさぎはたぬきが自分とその柴を優しく抱えて歩き出したときとても驚いた。たぬきはうさぎに心配したとだけ告げて、うさぎにやけどを負った背中を見せないようにして歩き出した。
うさぎは困惑した。なぜ自分を抱えて歩いているのか、自分が放火したことを疑っていないのか、自分に火傷を隠すのはどうしてか、などのたくさんの疑問が脳裏をよぎった。結局うさぎはたぬきになぜ彼が背負っていた柴が燃えていたのか、とひとつだけ問うた。たぬきはあくまでもなんともなさげに、寒かったので焚火をしようとしたのだと述べた。
そこからどうやって家に帰ってきたのか、うさぎはおぼえていない。脳裏に浮かぶのは、負傷してもなお自分を気遣うように傷を隠すたぬきの態度や自分を優しく抱え上げた彼の手だった。ただ、うさぎはたぬきが優しかったのは自分をだまして、婆さんを殺したことを有耶無耶にしようとしたからだ、いや、そうに違いないと思いこみ、感じた違和感を否定した。
寝る前にうさぎは新たな復讐を思いついた。今日の火傷の薬として唐辛子の入った味噌をたぬきに渡そう、と。うさぎは自分の作戦に満足して眠りについた。
次の日うさぎは唐辛子入り味噌をたぬきの家に持参した。火傷には昨日抱きかかえられていたときに気が付いたということにした。うさぎは、この薬は傷によく効く我が家の秘伝の薬なのだとうさぎが説明して渡すとたぬきは感謝しながら受け取った。たぬきの家を出たうさぎはたぬきのもだえ苦しむ顔を想像してにやりとほくそえんだ。
たぬきはうさぎに渡された薬を持って途方に暮れていた。うさぎが言わなかったため、薬が飲み薬か塗り薬か分からなかったのだ。恐る恐る少量を指で掬ってなめてみると辛いみそだった。たぬきは安堵してその味噌を夕ご飯の味噌汁にいれてみた。味噌汁は今までで最高の出来だった。満腹になったたぬきは満足して眠りについた。
まあ、要するに壮大なすれ違いである。
三日後、うさぎはたぬきを池での舟遊びに誘った。最後の復讐だ。ここでうさぎはたぬきを殺すつもりだった。うさぎとたぬきは連れ立って池までやってきた。うさぎは木でできた舟に乗り、たぬきは泥でできた舟に乗って出航した。池の真ん中までやってきたとき、たぬきの乗る泥舟が沈み始めた。たぬきの必死な静止の声を振り切るようにうさぎは舟を漕ぎ陸までやってきた。
たぬきを殺してさすがに良心が痛み始めたうさぎはぼーっとしながら空を眺めていた。うさぎはふと池に行ってたぬきの死を確認しようと思った。よく言われている、事件の犯人が現場に戻りたくなる現象であった。
池のほとりにたぬきは倒れていた。うさぎがたぬきの顔に顔を近づけると、たぬきは生きていた。ただし、いまにも息絶えそうな様子だったが。たぬきは何か譫言をつぶやいていた。うさぎはそれを好奇心で聞いていたが、どんどん顔が青ざめていった。
逃げろ。濡れ衣。逃げろ。爺さん。逃げろ。犯人。逃げろ。俺じゃない。逃げろ。殺される。逃げろ。精肉済み。逃げろ。にげろにげろにげろ…
たぬきは息絶えた。うさぎは気が付いた。婆さんを殺した犯人はたぬきじゃない。爺さんだ。たぬきは婆さんの家でご飯を作っただけだったのだ、爺さんが捌いた婆さんの肉を気付かずに使って。爺さんは自分が復讐を申し出たときに泣いてはいなかった。肩を震わせていたのは嗤っていたのかもしれない。いや、そうに違いない。自分は罪のないたぬきを殺してしまったのだ。だが今は逃げよう。あの恐ろしい爺さんから。
そう思った矢先、かがんでいたうさぎの頭上に影が差した。スローモーションで流れる世界。上を見上げたうさぎが最期に逆光の中で見たのは、冷たい目をして包丁を振りかぶる爺さんだった。
あたりに血が飛び散った。
めでたしめでた死
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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よい一日をお過ごしください。




