小ネタ
オリジナル版の番外編みたいな。ニュースで予算をどうの~と言っているのを見て、予算→財務省→財務省長官フィロメナ。という奇跡的な変換がなされてしまったので、一応あげておきます。
財務長官をしているので、フィロメナ30代後半から40歳くらい。時代的には続編の『その人、生真面目につき』のほうが近いですが、フィロメナの話なので、こちらに。
全体的に、フィロメナが怖い話です。
【予算組み替え】
「はい?」
さすがのフィロメナも驚きの声を上げた。現在、会議中。宰相のティトがだから、と彼女に言う。
「申し訳ないけど、予算を組みなおしてほしい。公衆衛生費に比重を置きたい」
「……いや、それはわかるんだけど。議会、十日後なんだけど」
「わかっている」
「……」
フィロメナも文句を言っている場合ではないことはわかっている。お役所仕事というものは、元手になるものがないと動かないものだ。だから、予算がいる。だが、十日、正味九日で組みなおせと?
無理すぎる。
「……補正じゃダメなの」
「お前の夫の仕事が滞っていいなら、いいぞ」
「それはフェアじゃない。私が財務長官であることと、私の夫が医師であることはこの場合、関係ないはずだ」
「ちょ、ガチで言い返さないで……」
頼んでいる宰相のはずのティトが半泣きである。フィロメナはどちらかというと穏やかな気性で、押しも圧も強くはない。しかし、圧倒的に合理的で論理的だった。仕事では。
「どうにか疫病を食い止めたいんだ……」
「それはわかっているよ。だが、私だけに言われても不可能だ。関係機関に必要経費を再計してもらわないと。それが上がってくるまでに最低三日。さらに、私のところで精査、総予算算出。これに五日はかかる」
「うまくいけば八日で終わるということか?」
「終わるわけがないでしょう。すべての省庁に予算を再編してもらう。そうしないと議会を通らないでしょう? だとすると、倍の日程は欲しいところだね」
「倍、ということは十六日か……議会予定日を延ばせばいいんだな?」
ティトのどこか覚悟を決めた言葉に、その会議に出席していた各省庁の長官たちは何やら嫌な予感がした。
「できるの?」
「うぐっ」
この国には、宰相ができると言っても財務長官ができないと言えば、ほぼ百パーセント不可能である、という言葉がある。そして、それはほぼ事実である。
「……現実的に考えて、開始を延ばせるのは二日だな……」
「なら、先に法案決議を行ってもらえ。最低三日はかかるから、それで五日は確保できる。その間に何とかしよう」
関係各省庁の長官は、財務長官の言葉に震えた。つまり彼女は、死ぬ気で働けと言っているのだ。彼女ができると言えば、たいがいできるのだ。
「……わかった」
宰相がうなずいた。宮廷の影の支配者には、宰相すら頭が上がらない。
「とりあえず、陛下に議会の延期と、議会決議の順番を入れ替えるように頼んできた」
「そうか」
「すでに貴族たちが集まってきているから、議会はやはり、二日の延期が最大とのことだ」
「わかってる。とりあえず、陛下が陛下でよかったね」
国王アウグストは、フィロメナやティトと学友である。それどころか、王妃ミレイアはフィロメナの友人であるが、そのあたりは別の話だ。
「……え、私がただ予算案が上がってくるの待ってたら、フィルは怒るよな?」
「怒りはしないけど。とりあえず、各省庁の長官に期日内に再計した予算案を出すように通達してほしい」
「それはもちろんだ」
「それと、宰相府も予算削って再提出ね」
「」
ティトは震えた。この締り屋は、上乗せさせる公衆衛生費の代わりに他を削る気だ。それが宰相府であっても容赦はない。この勢いなら王室交際費からも削りそうな気がする。そして、フィロメナはそのつもりだった。
「すべての省庁に予算を削るようにお願いしているんだ。例外はない。いざとなれば、戦時特例で決済してやる」
「……職権乱用では?」
「我が身を振り返ってから言うんだね」
「……すみません」
「なんで謝るの……」
あんたが怖いんだよ、と財務省の官僚たちは思ったが、賢明にも口に出さなかった。基本的に温厚な我らが長官殿は、無自覚な天才であるゆえに恐ろしいのだ。
「公衆衛生費で代用できそうなものはすべてそちらに回して。社会労働省と総務省から概算でいいから先に改定予算案をもらってきて。ああ、あと、王立医学薬学研究所に行って医薬品と消耗品の単価聞いてきて」
「え、お前、旦那」
「例外はない」
「……だから締り屋とか言われるんだぞ……」
余計なお世話だ。
結局、できたかできなかったかで言えば、できた。ただ、精査する財務長官とその補佐官たちは半死半生だった。さらに、立場的に内容を理解していなければならない宰相のティトたちも目が痛かった。寝不足だったからわからなかっただけかもしれないが、変なところはなかったと思う。
「お疲れ様」
久々に聞く夫の声に、フィロメナは知らず微笑んだ。
「レジェスこそ、お疲れ様。診療所はどうだった?」
「うん。大変だったね。今はどこもそうだけど」
レジェスの笑顔もどこか疲れているように見える。ずっと現場に出ていたのだから当然だ。
「フィルも大活躍だったみたいだね」
フィロメナは首をかしげたが、ああ、とうなずいた。レジェスの所属する王立医学薬学研究所にまで彼女は監査の手を伸ばしたので、夫であるレジェスはいろいろと言われたのだろう。
「……ごめんなさい。居心地悪かったでしょう?」
「それが君の仕事だとわかっているよ。しかし……本当に締り屋と言われているんだね」
「余分な予算を切るのが私の仕事だから」
「開き直ってる」
何を言い訳しても、仕事なので仕方がない。医者であるレジェスに、助けられない人がいるのと同じように、仕方のないことなのだ。そう。フィロメナは開き直っていた。
「まあ、僕たちのほうは、君が特別予算を組んでくれたから、本当は文句を言う筋合いはないんだけどね」
「まだ議会を通るとは限らないよ」
明日からその予算審議会が始まる。財務長官として、彼女も議会に出席しなければならない。これまでは副長官を送り出していたが、そうもいかない。
「明日から議会だろう? もう休もう」
「……うん。レジェスも、明日からも仕事だしね」
そう言ってフィロメナもレジェスの手を取り、立ち上がった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
とんでもないものを思いついてしまいました……。不謹慎すぎたら取り下げます。




