夏休み
夏休み前に、まさきがたき火を竹筒でのぞいて、眉毛と前髪を焦がすという事件があった他は、ぶじ夏休みに突入した。
ちなみに、まさきは、火の中がどうなってるか、見たかったらしい。
夏休みでも、先生は休みではない。
夏休みでも、先生は休みではない。
大事なことなので、2回言っておく。
研修やら、部活やら、指導計画やら、いろいろやることがあるのだ。
ちなみに俺は、陸上部を担当している。
陸上部にはなぜか、まさきとゆうたがいる。
クラスの1、2、フィニッシュだ。なぜだ。
夏休みは暑いので、午前中に練習を行う。
毎朝の練習に、ゆうたが来ない。
正確に言うと、来るのだが、逃げていく。
校舎の陰から、練習を見ているのだが、目が合うと逃げていく。
ツンデレか?
何かのブームなのか?
もう、1週間目だ。今日という今日は捕まえてやる。
今日も、練習には出ず、校舎の陰から何か言いたそうにこっちを見ている。
仲間になりたいスライムか?
目が合うと、裕大が逃げ出した。
ゆうたがおかしかった。いつも変だが、いつも以上に変だった。
先生をなめているのか? 挑戦か? しからば、受けて立とう!
俺との距離を開け、一歩寄ると一歩下がるという感じだ。負けるもんかと、追い掛け回してみた。
ゆうたは、器用に俺から逃げた。
学校の正門から、ゆうたが裏門方向に、逃げる。やっぱり子供だ。
バカめ、裏門まで直線で校庭を横切り、先回りしてやる。
大人の方向感覚と、状況判断能力を見せてやる。
裏門から、回り込み壁際に追い詰めた。
「ゆうた、なぜ練習に出ない。」と、怒鳴った。
裕大が泣き顔に変わり、よく分からないことをしどろもどろに言ってきた。
「せんせー、まいにち、父ちゃんと母ちゃんがけんかをするんだ。」
「きのうも、母ちゃんが泣いてた。」
「母ちゃんが、りこんするっていう。」
「せんせー、父ちゃんと母ちゃんがりこんしたら、ぼく、どうしたらいいかな?」
ゆうたは、練習をさぼったんじゃない。出れなかったのだ。
毎日、小さい心を痛めて、どうしたら良いか分らなくて、動けなかったんだ。
ゆうたに、状況判断や相手の気持ちが分るようになれと、口うるさく言っていたのに、
状況判断能力や、相手の気持ちが分らなかったのは、俺の方だった。
「ゆうた、ごめん。」ゆうたをただ抱きしめた。
***
夏休みが終わって、ゆうたはゆうたの母の実家がある2つ向こうの町に、引っ越して行った。
俺は、もっともっと子供達の状況や気持ちがわかるように、もっともっと気をつけるよ。
精進するよ。
そして自分が、いろいろ分らない未熟な人間であることを、忘れないと誓うよ。
ゆうたが、幸せであるように、祈る。
転校の挨拶にきたゆうたに、「何かあったら、先生助けに行くから、俺を呼べ。」というと、ゆうたは、にへらと、笑った。
俺の最新鋭、教員情報網によると、引っ越した先の町で、ゆうたはいろいろやらかしながらも、元気にやっているらしい。
***
3学期、転校生がやってきた。
ゆうただった。
あとから、ゆうたに聞いたところによると、
「父ちゃんが、『もうしません。』って、泣きながらあやまった。」らしい。
ゆうた、お前と一緒だなあと、思ったのは、言わないでおく。
これで、おしまいです。
拙作を読んでいただけて、ありがとうございました。
感謝。感謝です。