第44話 冒険者ギルド支部長の右腕、困惑する
2年近く放置しておりましたが、しれっと更新再開します。(;´∀`)
次話もそう遠くないうちに更新したいです。
異世界生活 四十六日目
朝の繁忙期が過ぎ、冒険者たちも出払ってギルド内も大分落ち着きを見せ始めたのを見て私はそっと息をつく。
賑やかなギルドも好きだけれど、私はこの静寂も好きだ。
冒険者を引退し、ウォルトと一緒にギルド職員になったのが遠い昔のように感じられる。
私たちはそこそこ名の売れた冒険者だったのだけれど、パーティーメンバーだった二人が結婚して田舎に帰っていき、それを機に一番年長だった冒険者も引退してしまい、ウォルトと私は冒険者を続けるのが難しくなってしまったのだ。
一度最高と言えるパーティーを組んでしまえば、どうしてもその後に組んだパーティーにもそれを期待してしまう。
お蔭で新しく組んだパーティーではなかなかうまくいかず私たちも引退も考えるようになっていた。
そんな折、ウォルトが前のオジェク支部のギルド長に押し付けられるようにギルド長に推薦されてしまったのだ。
私は良い機会だと思い、彼を後押しした。
ウォルトは事務仕事には向いていないけれど、人を惹きつける魅力がある。
冒険者としても名が売れており、冒険者たちに舐められることもない。
私も彼を補佐するためにギルド職員になり、一緒にオジェク支部を盛り上げるために一生懸命に働いてきた。
そんなこんなで数年が経ち、ウォルトのギルマスの姿も大分恰好がつくようになり、そしていつの間にか私はオジェク支部の裏の支配者と呼ばれていた。
……こんなつもりはなかったんだけどなぁ。
事務仕事は苦手じゃないし、ウォルトを補佐していくうちにあちこちに首を突っ込んでいたら、多方面から仕事を任され、そしていつの間にやら発言力が強くなってしまっていた。
確かに運営資金を着服していた経理担当を吊し上げたり、規定違反をした冒険者を叩き出したりしたけれど。
……ただの受付になるはずだったんだけどなぁ。
もういっそのこと受付業務の仕事を減らし、彼の補佐に専念するのも悪くないかもしれない。
まだちょっと危なっかしいけれどミラも大分受付の仕事も板についてきたことだし。
それにウォルトも事務仕事に大分慣れてきたとはいえ、ここオジェク支部は国内でも有数の規模を誇る大きな冒険者ギルドの支部だ。
ここを拠点とする冒険者は数多いし、冒険者が多ければそれに比例して問題も多く抱えることになる。
特に最近はオジェクの街を中心としたごたごたの後処理で忙しかったし、大口大蛇とか赤翼大蜥蜴とか滅多にお目にかからない大型の魔物まで現れる始末だった。
それらの問題はとある二人組によってほとんど解決されているが、彼らが冒険者ギルドを窓口としているために必然と冒険者ギルドが忙しくなる。
物思いにふけながらも手元の書類を片づけていると、静かなギルドの中、入口の扉に漬けてある鈴がチリリンと鳴り響いた。
来訪者のようだ。
そちらに視線を向けると二人の姿を目に入った。
噂をすればなんとやらだ。
”灰色騎士”と”黒き魔女”。
最近オジェクにやってきた新参者にも関わらず、あっという間にこの街の有力者に認められ、八面六臂の活躍をして見せた”英雄”だ。
最初こそその成功に妬む者もいたけれど、その実力が知れ渡った今ではそんな者はいない。
格が違うのだ。
私もそこそこ冒険者として腕が立っていたけれど、”灰色騎士”に勝つことは到底無理だろう。
あの魔導鎧がなければウォルトが互角に戦えるかもしれない、という程度だ。
そして”黒き魔女”は、底が知れないというのが率直な評価だった。
一つ言えるのは、私が知るどんな腕の立つ魔術師よりも巨大な魔法を行使できるということ。
圧倒的な力を持っていながらも、国や組織のしがらみがなく、人格的に問題のないというのはかなり稀有な存在だ。
どこから来たのか、いままで何をしていたのか謎が多くて厄介の種でもあるけれど、冒険者ギルドとしては手放すには惜しい人材だった。
そしてそんな二人の後に続く顔を見て私は目を疑った。
見覚えのある顔だった。
だがにわかには信じられない。
「えっと、ユディット……治癒魔法であんなに綺麗に治るっけ?」
私が見たのと同じ顔を目にしたであろうミラが困惑したように私を見た。
そんな顔で見られても困る。
なぜなら私も理解が追い付いていないんだから。
その顔とはメリアだ。
いや、それはおかしい。
なぜなら私が最後に見た彼女の顔は、重度の火傷を負って正視に堪えない有様だったのだから、顔を見て判別できるわけがないのだ。
酷い火傷というものはどう治しても痕が残る。
高位の治癒魔法を使ってもそうだ。
どうあがいても元通りになんてならない。
それが常識なのだ。
それなのになんなの?
肌は剥きたてのゆで卵みたいにつるつるで真っ白だし、金色だった髪はなぜか銀色になっていて艶々でさらさらだし。
あの大怪我を負う前より良い状態ってどういうこと?
冒険者なんていうのは過酷な仕事だ。特に女性にとっては。
屋外で活動することが多いので日焼けはするし、遠征に出ればこまめに湯あみもできないし、睡眠も満足にとないこともしばしばだ。
そのため男から女として見られないと嘆く女冒険者も多い。
それなのに野良作業などしたことがない貴族の娘みたいにメリアは肌艶がいい。
「それにタリアは両手両足を失ってたよね?……治癒魔法で生えるものなの?」
メリアの衝撃によって霞んではいたけれど、同じく”灰色騎士”と”黒き魔女”に続いてタリアも一緒にギルドの中へと入ってきていた。
そう、自分の足で歩いて。
両手両足を失っていたはずにも関わらず。
ミラの指摘通り、治癒魔法で手足を生やすなんて当然無理だ。
治癒魔法で手足が生えるのなら、”肉屋”さんも義足なんか使っていない。
でもタリアはどう見ても五体満足に見える。
「ああ、これは義手と義足ですよ?」
私たちが小声で言い合っているのを耳聡く聞き取ったタリアは、そう言って振って見せる手はどう見ても普通の手にしか見えない。
……これが義手?
思わずタリアの手を触れてみてもその感触は普通の手に思えるが、あることに気づく。
人にあるべき温もり、体温を感じない。
タリアが腕まくりをすると、肘のあたりに肌に似た色の柔らかい謎素材の帯状のものが巻かれていた。
おそらくここが義手と生身の継ぎ目なのだろう。
でもそれだけだ。
それ以外はどう見ても普通の手に見える。
だって普通に動いているんだよ?
そんな義手、見たことない。
私にわかるのはとんでもない魔道具だっていうこと。
その価値だって計り知れない。
「リリーさんが作ってくださったんです」
タリアは嬉しそうに笑顔を見せた。
あの赤翼大蜥蜴に襲われてオジェクに戻ってきたときには想像などできない晴れやかな笑顔だ。
それもそうだ。
一時は死さえもあり得、生き延びたとしても死ぬよりも苦しい目に遭うはずだったのに、今では元通りといっても過言ではない状態なのだから。
「すまないが、見ての通り二人は治ったから、二人の冒険者資格を戻してほしい」
そういえばアッシュさんに二人の冒険者の記録の削除を保留しておいてほしいと言われていたのを思い出す。
そのときは意味が分からなかったけれど、今ならわかる。
アッシュさんは、最初から二人が冒険者として活動できるまでに回復すると確信していたのだ。
……それにしても、この奇跡ともいうべき回復をあっけらかんと”治った”と称するアッシュさんはどうかと思う。
腹に色々抱きつつも私は冒険者ギルドの受付嬢としてのプライドから表面には一切出さずに、業務を進めることにする。
「……規則として復帰する冒険者は試験を受けて一定以上の水準を満たしていないと復帰できません。申し訳ありませんが、お二人に試験を受けてもらいます」
私の言葉に二人は了承を示す。
どうやらこのことは最初から想定していたようだった。
なら話が早い。
ギルドの建物の裏手にある訓練場へ二人を誘導しようとしたところ、アッシュさんが二人に声をかけるのが聞こえた。
「二人とも加減しろよ?」
彼の言葉にどこか嫌な予感を抱いた私は、自分で彼女たちの試験を担当することに決めた。
* * *
俺たちは冒険者ギルドの建物の裏手にある訓練場に来ていた。
俺は初めてきたが、普通は冒険者に登録するときにここで適性試験をするらしい。
俺たちは領主様の推薦状があったから適性試験は免除されたからな。
それに特に訓練することもないし。
さて、メリアとタリアの二人の復帰試験は至って簡単。
模擬試合をして動きを見るだけだ。
普段は手の空いている上級の冒険者が相手をするらしいが、二人の試験はそのままユディットが受け持ってくれることになった。
そのことにメリアとタリアの二人はかなり驚いていたが。
なんでもユディットはギルド職員になる前は三級冒険者だったらしく、ここオジェクの冒険者ギルドの中でも上位に位置するらしい。
ちなみに一番はギルマスだ。
そんな元三級冒険者相手に五級だったメリアとタリアがどこまでやれるか見ものだったが、思ったより善戦した。
とはいえそれも魔改造されたスペックあってのもの。
五級のメリアとタリアには圧倒的に戦闘のノウハウが足りていない。
パワーとスピードのスペックはユディットを上回っていても、見事にいなされていた。
ユディットに勝つことはできなくても試験は問題なかったらしく、一人ずつ五分ほど試合をして無事に終了した。
「お二人とも問題ありません。冒険への復帰を認めます。それにしても私がここまで苦戦するとは……」
試験を終えた彼女は二人がここまで戦えたことに驚きを隠せないようだった。
傍から見ていた分にはユディットは危うげなく戦っていたように見えていたんだけどな。
そしてメリアとタリアの二人はユディットに勝てなかったことが若干不満だったらしい。
とはいえ今回は彼女たちの本来の機能のほとんどを封印して、純粋な身体能力と技能だけで挑んでいる。
もし実戦になれば、持っている機能をフル動員して問題なくユディットにも勝てるだろう。
それにしても、と俺は周囲を見渡す。
「随分目立ったみたいね」
リリーの言う通り、ユディットとメリア、タリアの試合はかなり目立ち、周囲に野次馬を集めていた。
メリアとタリアが元通りに治っているというのもあるが、五級だった二人が元とはいえ三級冒険者相手に互角にやりあったのだ。そりゃあ目も集めるだろう。
「……話の続きは別室で行いましょうか」
ユディットは周囲の目を気にしたのか、俺たちをいつもの会議室へと招いた。
勝手知ったる会議室。
ここを使うのも何回目だろうか。
まだこの街に来て一か月ちょいしか経っていないはずなんだけどな。
会議室の席にそれぞれ着き、暖かな湯気が立つティーカップが俺たちにいきわたるのを待ってからユディットが口を開いた。
「先ほども申し上げた通り、二人の復帰は問題ありません。あとは今後の二人の身の振り方ですが——」
ユディットは言葉を区切り、メリアとタリアの二人の恰好を見た。
「——アッシュさんは彼女たちをメイドにするおつもりですか?」
彼女の言う通り、なぜか二人はメイド服を着ている。
いや、なぜかなんて曖昧な表現はよそう。
リリーが用意したメイド服を二人が気に入り、しかも戦闘に用いても防具として遜色なかったので今日も着てきたのだ。
「いや、あれは俺じゃなくてリリーの趣味だ」
俺はメイド好きという変な風評被害が出かねないので、ここはきっちり否定しておく。
「そうでしたか。……それで、彼女たちの”値段”は決まったのですか?」
ユディットの言い方が若干誤解を招きそうだが、事実彼女たちにつける”値段”が問題だった。
俺たち、というかリリーは彼女たちの命を救うことを条件に二人を奴隷にした。
つまりリリーの施した改造手術費用が二人の”値段”なのだ。
問題は改造費用はリリーの言い値だということだ。
この世界にない技術と資源を自重することなく用いた費用を算出するのは難しい。
リリーが改造費用は金貨一枚と強弁すればそうなるかもしれないが、そんな安値を付けては色々なトラブルを引き起こしかねない。
まず改造費用に安値を付けるということは、二人に安値を付けるということだ。
折角二人を奴隷として保護しているのに、悪意を持つ誰かが二人を買うと言い出しかねない。
断れる相手ならいいが、この国で強権を持つような人物だと面倒くさい。
どんな相手でもしがらみのない俺たちは突っぱねることができるが、この街の交友関係を気に入ってきているので、周囲の人に迷惑を掛けるのは不本意だ。
さらに改造費用を安くしてしまうと、自分も治してくれと言う輩が出てきてしまう。
そんなに俺たちは暇ではないし、地下研究所の資源も有限だから相手にするわけにもいかない。
だからといって改造費用をばかみたいに高額にもできない。
いつか二人が自分を買い戻し、奴隷から解放されるためにも適正な金額でなくてはいけないのだ。
そう適正な金額の設定が必要なのだが、俺たちにはこっちの相場が分からない。
だから信頼できる伝手に頼ることにしたのだ。
「今日はそれも相談したくてここに来たんだ」
俺の言葉にユディットは眉間にしわを寄せ、メリアとタリアの二人を一瞥してからため息をついた。
「……私どもの手には余りますね。マダム・ウェンディを呼びます」
魔導士ギルドのギルマスだったか。
リリーと魔道具のことで盛り上がれる人間だから適任だろう。
登場人物
ユディット 冒険者ギルド オジェク支部 受付嬢兼支部長補佐
元三級冒険者
アッシュ 元”正義の味方”
リリー 元”悪の女幹部”
メリア 元冒険者 瀕死のところをアッシュとリリーに助けられ、改造される。
タリアの双子の姉。
タリア 元冒険者 瀕死のところをアッシュとリリーに助けられ、改造される。
メリアの双子の妹。