第39話 冒険者姉妹、希望を掴む
正義の味方があまり飛び道具を使わず、肉弾戦を主にするのにはそれなりに理由がある。
おきまりとか、ただの形式美というわけではない。
市街地において、その攻撃に巻き込むことにより物的、人的被害を及ぼさないためだ。
マスコミや市民団体様からの厳しいご意見があるので、あまり好き勝手に暴れることはできない。
正義の味方が強化外骨格を着てコンビニに行くことすら許さず、自動販売機で飲料を買うことすら許さない連中だ。
もし正義の味方の攻撃により市街地に被害が発生したとしたら、鬼の首を取ったように騒ぎ立てるに違いない。
正義の味方が守ったものよりも、守れなかったものに注目して揚げ足を取り批判する連中だ。
そのくせ自分たちに悪の組織による攻撃の被害があれば、正義の味方が自分たちの利益を守るのが当然であるかのように反応する。
正義の味方なんて損な役回りの仕事だ。
悪の組織と戦うことが常態化すれば、市民からの感謝は薄れ、それが当然となってくる。
いや、正義の味方だけではない。
縁の下の力持ちともいえる、あまり目立たない仕事をする人は世界中に大勢いて、そう言う人がいなければ、社会全体、経済活動は回りはしないのだ。
電車が時間通りに運行するのも、信号がきちんと動作するのも、蛇口にひねれば水が出るのも、誰かがどこかで働いているから。
普通に平穏に生活できることに日々感謝、これに尽きる。
閑話休題
話がずれた。
何が言いたいかというと、小五月蠅い上司も煩い世論もないこの状況では、気兼ねなくEM拳銃をぶっ放せるということだ。
しかも今回は街中ではなく、深い森の中だ。
射線に人がいないかだけ注意すればいい。
自重なしだ。
ワイバーンを視認できているわけではないが、メリアとタリアが今なお襲われている現状において時間はない。
幸いなことにUAV|《無人航空機》が位置を把握しているので、UAVとデータをリンクし位置情報をもとに弾道を計算する。
射線上にある木々を貫通する必要があるが、EM拳銃の出力を上げれば問題ないだろう。
俺はまだ見ぬ赤いワイバーンに狙いを定めてEM拳銃の引き金を引いた。
* * *
私はアッシュからの連絡を受けて合流し、東の森へと急行していた。
今回は急を要するということで、移動用の装備を解禁している。
以前使用していたAPS―アクティブ防護システムーの自律型無人機を改造し、私が搭乗できるようにしたのだ。
ホバーボードみたいなものなので、不整地でも時速三〇キロ以上でるし、やろうと思えばかなり高い高度まで上昇できる。
さらにこの前クマみたいな鍛冶屋で購入した小盾を外装にしたので、これを浮遊する盾代わりにもできるし、以前同様に飛来物を撃ち落とすこともできる。
まさに私の防御力と移動能力を一気に解消するアイテムだ。
名前はそう……”アイギス”とでも付けておこうかしら。
私はアイギスに乗り、アッシュの後を追いつつもUAVによって情報を収集していた。
そして東の森に出かけた冒険者の中に、アッシュが親しくしていたメリアとタリアの冒険者姉妹が含まれていることや、彼らが赤いワイバーンの一匹をどうにか倒したこと、そしてもう一匹、ワイバーンが現れたことも、それがメリアとタリアをしつこく襲うのも確認していた。
勿論、この情報はアッシュとも共有している。
私はこっそりとアッシュを窺うけれど、そのフェイスシールドに隠されて彼の表情は見えない。
それでも彼が苛立っているのはわかった。
親しい者を救えないことほど自らの無力さを味わい知ることはない。
私たちは全知全能ではないのだから、すべてを救うことなどできないし、手のひらから零れ落ちる命もある。
それでも”正義の味方”は両手一杯に抱え込み、手当たり次第に救おうとする。
本当に”正義の味方”とは厄介な性格をしているものだ。
私たちが到着するまえにはすでにワイバーンがメリアとタリアを襲っていた。
間に合わないと私が感じたときにはすでに、アッシュはEM拳銃を構えていた。
まだ赤いワイバーンを私たちが視認しておらず、ワイバーンとの間には遮蔽物があるにも関わらずにだ。
何をしているか理解できずにいると、彼は躊躇いなくEM拳銃を発砲。
するとUAVでその動きを監視していたワイバーンがゆっくりと地に倒れた。
まさに一撃。
EM拳銃の一発の弾で、ワイバーンの頭部に直径三〇センチほどもある大穴を穿った。
私たちとワイバーンの間にある木々にも穴をあけて。
その威力は脅威だ。
しかもこの威力で、十分に力を抑えているというのだから恐れ入る。
市街地での使用制限のおかげで滅多に使われなかったというが、私や”ネクタル”を相手に使われなくて、本当に良かったと心から思える。
とはいえ、こちらの世界にはこのワイバーンや同等のモンスターがいることだろうから、この武器は欠かせない切り札になると思う。
……ちゃんと整備しているか気になるから、今度ゆっくり見せてもらおうっと。
呆気なく死に地面に倒れたワイバーンを尻目に、アッシュは知人の二人のもとへと駆け寄った。
「くそ、間に合わなかったか」
彼は苛立たしく呟く。
ワイバーンの吐いた炎に包まれたメリアとタリアの二人の命は絶望的と言えるだろう。
私はこの前制作していた魔法の杖を掲げ、魔法の種類と効果範囲を指定し実行する。
するとメリアとタリアの周囲に水球が生じて破裂し、まだ燻っていた火を消した。
火が消えたことで、惨状がより露わになる。
肉の焼ける匂いに私は眉を顰めた。
「酷いわね」
庇う様に重なり合っている上の少女は、体の背面の大部分に熱傷を負っている。
熱傷の深度もかなり酷い。
このことからもワイバーンの炎の強さが窺い知れる。
その時、下になっていた少女がうめき声をあげた。
「アッシュ、上の子を退けてあげて。下の子は軽微な火傷で済んでいるみたい」
アッシュが上になっていた子をどけると、私は早速下になっていた子を診察する。
手足が欠損し、血が大量に流れているため貧血を起こしているみたいだったが、まだ意識はあった。
「ア、アッシュ…さん?魔物は……?」
「ああ、トカゲは片づけた。キズはすぐに処置するからな」
アッシュが安心させるように彼女に告げている間に、私は持ってきた機材の中から応急処置に必要なものを取り出す。
まず彼女の手足の切断面にスプレー状の止血剤を吹き付け、止血剤は傷口で泡のように膨らみ、傷口全体を覆った。
他の体の傷も同様の処置をして止血する。
それから失った血の代わりに血液希釈剤を点滴で投与しておく。
内臓の損傷もあるだろうが、止血さえできれば彼女は一命をとりとめるだろう。
「お、姉ちゃん、は?」
自分も辛くも生き残ったにも関わらず、姉のことを心配するとは見事な姉妹愛だ。
妹を炎から庇った彼女の姉は四肢は揃っているけれど、体の大部分に重度の火傷を負っている。
正直、見込みはないけれど念のために生きているか調べてみると、意外なことにまだ息はあった。
「微弱だけど脈はあるみたいね」
「なんとかなるか?」
アッシュの問いに私は頷いて見せた。
「ショック死していないのが不思議なくらいだけど、生きてさえいればなんとかなるわ。とりあえず熱傷創を保護して、脱水性ショックを防ぐために補液を行うわ。あとたぶん気管も熱傷を負っていると思うから、気道の確保も必要ね」
私はメリアの火傷を負った面に粘性の高い保護材を塗り、リンゲル液を点滴、そして喉を切開して管を入れた。
「ここでの応急処置はこれぐらいね。あとは設備が整ったところじゃないと」
はっきり言って姉のほうはまともな現代の医療設備でも救うことは難しいだろうし、妹も社会復帰は絶望的と言えるかもしれない。
こちらの世界には魔法があるから、奇跡的治療が存在するかもしれないけれど、それでも無償な物でもないだろう。
まあ、私なら彼女たちを救うのなんて造作もないことなんだけどね。
私が応急処置を終え、道具を片づけていると複数の人影が近づいてきていた。
赤いワイバーンを倒した冒険者たちだ。
散り散りになって逃げたようだったが、ワイバーンが倒されたのを知ってか戻ってきたみたいだった。
「……あんたらは?」
リーダーらしきライオン頭の冒険者が私たちに問うた。
不思議よね。ミラみたいに普通の人間に獣耳と尻尾の生えているだけの獣人もいれば、目の前の彼のように顔の見た目がほぼ獣な獣人もいるのだから。
何が違うのかしらね?純血度?
ひとり思案している私をよそに、アッシュがそつなく対応する。
「ギルドの要請で来た。他の連中は街の防衛体制を固めてる」
「赤翼大蜥蜴の一匹は俺たちが始末したし、もう一匹は……あんたが速攻で始末したから防衛はもう不要だろうがな」
ライオン頭さんは肩をすくめた。
自分たちが必死になってようやく一匹を倒したのに、アッシュが一撃でいとも簡単に倒しちゃったらそうなるわよね。
それにしても、このワイバーンって赤翼大蜥蜴っていうのね。
意外なことに蜥蜴であって、竜じゃないわけね。
「それで……二人は生きてるのか?」
「ああ、応急処置を施し、一命は取り留めた」
アッシュの言葉に喜ぶかと思ったが、ライオン頭さんはなぜか複雑そうな顔をした。
「そうか、喜ぶべきなのだろうが……はたして良いことなのかは分からないな」
「なに?」
「彼女たちが今後やっていけるか、という話さ。見たところ冒険者に復帰するのは絶望的だ。それに彼女たちが社会復帰できる程度まで治療するには莫大な金がかかる。五級冒険者には到底払えないような額だ。ギルドの保険で多少は賄われるだろうが……そんな借金を返済するには奴隷に落ちるしかないんだ」
アッシュは二人を伺った。
二人とも鎮静剤を投与しているため意識はないから、今の話は聞いていないだろう。
ライオン頭さんに悪気はなく、二人の今後を思っての言葉だろうが、彼女たちに今聞かせるような話でもない。
アッシュは首を振ると、ライオン頭さんたちの方に向き直った。
「……とりあえず二人を街まで運ぶ。手伝ってくれ」
* * *
赤いワイバーンが倒されたという一報は街に伝えられ、お祝いムード一色になっていた。
この前倒した巨大蛇よりもあのワイバーンは脅威度は高いみたいだった。
なにせ空を飛び、炎を吐くのだから当然といえば当然だが。
そういうわけで厳戒態勢は解除され、念を入れて調査のために領軍の兵士が東の森へと派遣されることになった。
小型の魔物の対処と、倒された赤いワイバーンの素材の回収のためでもある。
あのワイバーンは希少な素材になるらしく、無駄にはしないために結構な数の人間が森へと入っていった。
災害から一転して、降って湧いた商機に街の商人は浮足立った。
一方で冒険者ギルドの空気は重かった。
複数の冒険者が死傷し、今なお死にかけている冒険者がいるのだ。
死と隣り合わせの危険な職とはいえ、自業自得な状況ならまだしも、災害のような存在に屠られるのはやるせないものだ。
冒険者ギルドの治療室に並ぶベッドに寝かされているメリアとタリアの横で、冒険者ギルド長ウォルトと彼の右腕ユディットと俺たちは話をしていた。
「救ってくださったお二人には申し訳ないですが、ギルドとしてはどうしようもないんです」
申し訳なさそうにユディットが言う。
「治療はできないのか?」
この世界には治癒術という魔法が存在する。
この世界の外科に相当し、ある程度の外傷を治療することができた。
「彼女たちの状況を見るに、並みの治癒術では治療できません」
しかし俺はユディットの言葉に少し含みがあることに気づく。
「並みのじゃ無理ってことは並みじゃなきゃ治療できるのか?」
俺の問いにユディットは首を横に振った。
「高位の治癒術でも四肢の欠損は治せないんです。火傷はある程度は治せますが、メリアの火傷は筋肉に達しているところもあります。大きく身体能力が落ち、障害が残る可能性もあります」
治癒術をもってしても、メリアとタリアは重傷で手の施しようがないようだった。
「それに治療するにしても治癒術師に支払う治療費の問題があります。高位の治癒術を受けるには大金が必要なんです。お二人のかけていたギルドの保険でも一部しか賄えません。彼女たちの貯金、今回討伐した赤翼大蜥蜴の報奨金も彼女たちに入りますが、それを充てても足りないでしょう。
高位の治癒術である程度治せたとしても冒険者に復帰するのは難しいんです。そうなると借金の返済のために負債奴隷に落ち、最悪娼館行きということになります」
あのライオン頭の冒険者が言っていた、死んでいた方がマシという発言はこういう意味だったのだろう。
あれほどの重傷を負っては社会復帰は絶望的、命を取り留め、治療できたとしても奴隷落ちでは救いがない。
今まで沈黙を保っていたリリーが唐突に口を開いた。
「じゃあこういうのはどう?私たちが二人を引き取るわ。そして私が治療する。彼女たちは治った体で治療費分を働いて返すの」
リリーの提案にウォルトとユディットはしばし唖然としていたが、先に復帰したウォルトが渋面のままリリーを見据えた。
「……とりあえずお前さんが二人を治療できるかどうかは置いておこう。しかしだ、負債奴隷の扱いには厳格な規則がある。最低限の生活の保障しなければならないし、意図的に死に至らしめれば当然処罰されるぞ」
つまりウォルトは安易に引き取るなんて言うなと言っているのだ。
彼女たちを引き取るなら、それなりの責任が伴う。
現状の彼女たちは生きているだけで何の価値もあるとは言えない。
そんな二人を引き取るのはデメリットはあれど、メリットなんてありはしない。
つまり傍から見れば情に流されただけのただのお人好しだ。
だが俺は知っている。
彼女がただのお人好しなだけじゃなく、”悪の組織の女幹部”で、怪人製造の第一人者であることを。
「安心して頂戴。私は彼女たちを殺すためにじゃなくて、生かすために引き取るのよ」
自信満々のリリーの様子に、ウォルトとユディットは半ばあきらめた様子だった。
これまで俺たちがしでかしてきた所業を思い返して、何をやってもおかしくはないと思い直したのかもしれない。
俺たちに対する信頼なのか、はたまた諦めなのかはわからないが、やらかしてきたのは事実なのでどうしようもない。
二人の了承を半ば強引に取ったところで、リリーはメリアとタリアのベッドの間に立ち、声高に二人に告げた。
「さて、選択するのはあなたたち自身よ。さあ、どうする?私があなたたちを治療する代わりにあなたたちは私の負債奴隷になるの。了承するなら私の手をとりなさい」
* * *
治癒術が使えても部位の欠損は治せない。
タリアの両腕も、両足も、元には戻らない。
そもそも治癒術を受けるにしても金が掛かる。
駆け出しの冒険者に過ぎない私たちに蓄えなどあるはずもない。
私たちに治療費など払えるはずもない。
そして辛うじて生きてるだけの私たちに金を稼ぐ術などない。
だけど、私は。
私はまだ残る力を振り絞って、思うように動かない腕で傍に立つ女性の外套のすそを掴んだ。
そして潰れた喉で、声にならない叫びを上げる。
死にたくない。
私はまだ生を諦めたくはなかった。
タリアを残して死にたくない。
娼館に落ちたとしても、タリアを救いたい。
そもそも彼女たちに助けを求めるのは筋違いだろうとは思う。
でも私には縋るものがなかった。
私たちを救ったのは、名前も知らない彼女たちだ。
ツキのない私たちが最後に掴んだ希望だ。
だから私は彼女たちの憐れみに縋る他ないのだ。
いつの間にか私の目には涙が浮かんでいた。
潰れた喉からは嗚咽が漏れる。
そんな時、弱弱しく外套のすそを握っていた私の手を、そっと温かいものが包んだ。
細くて白く、冒険者の荒事や野良作業をしたことがないような綺麗で温かな手。
それが私の手を包んでいた。
登場人物
アッシュ 正義の味方
リリー 悪の組織の女幹部
メリア 五級冒険者、タリアの双子の姉妹
タリア 五級冒険者、メリアの双子の姉妹
ウォルト 冒険者ギルド支部長
ユディット 冒険者ギルド受付嬢、ウォルトの右腕
アラン 三級冒険者、獅子の獣人