第40話 悪の女幹部、本領を発揮する
異世界生活三十三日目
奴隷にするのに必要な手続きを終え、俺たちはメリアとタリアの二人を家へと連れ帰った。
ちなみに所有者はリリーだ。
リリーが治療するんだし、そもそも彼女は悪の組織で幹部をやっていたのだから部下的なものの扱いにもなれているだろう。
俺は基本”ぼっち”だし、俺が二人を奴隷にすると外聞が悪そうだ。
そして二人の処置をするため、二人が薬で眠っている間に地下研究所へと運んでいる。
オジェクの街にある家では設備が整っていないし、研究所の設備を運んでくるわけにもいかない。
とはいえ研究所を使うにあたって問題がないわけでもない。
メリアとタリアの二人に俺たちのことを説明しなければならないということだ。
できればこの世界の人間には俺たちの正体や研究所のことは隠しておきたいのだが、二人の治療に研究所の設備は必須だ。
だが二人の口止めに関してはあまり心配していない。
なぜなら奴隷契約の際に、所有者の不利益になりえる言動を制限する魔法的措置が講じられているのだ。
これにより所有者が公言してはいけないと定めたことを二人が誰かに言ったりすることはできなくなるそうだ。
やっぱ魔法ってすげーな。
とはいえ、そういった魔法的措置はなしにしても、メリアとタリアはいい子なので恩を仇で返す様なことはしないだろうとは思うが。
……さて、まずは二人の治療が先だ。
「治す手立てはあるんだろうな?まあ、なくてもお前は助けただろうが」
MRIのような機械に二人を通して精密検査をしているリリーに問いかける。
「私を誰だと思っているの?悪の組織ネクタルの幹部、ドクター・ダークリリー様よ」
「ああ、ちょっと忘れかけてたわ。そういや、悪党だったな……で、どうするんだ?」
「そうねーどうしようかしら。久々の改造手術だから腕が鳴るわね」
リリーは嬉々とした表情を浮かべ、精密検査の結果を眺めている。
リリーの腕が確かなのは認めるが、少々不謹慎な気もするし、なによりリリーが暴走する可能性が恐ろしい。
「楽しそうなのはいいが、目的は治療であって改造ではないぞ?」
「似たようなものじゃない?」
「似たようなものじゃないだろ」
「まあ、いずれにせよあの二人は並みの手術じゃあ元には戻らないわ。それに元通りにするだけじゃダメなのよ。
彼女たちには力が足りなかった。大事な物を守るための力が。だから自衛できる能力をあげたいのよ」
そう言われては俺も否定できない。
だから釘を刺すだけに留める。
「……自重しろよ?彼女たちが普段の生活に困らないようにしろよ?」
どこかの怪人みたいに人間に似ても似つかない姿になったら不憫すぎる。
俺の懸念を察したリリーは憤然とした表情で俺を睨んだ。
「それぐらい承知してるわよ。あんまり派手に改造しちゃうと手術した私まで目立っちゃうしね。だから"見た目は普通の女の子、その正体は最終決戦兵器"を目指すわよ」
「お前は何を作る気だ」
俺の心配をよそに、リリーは改造プランを練り始めた。
* * *
目が覚めると見知らぬ空間にいた。
知らないベッドに横たわり、知らない天井を見上げている。
薄暗いのではっきりとはしないけれど、私たち姉妹が寝泊まりしている冒険者用の安宿ではないのは確かだった。
身を起こそうとして、自分の両腕両足がないことに気づく。
「あ、そっか……」
知れず呟きが漏れた。
赤翼大蜥蜴に全部食い千切られたんだった。
痛みはもうほとんどないけれど、まるでまだそこに両手足があるかのような感覚がある。
そういえば視野も狭い。
どうやら右目も見えなくなっているみたいだった。
首だけ動かして周囲を見渡そうとしていると、私の動きを察したかのようにゆっくりと部屋の中が明るくなり、そして真昼のような光が部屋の中に満ちた。
光明の魔法?
でも部屋全体をこんなに明るく照らす魔法なんて聞いたことがない。
光に目が慣れるにつれ、部屋の内部の全様が見えてきた。
天井も、壁も、床も、ベッドも、シーツもすべてが真っ白で、何の匂いもしない。
とても異質で不思議な空間だった。
そして私は薄い青色の貫頭衣のような服を着て、体のあちこちに包帯が巻かれ、腕には何本か管のようなものが繋がっている。
腕につながる管は気味が悪いので外したかったけれど、私に手がないのでそれは叶わない。
管の行き先を目で追うと、液体の入ったビン状のものに繋がっている。
どうやら管のひとつはビンの中に入った液体を私の中へ送っているようだった。
他の管よりも細いひも状のものは壁に埋め込まれたよくわからない装置に繋がり、細かに変動する模様を表示している。
その不思議な絶え間なく変わる模様をぼんやりと眺めていると、部屋の入口にある扉が音もなく開いた。
そこには黒髪の女性が立っている。
その顔には見覚えがあった。
「起きたみたいね。タリアさん、体調はいいかしら?」
「……はい」
私が頷くと、彼女はさっきまで私が眺めていた絶え間なく変わる模様のそばに行ってそれを調べ、手元の板状のものを操作する。
それから私の顔や体の傷などをひとしきり調べたあと、私を見据えて微笑んだ。
「大丈夫そうね。順調に回復してるみたい」
両手足を失って何が大丈夫なのかと言いたくなったがそれは堪え、彼女に問い尋ねる。
「あなたは”黒き魔女”ですよね?」
私の問いに彼女は頷いた。
「そうも呼ばれているわね。私はリリー。あなたを治療し、その代価としてあなたたちを引き取る者よ」
彼女にそう言われて思い出してくる。
全身を襲う痛み、絶望の中で提示された契約のことを。
私は、否、私たち姉妹は彼女に提示された契約を結び、彼女の奴隷になったのだ。
だが今の冷静な頭で考えてみると、随分と彼女にとって不利な契約にも思える。
なぜなら私には両手足がない。
奴隷になっても何も働くことができないのだ。
所有者が男であれば、私に両手足がなくても問題にしない趣味の人間もいたことだろう。
でも今の状況はそれとは合致しない。
私の混乱をよそに、彼女は私の横たわるベッドのそばに椅子を持ってきてそこに腰かけた。
「まずあなたに施す治療について説明するわね。あなたは両手両足の欠損、右目の負傷ってところかしら。正直言って軽微な部類ね」
「え?」
彼女は四肢の欠損を軽微と言った。
「あなたにはとりあえず義肢と人口眼球を用意するわ。それで歩けるようになるし、普段の生活になんら支障はなくなると思う。おいおいはもっと性能がいいものに変える予定よ」
義足と言えばギルドの”肉屋”さんが使っているけれど、あれは片足が残っているから生活にさほど支障はないけれど、両足義足になってしまえば支障なしとはいかないはず。
でも目の前のリリーさんは両足どころか両手も義肢にしても支障はないと言ったのだ。
全くもって理解できなかった。
それでも私をおいてけぼりにして、リリーさんはマイペースに続けた。
「そうね、あなたは一週間ほどで元通りに動けるようになると思うわ。……問題はお姉さんのほうなのよね」
あまりに突拍子もないことの連続で失念していたけれど、お姉ちゃんの姿がない。
「あの、お姉ちゃんは無事なんですか?」
「ああ、彼女は違う部屋で治療しているわよ。……会いたい?」
「はい」
私が頷くと、リリーさんは絶え間なく変わる模様を浮かべる壁の装置のそばに行き、壁に声をかけた。
「アッシュ、車椅子を持ってきて」
勿論そこにアッシュさんはいない。
彼女の言動の意味が分からず戸惑っていると、またしても音もなく扉が開き、そこには車輪のついた椅子を押してきたアッシュさんがいた。
今日は魔導鎧を身に着けておらず、至って普通の服装だった。
「お、元気そうだな」
「アッシュ、彼女をお姉さんのところに連れていってあげるから車椅子に乗せてくれる?――あと、変なところは触るんじゃないわよ」
リリーさんは私に繋がっていた管を手早く回収しながらもアッシュさんに注意する。
「触んねーよ。……でも不可抗力で触った場合は許してくれ」
そう言いつつアッシュさんは慎重に私を抱きかかえると車椅子へと移してくれた。
それを見てリリーさんが面白そうに笑みを浮かべる。
「あら、うまいじゃない。もしかしてそれも”昔取った杵柄”?」
「ああ、仕事で介護を手伝う機会があったからな。そこでコツを習った」
二人の言っている内容が理解できないけれど、二人の仲がいいことは察しが付く。
以前から思っていたけれど、二人の関係っていったい何なのだろうか。
「それじゃあ、お姉さんのところへ案内しましょうか」
そう言ってさっさと部屋を出て歩き出すリリーさんを先頭に、私が乗る車椅子をアッシュさんが押して進みだす。
さっきから見ていたけれど、この扉、人手によらずに開いたり閉まったりしている。
これも魔道具?
部屋を出るとそこもまた異質だった。
部屋と同じく明るく照らされているけれど窓は一切なく、同じような扉が並んでいるだけだった。
それにしても広い。
アッシュさんが住んでいる家を見たことがあるけれど、あそこの広さではないのは確かだった。
じゃあここはどこ?
「あの、ここって何ですか?何処なんですか?」
辛抱できずにアッシュさんに尋ねてみた。
「それについては追々説明するよ。説明がちょっと難しいんだ」
彼は言い辛そうに言い淀み、私も追及することはあきらめた。
追々にであれ説明してくれるというのであれば、それを待つべきだろうと考えたから。
それに私は今、奴隷の身なのだから我儘の言えるような立場ではない。
私は連れていかれるままにリリーさんの後ろを進み、そしてひとつの扉の前で止まった。
ひとりでに扉が開き、そして暗かった部屋のなかで光が灯る。
その部屋は私がいた部屋よりも広く、そして様々な物で溢れていた。
前に錬金術師の工房に行ったことがあるけれど、そこにこの部屋は似ている。
置いてあるものとかは全然違うけれども、そこの雰囲気に似ていた。
もしかしたら何かの研究をしている場所なのかもしれない。
部屋の中には一体なんなのかも想像もつかない装置がいくつも並んでいるけれど、お姉ちゃんの姿は見渡す限りなかった。
「あの……お姉ちゃんは?」
私が尋ねると、リリーさんは部屋の一部を占有する一つの大きな箱の前に立った。
木でも石でも金属でもなさそうな素材でできた不思議な箱で、棺のような大きさだった。
「この中よ」
そう言って彼女はその箱の一部を開ける。
中を覗き見ると、箱に満ちた水の中にお姉ちゃんが浮いていた。
その棺のような外見の箱に入っていたことから最悪のことを考えるけれど、よく見れば胸が小さく上下しており、生きているのが分かる。
「お姉ちゃんは……生きてるんですか?」
私の問いにリリーさんは首を縦に振った。
「生きてるわよ。皮膚の五〇パーセントに重度の火傷を負い、筋肉組織も損傷を受けている。内臓にダメージがいってないだけマシで、生きてるのが不思議なくらいね。まず普通の治療じゃあ生き繋ぐだけで精一杯だったでしょうね」
お姉ちゃんは全身に火傷を負い、髪も焼け、以前の健康な姿など想像もできない姿だ。
私に繋がっていたような管がお姉ちゃんにもいくつも繋がっており、悲痛さが増している。
お姉ちゃんは私をあの炎から庇ってこんな酷い火傷を負ったのだ。
庇ってくれなかったら、この火傷を負っていたのは私だったはずなのだ。
申し訳なさと悲しみに涙がこみ上げてくる。
私のそんな様子を見たからか、リリーさんは私を安心させるように優しく言葉をかけてきた。
「まあ安心なさい。私が治すんだから、今までと同じように生活できるのは勿論、容姿だって元通りになるわよ」
彼女はなにも問題がないかのように言うが、到底信じられないことだ。
高位の治癒術師であろうと、これほどの火傷を治せるなんて聞いたことがない。
まして治せたとしても元通りには程遠く、一生火傷の痕が残ることを知っている。
それを彼女は事も無げに言う。
お姉ちゃんの火傷も、私の手足も本当に治せるというなんて、まるで荒唐無稽なお伽噺のよう。
否、この場所の存在自体がお伽噺のようであり、そこの主であるアッシュさんとリリーさんはお伽噺の住民なのかもしれない。
そしてそんな彼女たちにすがるしか私たちに道はない。
私は改めて頭を下げ、リリーさんに懇願した。
「お姉ちゃんが治るのなら私が何でもしますから……宜しくお願いします」
* * *
「あなたはあのカプセルの中を覗いちゃ駄目よ。彼女、裸だから」
タリアがメリアのそばに佇むのを横目に、リリーはしっかりと俺に釘を刺した。
あぶねー、興味本位で覗こうと思ってたわ。
とはいえ、覗き込まない限り彼女の胴体は見えないが、リリーが蓋の一部を開けたため中を少しだけ見ることができる。
カプセルの中は液体で満たされ、その中にメリアは浮かんでいるようだった。
「あの液体はなんなんだ?」
「あの触媒には熱傷によって壊死した細胞を除去する薬剤が含まれているのよ。デブリードマンってやつね。それと同時に強化薬を投与して、骨格と筋肉を強化し、体をより強靭な物に作り替えているところ。これはタリアにも投与してるわ。それから二人の体調が整い次第、神経系にちょっと手を入れてBMIを実装ってところかしら」
「BMIも入れるのか?」
BMIは直接脳へデータを送ったり、脳と外部機器を接続してコントロールするシステムで、俺やリリーも用いているものだ。
強化外骨格の操作には不可欠なシステムなので”正義の味方”にはほぼ全員に実装されているが、メリアやタリアに必要な改造といえるのだろうか。
「これはほんの手始めよ」
リリーは不敵に笑みを浮かべて一冊の仕様書を俺に渡して見せた。
その仕様書を少し覗き見て、俺は呆れる。
「これって下級戦闘員の改造手術と同じじゃないか?」
下級戦闘員、悪の組織の一番下っ端であり所謂雑魚ではあるが、それはあくまで”正義の味方”目線でのことで、下級戦闘員にしても一般人から見たら十分に脅威と言える存在だ。
なにせ薬で強化された出力と耐久性は一般人をはるかに凌駕するのだから。
「大体はそうね。最低限の戦闘員スペックと同等にするつもり。あんまり強化する必要もないでしょ?」
リリーが言うと自重しているかのような表現だが、カタログスペック的にはそうではない。
「それでも一般的成人男性の四倍ちかい筋力を発揮できる仕様じゃねーか。それにこの人工皮膚のスペックはなんだよ。リキッドアーマーの防御力を備えた新バイオ素材?細胞レベルで被検体と融和し、融和後は自己修復可能ってなんだよ」
”正義の味方”でも聞いたことがない技術まである。
「私の開発した人工皮膚よ。これをメリアには移植するわ。普段は普通の皮膚のように柔らかだけど、硬化させればモース硬度8以上の硬さになるのよ。普通の刃物じゃ切るどころか傷つけることすら困難ね。しかもただ硬いだけじゃないのよ。柔らかさも兼ね備えているの。衝撃や刺激を受けると瞬間的に硬化し、衝撃を分散させて、ダメージを軽減させるのよ」
「とんでもないな」
地球ならそうでもないかもしれないが、こちらの世界ではチートレベルの防御力になるだろう。
「出力は下級戦闘員レベルだけど、防御力は最上級レベルよ。これで彼女はどんな攻撃にも耐えれるようになるのよ。傑作じゃない?」
身を挺して妹を守ったメリアにふさわしい改造といえるかもしれない。
だが話はそれで終わらなかった。
「それとこの人工皮膚にはおまけがあるのよ」
「……なんだ、まだ何かあるのか?」
リリーの言葉に俺は何か不穏なものを感じ取った。
チートレベルの防御力で俺はもうおなかいっぱいなんだが。
「知ってる?人間の爪って、皮膚の一部が角質化したものなのよ?」
俺は察してしまった。
「あーつまり、メリアの爪は武器になるのか?某アメコミヒーローみたいに?」
「武器になるのよ、某アメコミヒーローみたいに。まあ、自在に伸ばすことはできないけどね」
天然鉱物の中で二番目に硬いルビー、サファイアレベルに硬い爪を鋭く尖らせて、それを強化された体で振るえば強力な武器になるだろう。
……どうやらメリアは防御のみならず、攻撃のほうも十分チートになるらしい。
「タリアのほうはそうねぇ……両手両脚にギミックを仕込むのは当然として……ロケットパンチ?」
「やめてさしあげろ」
タリアがリリーの実験台にされてびっくりどっきりメカになるのだけは、何としてでも阻止しなければならないと俺は心に誓った。
次回更新は2月中旬を予定しております。
* * *
登場人物
メリア 五級冒険者 タリアの双子の姉
依頼遂行中に重度の火傷を負って瀕死になった。
タリア 五級冒険者 メリアの双子の妹
依頼遂行中に両手両脚、右目を失った。
リリー 元”悪の組織の女幹部”
メリアとタリアを引き取って奴隷にし、治療することにした。
アッシュ 元”正義の味方”




