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 意味がわからない。

 グレーの体毛の犬人の少年、ルーカは、この混沌とした一日の幕開けに考えが纏まらずにいた。一言で言えば『意味がわからない』のだ。


 今目の前にいる生物は、ルーカの知らない種族である。

 ルーカの住む世界『アニマテラ』には、数種族が存在し、それらは種族を問わずコミュニティを持ち生活している。

 まずルーカ自身をはじめとした〈犬人族〉や、〈猫人族〉、〈人狼族〉、〈爬人族〉など、数種にわたる。他にもいくつかの種族が存在していたようではあるが、今現在見かける一般的な種族は前述の四種族が主立っている。

 〈爬人族〉を除いた三種族は、多少の差はあれども、ルーカのように全身が体毛に包まれている種族である(爬人族は、つるりとした皮膚を持っているのが普通だ)。

 そんな数種族で成り立っている世界『アニマテラ』には、今ルーカが目の当たりにしている種族など見たことがない。

 ルーカ自身、別段に博識というわけでもない為、もしかしたら未だ見た事もない・もしくは絶滅寸前な種族であるかもしれないが、それを含めても、ルーカの記憶に目の前の奇妙な種族は心当たりがない。

 ベージュともホワイトとも言えない体色に、のっぺりとした顔に鼻と思しき凹凸。

 爬人族かとも思ったが、目などのパーツ配置を考えると、そうではないのが伺える。

 顔の雰囲気は人狼族のそれに似てはいるが、そもそも体毛がない。

 犬人族や猫人族には、稀に体毛の無いタイプの人も存在はするが、その場合でも顔や身体の特徴が合致しなさすぎる。

 決定的なのは、尻尾が無いのだ。

 尾無しの個体もいることはいる(事故欠損がほとんど)のだが、この世界の種族には必ず尾が存在している。

 ここまで身体的な特徴が一致しないとなると、個体差では済まされないとルーカ自身は考えて結論付けていた(勿論それは間違ってはいないのだが)。


 そんな意味不明な生物と、なぜ僕は朝食を摂っているのか。ルーカの本心である。

 サラダを口に運びつつ、斜め前に座している生物にちらりと視線をよこす。あ、目が合った。

 そう思ったルーカはさっと視線を外し、黙々と朝食を摂り続ける。

 (物凄く凝視してたよね……気まずい。こんなことならちゃっちゃと叩き出して警備隊に突き出せばよかったかな……はあ)

 

 爽やかな朝の空気の中で曇天のような粘っこい気持ちで、朝食の時間は過ぎていく。


------

 

 出会い頭のこの世の終わりかとも思われる悲鳴のコーラスが数秒続いた後、二人の遭遇した部屋は一転、修羅場と化すのにそう時間はかからなかった。

 今まさに立ち上がろうとしている生物を侵入者と判断したルーカはまず、目の前のテーブルを侵入者へ向けて蹴り飛ばし、そのまま踵を返し、寝室に立てかけている鍛錬用木剣を手に取った。

 木剣を持ったルーカがそのまま侵入者に殴りかからなかったのは、身長や体格に差があり過ぎた為である。

 ルーカ自身の身長は140cm程なのに対し、侵入者と思しき生物の身長は170cm程あり、それは視覚的にも精神的にも強い恐怖心に支配されることは仕様が無いことである。バクンバクンと音を鳴らすルーカの心臓は、耳に聞こえているのではないかと思う程に激しい鼓動を打ち鳴らし、それはルーカの恐怖心に拍車をかけていた。足もまるで棒切れに成り果てたかのように力が籠らず、立っているだけでやっとである。

 

 一方で、侵入者と判断された生物は、ルーカの蹴飛ばしたテーブルの淵が見事鼻っ柱にクリーンヒットし、立ち上がろうとしていたであろう床に再び蹲り、声にならない嗚咽を漏らしつつ悶絶したのであった。


------


 意味がわからない。

 車に轢かれた筈の青年、平 隼人は、昨晩(と思われる事故)から、混乱と悲鳴と鼻の鈍い痛みに支配されていた。言うまでもなく『意味がわからない』のだ。


 事故に遭った後遺症か、朝からのバイオレンスな出来事による顔面への強烈な殴打のせいかは判断がつかないが、一部記憶が欠落していることにも気付いてしまった。

 名前や生まれた場所、現在の家の住所、家族構成などは思い出せるものの、昨晩の事故以前に自身が行っていた研究の内容や、それに至るであろう道筋ともいえる記憶の内容がすっぽり抜け落ちているようなのだ。

 記憶欠落自体、通常は恐怖を駆り立てる出来事ではありそうだが、今現在の状況が混沌の極みでもある為、隼人自身は記憶の欠落に関しては特に考えることをしなかった。そんな事は今の状況に置いて些細な事に感じざるを得ないのだろう。


 朝、床で目覚めて、いざ立ち上らんとした瞬間に、視線の先にいた犬のような生物の悲鳴が耳に届くと共に、反射的に叫んでしまった青年・隼人は、そのまま強烈な打撃――それはルーカ行ったテーブル攻撃であった――を顔面に食らってしまった。

 それが隼人と異形とも思える未知なる生物との遭遇。精神的にも身体的にも強烈な遭遇である。 

 

 そして今。

 今目の前でレタスとトマトを和えた様なサラダに、クリームスープと思しき食物を口に運んでいる犬のような姿をした人間を凝視しながら、隼人は事態を頭の中で整理しようと試みていた。

 

 先制攻撃を食らった後、隼人は犬の姿をした少年の言動が耳に入った。それは聞きなれた『日本語』であったのだ。

 「だ、だれだあ!? 僕ん家で何してるの!?」

 「わああああ! ストップ、ストップ!!」

 混乱する思考と状況にブレーキを掛けたいという無意識の行動は、隼人の口から意図せず言動となって飛び出した。

 言葉が通じるのであれば、説得するに越したことはない。自身ですら把握できていないこの状況に対して、何をどう説得するのかはわからないが、とりあえず犬の姿をした少年の手に握られた木剣で殴られるなど御免である。

 「め、目が覚めたらここにいたんだ! 君が連れてきたんじゃないのかい?」

 「はあ!? 何訳わかんないこと言ってるんだよっ! 侵入者め!」

 努めて冷静に話そうとする隼人とは裏腹に、犬の姿の少年は興奮を隠しきれていない様子である。隼人も内心はパニックではあるのだが、それなりの年齢ということもあるのだろう。今目の前の状況と光景に狼狽えながらも、両手を挙げ、顔の横で掌をヒラヒラさせつつ、対話を試みる。



 「侵入とかしてないよ! 目が覚めたらここに居ただけ……」

 「いやいや、ここボクの家だし!侵入じゃんか」

 そんな押し問答がしばらく続き、最終的に『とりあえず後から村の警備隊と古老長のもとへ連れていく』という結論に落ち着いたのである。


 (色々質問はしたいがこの状況で質問責めは気まずいしな……とりあえず後から古老長とやらに聞いてみるか)

 そんなことを考えながら、隼人は朝食を摂っている犬少年を見つめていた。あ、こっち見た、目逸らされた……。

 (これってあれか、異世界ってやつか?もしくは夢だろうけどさっきのテーブルアタックはクソ痛かったしな。しかし犬て。猫もいるんだろうなあ)


 不安ながらも、異世界かもという幻想的な展開にワクワクとした気持ちを感じつつも、隼人は対面している犬の少年が朝食を食べ終わるのを静かに待つのであった。

 

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