苦い誘惑、あっまい脅し
まるで状況が分からない。
なぜここに前生徒会長である彼女がいるのか。
隣に並ぶ満天も怪訝そうな顔をしている。
「あの~……仲持君から、先輩が呼んでるって言われて来たんですけど……」
「ごめんね~。それツっ君じゃなくて、私なんだ~」
「え?」
「もっと言うと、呼びたかったのは宇津木君というより、そっちの~」
水上は太一の隣で不機嫌そうに眉根を寄せている満天に向き直る。
「不破満天ちゃんなんだよ~」
「は?」
満天の首が傾く。太一も意味が分からず、思わず三崎を見上げた。
「はぁ……とりあえずちゃんと説明はする。おい奉華、場所変えるぞ」
「そうだね~。学食でいいかな~?」
「えっと、僕はどこでも構いませんけど」
「無駄に長くなんなら帰っていいすか?」
「ちょっと満天さん」
満天は腕を組んで「ふん」と顔をそむける。
水上奉華……この前の体育祭にて、女子バスケで満天たちと優勝を争ったチームのリーダーである。部活には所属していなかったはずだが、類稀なる運動神経の持ち主で、満天とほぼタイマンで点取り合戦を繰り広げていた。
先日の件もあり、満天はこの時点で水上に対してかなり強い警戒心を抱いていた。
「まぁまぁ。この前は私の友達がごめんね~? あの子たちにはもう二度とあんなことしないように注意しておいたから~。あと、お姉ちゃんが学食でなんか奢ってあげるから~。ね?」
「なにが、ね? だ……その件じゃねぇなら、なんでアタシを呼び出したんだよ? あと、こいつをダシに使いやがったのも気に食わねぇ」
満天は水上を睨みつけ、その視線は三崎へも向けられた。
「それはほんとにごめんね~。宇津木君も、ちゃんとお詫びにこっちの怖い先輩がなんでも奢ってくれるからさ~」
「おい、俺の財布を巻き込むんじゃねぇよ」
「ケチなこと言わないの~。後輩に気前よく奢るくらいの甲斐性は見せないと~」
随分と気安いやり取りを見せる水上と三崎。
しかし二人が並んでいる姿は身長差がありすぎて完全に親と子である。
尤も、水上の胸元はとても子供と呼べるような可愛いサイズではないが。
「あの、二人は知り合いか何かなんですか?」
「ふふ。知り合いなんてものじゃないよ~。私とツっ君はね~」
太一の問いかけに、奉華は三崎の腕に抱き着く。「おい奉華」と窘めるような三崎を無視して、奉華は目を丸くする太一にニコッと笑みを浮かべ、
「家がご近所の幼馴染で~、今は恋人同士なんだよ~♪」
などと、恥ずかしげもなくカミングアウトしてきた。
キャー(⁎˃ ꇴ ˂⁎)ッ
目の前にリアル美女と野獣……ニコニコ笑顔の水上。その隣で「はぁ……」と再三のため息を漏らす三崎。
放課後の学食は閑散としており、この場には太一を含めた4人だけ。
「不破ちゃんの機嫌がこれ以上悪くなる前に早速本題から入っちゃうね~」
ぽわわんと両手の指を組んでにば~っと人好きする笑みを浮かべる元生徒会長様。
しかしながらどうにも胡散臭くて叶わない。
「実はね~、不破ちゃんにお願いしたいことがあるんだ~」
「お願い?」
「そ。今月末に文化祭があるのは知ってるよね? その実行委員長に、不破ちゃんを任せたいな~、って思ってるの~」
「帰る」
要件を聞いた途端、満天は椅子を鳴らして席を立った。さりげなく太一の腕を掴んでいるあたり抜かりない。
「ああん、ちょっと待って待って~!」
「ダルイ、めんどい、やってらんねぇ。そういうのは真面目で内心気にしてる奴に話振れっての」
「あはっ。不破ちゃん、よく分かってるじゃな~い」
「は?」
「不破ちゃんに実行委員を任せたいのはね~、まさしくその内申点が関係してるのよ~」
「意味わかんねぇんすけど」
満天は眉根を寄せ、飄々と掴みどころのない水上を苛立ち交じりの視線でにらみつける。
が、さすがに後輩のこの態度に三崎が苦言を呈する。
「不破、いきなり呼びつけたのはこっちだがもう少し態度に気を遣うくらいできねぇのか?」
「人様のツレをダシに使ってくるような相手にグダグダ言われたくねぇんすけど」
「お前な……」
三崎の巌のような顔が一気に歪む。しかし満天は臆するどころか真正面から睨み返していくスタイル。相変わらずの彼女に太一が「満天さん」と手を伸ばす。
「もう少しだけ話を聞いてみませんか? もしかしたら重要な内容かもしれませんし」
わざわざ太一を利用してまで満天を呼び出したのだ。それだけ、相手にはこちらに伝えたい、ないしやって欲しいことがあるのと予想する。
それが、なぜ文化祭実行委員長なのかは分からないが。
「まあまあ、ミっ君の気持ちも分かるけど今は抑えて抑えて」
睨み合う両者をそれぞれの相方がなだめる。
満天は「チッ」と舌打ちしつつも席に戻り、三崎も腕を組んでこれ見よがしに「はぁ~」とため息を吐き出した。さっきから肺の中身を空っぽにする勢いで息を吐いてるなこの先輩。よほど体の中に悪いモノが溜まっていると見える。
「あはっ♪ それにしても宇津木君すごいね~。不破ちゃんって先生の言うことも……ていうか誰の言うこともほとんど聞かないって有名なのに~。さっすがカレシ君だ~」
「いえ、その……別にカレシってわけじゃ」
「ふんっ」
「いった!?」
否定しようとした太一の足をテーブルの下で思いっきり踏んづける満天。
しかし直後に彼女は椅子を太一に寄せて肩がくっつくほどに密着してきた。その頬は赤く、手で顎を支えながら太一の肩に頭を預けてくる。
「速攻で否定しんじゃね~よバ~カ」
「ええ……」
デレの間にワンテンポ物理を挟まないと死ぬ病にでも罹ってんのかこの女は。
あまりにも酷使され過ぎてるカレらはそろそろストライキをしても許されるはず。目下、太一の安寧のためにも是非とも敢行してほしいところである。
「おい、目の前でいちゃつくじゃねぇよ」
「あは~♪ これは私たちも負けてられないねツっ君……お膝に乗ってもいいかしら?」
「お前はいいからさっさと話しを進めろっての」
「つれないな~」
にゃは~、っと三崎をひとしきりからかった水上は、改めて満天に向き直る。
「私ね、実はちょくちょくあなたの話は耳にしてたんだけど~、この前の体育祭で一緒に試合をして確信したんだよね~……ああ、この子ならきっと文化祭をもっと面白くしてくれるんじゃないかな~、って!」
「いや意味わかんねぇんすけど」
「満天ちゃんって誰相手にも物おじしないし、この前の試合だってかなり型破りだったじゃない? 実行委員長ってクラスの出し物とか委員会を回す上でどうしても精神的に参っちゃう子もいてね~」
「だから?」
「そこにきて、満天ちゃんならその心配もなさそうだし! なんやかんや面倒見もいい、って話も聞くからさ、是非とも委員長として文化祭を盛り上げてほしいな~、って思うのよ~」
「はぁ? いや無理っしょどう考えても。アタシが委員長やって誰が喜ぶんすか? 最悪今年の文化祭なくなるすよ、割とマジで」
「あはっ。そうはならないと思うな、お姉さんは」
不意に、水上の視線が太一に向けられ、背筋にゾクリとするものが駆け抜けた。
しかしそれも一瞬。水上はすぐに視線を満天へと戻し、その表情を改めた。
「あと、ちょっとだけ真面目な話するとね。これ、あなたの担任の倉島先生からの依頼でもあるんだよね」
「は? なんで急にくらやんが出てくんだよ」
倉島とは太一の所属する2年1組の担任であり、2学年の学年主任でもある。
無精ひげにヨレヨレのシャツをきたくびれた風貌のおっさんだ。愛煙家で彼の歩いたあとにはタバコのニオイを漂わせる。そして先ほど満天が呼んだように、一部の生徒からは「くらやん」という愛称で呼称されている。
マイペースなところのある先生なのだが、満天を実力で押さえることができるなど、意外と侮れない一面も併せ持っている。
「満天ちゃん、あなたね……実はこのままだと進級がちょっと危ないのよ~」
「……」
「最近はそうでもないみたいだけど、2年生に進級してから一回停学……そのうえで授業もサボるし、この前なんて屋上から愛を叫ぶ、なんて問題行動も起こしてるから、先生たちもさすがに目に余り始めちゃってる感じみたいのよね~」
「だから?」
「倉島先生としては、できればあなたに実績を作らせたいみたいね~。内申書に書けるような、なにか明確な功績、みたいな」
つまり……
「あの、もしかして文化祭実行委員長をやり遂げれば、満天さんは安心して進級することができる、ってことなんでしょうか?」
「イエ~ス。少なくとも倉島先生は、それを材料に不破ちゃんを進級させようと思ってるみたいね~」
満天は校内でも有名な問題児である。確かに色々とイエローカードなのは実感していたが、まさかのレッドカード一歩手前……いうなればオレンジカード状態になっていたらしい。
が、それを倉島が彼女に実績作りをさせることでどうにか問題を回避させようとした。
「あの、でもなんで先輩たちがわざわざ……倉島先生から、直接満天さんに伝えるのでもよかったと思うんですけど」
「それだと体面が悪いんじゃないかな~? 今って何かと騒がれることが多いじゃない? 先生が特定の生徒をえこひいき~、みたいな」
「ああ、なるほど……」
なんとなく、水上が何を言いたいのか察した気が太一だった。
生徒の問題に真摯に対応してても、それを誰かが「えこひいき」と叫んだ瞬間、実態とは違った捉え方をして、曲解するような輩がでてこないと限らない。
「そんなわけで~? 不破ちゃ~ん、おねが~い」
あざと可愛いポーズで水上が再度満天に実行委員への参加を促してくる。
満天は奥歯をギリと噛み、眉間に深い皺を作っていた。
「どいつもこいつも……」
「まあ色々と言ったけど~、私的には倉島先生からの依頼は建前で~。最初に言った方の理由が本音だけどね~……ああ、それと。もし実行委員長を引き受けてくれたら~」
と、水上は太一の方に視線を投げて、
「隣のカレシ君を副委員長にしてあげる~」
「え、ちょっ!?」
「そしたら~、二人きりの時間とかい~っぱい作れるよ~」
「…………」
「あ、あの満天さん?」
「チッ、仕方ねぇな……やってやるよ」
「ええっ!?」
「あは~♪ そうこなくっちゃ~」
「ふん……」
唖然とする太一をよそに、満天は太一の腕に自分の腕を絡め、まんざらでもない表情を浮かべていた。
( ・ω・)もきゅ?




