当事者以外には伝わらない
彼の名前は羽場崎連理――この物語の主人公……ではない。
本当に違う。
全然違う。
ノット・オブ・メイン!
絶対的脇役!
ああ、そうですね。こういう紹介文から始まるモブ系主人公って最近は多いよね。
だが違う。容姿の説明も端折るし彼の生い立ちについて語ることは一切ない。
どうぞ適当に勝手に皆様の脳内で好きな登場人物の容姿を彼に果て嵌めてくれたまえ。
その出自にどんな秘密が隠されているかも知らないし、そちらもぜひ皆様のご想像に任せよう。
今後どうなるかは知らないが少なくとも今は彼について語るターンではない。
ではなぜ彼に焦点を当てるのか。
それは彼が、とある人物のクラスメイトだからに他ならず、彼の目線から見たひとりの男子高校生について語るためである。
「おい太一、今日ちょい多めに買い物してぇから放課後のドラッグストア付き合えよ」
「ええ……」
「んだよ、なんか文句でもあんのか?」
「……満天さん、最近そう言って別に大した量買わないじゃないですか」
「いいだろちょっとぐらい付き合ってくれてもよ。あんたん家に行っても全然ふたりきりになれねぇし……それくらい察しろっての」
「無茶言わないでくださいよ……」
11月という肌寒い季節。羽場崎の前でいちゃつく爆死認定の男女二人組が歩いている。
やたら強面の彼……宇津木太一は、校内でも屈指の強ギャルとして名高い、不破満天に絡まれていた。
羽場崎の通う学校で、不破を知らない者はほぼいない。
まず、とにかく目立つ。遠くからもわかるほどにガッツリ染められた金の髪。耳で光るピアスの数は一つや二つではない。聞くところによると、彼女は舌にまでピアスを開けているらしい。その見た目はもちろんのこと、その言動はかなり強烈で、教師の覚えはすこぶる悪く、殴り合いのケンカまでしたことがあるとかないとか。校内における問題児の筆頭と言っても過言ではない。
羽場崎は、そんな彼女の隣を歩く目つき壊滅な少年に目を向ける。
鋭利な刃物を彷彿とさせる目つき、短く刈り揃えられた髪型と相まって不破とともに悪目立ちしている。道行く生徒も彼を前に道を譲り遠ざかりモーセの海割り現象を人で再現するというなかなかな芸当を披露して見せている。
彼ならきっと渋谷のスクランブル交差点のど真ん中に綺麗な穴をあけることすらできるだろう。
しかし羽場崎は知っている。彼が元々は、自分にも負けず劣らず、クラスで空気を演じていたボッチ陰キャであることを。
長い前髪のために目元はよく見えず、髪型も適当で卑屈そうに下を向いている姿が彼のデフォルメ。体系もぽっちゃりとしており、絵に描いたような脇役が彼だった。
いつも教室でひとり、机でスマホをいじったりして誰ともかかわることなく過ごし、たまに文庫本を開いているところも見かけていた。とにかく周りとかかわらない。一人でいることを是とする空気を放ち、それこそが至上と言って憚らない雰囲気すら伝わってくるようだった。
それが、ある日を境に彼は変わってしまう。
それはもう、これでもかというくらいに変わり果てていた。
まず見た目が変わった。陰キャ然としていた体系も髪型も、その目つきも、最近の言動も、何もかも。
正直、あの不破満天に自分の意見を口に出し、あまつさえそれを渋々ながらも了承させるなんて芸当ができる人間が果たして何人いるだろう。
そこにくるとあの宇津木太一は、そんな選ばれた数少ない人間のうちの一人と言える。
羽場崎はそれとなく、彼に自分と同じ、陰の者が持つ独特のニオイをかぎつけ、勝手にひっそり仲間意識を持っていたのだが……それは見事に打ち砕かれた。
彼……宇津木太一は不破という少女と、なんの因果か関りをガッツリと深めていったのだ。
まあ、どちらかと言えば不破から彼に関わりに行った、というのが正しいのだが……最初は羽場崎も手を合わせたさ。彼のような性格の人間が、あの苛烈極まりない不破と行動を共にするだけで究極の罰ゲームというものだろう。
もし自分が不破と関わるような事態になったら確実に転校する。それくらい、あの不破という少女は色々な意味でぶっ飛んでいるのである。
なにせ……彼女は先月に実施された学校行事のイベント……体育祭の終わり、生徒たちが帰宅の途につく最中、立ち入り禁止に指定されている学校の屋上から、ほかの生徒の目があるにも拘わらず、
『アタシは~!! 宇津木太一!!!
お前が――――
マジで好きだ~~~~~~~~~~~~~!!!!!』
などと、誰の目にも明らかな、疑いようのない全力投球で、太一に愛の告白をぶちかましたのである。
いったい何がどうしてこうなったのか。
羽場崎には知りようもない。
しかし、これだけは言える。
もう、自分の知っている、あの頃の宇津木太一は存在しないのだと。
……サラバ、友になれたかもしれない君よ。
リア充は敵だ。そっち方面にかじ取りして全力疾走を決めた宇津木太一に、羽場崎はひそかに、中指をオッ立てた。
早速前言を撤回して申し訳ないが彼について一つだけ補足しておこう。
羽場崎は割とクズである。
凸(▼皿▼)
朝のどこかピンと張りつめた空気の中、宇津木太一は自宅であるマンションの一室で繰り広げられる光景を前に、瞑目する。
自分のことを特別だと思ったことはないがさすがにこの状況を前にして普通と言い張る勇気はない。
まず第一に、朝っぱら……朝の7時……から近隣でもない、あるいは別の階から総勢4人もの女子生徒が家に押しかけている時点でノット・ノーマルな状況であることは十分に伝わってたことだろう。
「太一、醤油」
「はい」
「サンキュー」
朝食の席。
金髪ギャルの不破満天は太一の隣で……他人の家にもかかわらず……まるで自宅にでもいるかのような気安さでおかずに箸を伸ばしていた。あとついでに他人の皿からおかずをかっさらう。行儀悪いからやめなさい……と言って彼女が言うことを聞いてくれたことはないのだが。
「ウッディ、塩コショウやっぱもうちょいほしいかも」
「それ以上はしょっぱくないですか?」
「これぐらいヘーキでしょ」
などと、お誕生日席で黒髪の先を赤く染めた日焼け少女……霧崎麻衣佳が、目玉焼きの色が変わるほど塩コショウを振りかける。将来高血圧待ったなし。ほかの面子も呆れ顔だ。この面子の中では最も家が離れているというのに、わざわざ早朝から我が家に通っている変わり者。
「太一くん、ソースってもうないの?」
「あれ、切れてましたか?」
「ぶちゅぶちゅいうだけで全然出てこないわね~」
太一の斜め向かい。空気の抜ける間抜けな音をさせながら、鳴無亜衣梨は長い黒髪を揺らしてソースの容器をベコベコと凹ませている。それだけなのになぜこの少女は妙に色気を誘うのか。同年代の中でも異様なサイズを誇る胸がテーブルに乗っかっている光景は圧巻だ。
「たいちゃんそれで足りる? 今日あさイチで体育あるしあーしのおかずあげよっか?」
「ヤヨちゃんも同じクラスなんだから食べないとお昼までもたないよ」
「あーし最近ダイエット始めたから別にいいんだけど」
「食事を抜くのはダイエットにならないから」
向かいの席から、色素の薄い髪を一括りにまとめた大井暁良が声を掛けてくる。ダイエットが必要なほぼお肉がついているようには見えない。とはいえ女子の場合は男子よりも贅肉に敏感だ。ぱっと見では分からないところに駄肉でもくっついたか。しかしそれなら目玉焼きにマヨネーズは禁忌の組み合わせだと思う。
以上。総勢4名の女子……もといギャルが4人掛けのテーブルを占領している。
おかげで誕生日席まで設けて無理やりこの人数で同じ卓を囲んでいる状態だ。
「それじゃ太一、悪いけど私今日はちょっと早いから、後片付けお願いね」
「わかった。いってらっしゃい、姉さん」
「「「「いってらっしゃーい」」」」
5人が食事をする中、太一の姉である宇津木涼子はレディースーツに身を包んで慌ただしくマンションを後にする。我が家の家計を支える柱であり太一の保護者兼任。いつも忙しい中毎朝こうして朝食を作ってくれるのだから頭が上がらない。
とはいえ最近はここに集う女子のうち3人が自主的に朝食の準備を手伝い、各々におかずを提供してくれている。それゆえに涼子の負担はそこまで大きくない。
彼女が玄関を出ていくのを4対の瞳が追いかける。それからしばらくシーンと静寂を迎え……
「行ったか?」
「行ったね」
「行ったわね」
「さ~て、それじゃ、」
すると、いきなり4人が示し合わせたように太一に向き直り、
「太一! ほら食え! アタシの作ったナスの煮浸し!」
「昨日ウチが作った里芋の煮っころがし! 今回は絶対にうまくいったから!」
「たいちゃんはあーしの卵焼きを食べればいいのよ!」
「おもしそうだから白米あげる~♪」
「むおぶっ!?」
四方から太一に端が伸びておかずの数々が口に突っ込まれる。飲み込むどころか咀嚼する暇もない。突っ込まれずぎて頬袋パンパンにしたハムスターかリスみてぇになっている。
尤もこの男の顔つきでそんな可愛らしい動物たちのようになるわけもなし。
どちらかといえば組の事務所で拷問されてるヤ〇ザである。
……し、死ぬ!
これはまずい。このままでは天国への階段が太一の元へマッハで降臨してしまう。
顔が青ざめている。酸欠一歩手前。女子連中が……一部面白半分……に太一に自分の作ったおかずを食わせようと迫ってくる。
「おい邪魔すんな、お前ら! ちゃんと食わせなんねぇだろうが!」
「いやいやそれキララだから。もうウッディの口ん中ちゃんぽんになってんじゃん」
「ねぇ、ちょっとは幼馴染のあーしに遠慮しようとか思ないわけ?」
「「思わねぇよ!(ない)」」
「あはっ♪ 太一くん顔膨れてハリセンボンみた~い♪」
「てかなんでお前まで参加してんだよ!?」
「ハブはよくないと思いま~す」
「おごっ……!」
なんてうらましくない光景なんだ。
世の男子憧れのシチュエーションがここまで壊滅的になろうとは。
真に恐ろしきはこれで彼女たちが……一部除く……太一に好意を向けていることである。
不破満天。クラスカーストトップを爆走する強ギャル。
霧崎麻衣佳。小柄で面倒見のいい日焼けギャル。
大井暁良。田舎から転校してきた昔馴染みのギャル。
鳴無亜衣梨。この状況を面白おかしく引っ掻き回すミステリアスギャル。
最後に、顔面真っ青強面男子……宇津木太一。この物語の主人公にして被害者。
彼は今日も元気に死にかけながら、ゼロ距離で関係を縮めようと画策してくるギャルたちに翻弄される。
ハッキリと言おう。
――毎日家に来るギャルが距離感ゼロでも甘くない。
さぁタイトル回収も終わったところで彼の悲惨なラブコメもどきを全力で見守る準備も整った。
開始早々に酸欠で死にそうになっている哀れな彼の、明日はどっちだ!?
「あ、やべ」
「……」
「あちゃ~。詰め込みすぎたかも」
「言ってる場合じゃないっしょ!? うわ~ん、ゴメンたいちゃ~ん!」
「あらら~、うふふ……」
どうやら明日は待たずに彼の未来は決着したようだ。
主人公、ストーリー序盤で窒息……合唱。
(。-人-。) (。-人-。)(。-人-。)チ~ン




