Ep.9 初めての死闘
「ランク〈D〉の君が?ランク〈S〉の俺に?随分と舐めた態度をとってくれるじゃないか……」
城戸の〈感情〉に怒りが混じる。あの程度のやっすい挑発に乗ってしまうなんて、もしかしたら大した実力者ではないのか。なんてことを思う暇はなかった。
刹那の間に幾度となくの手刀が振り下ろされ、透明な斬撃がその延長線上に走った。
それを僕は全て寸前で回避する。
「あれ、当てるつもりだったんだけどな。俺の腕が落ちた……?」
全くもってそんなことはない。いや、もしかしたらそれも原因の一つかもしれないが、主な原因は別にある。僕の〈感情眼〉は確かに最弱の能力だ。だが、この能力でしかできない芸当というものも当然ある。その一つがこれ。
僕は城戸の〈感情〉の微細な変化を読み取り、攻撃の弾道を予測して回避したのだ。
もちろん誰にでもできる芸当じゃない。僕が約1年の歳月をかけて習得したこの技術だが、未だ予測ができるのはその〈感情〉が読みやすい人に限る。恐らくだが草薙なんかの攻撃を読もうとしたってできないだろう。これは決して能力の限界なんかじゃなく、草薙に感情の起伏がほとんどないことが原因だ。
「そんなんで稀穂と同じランク〈S〉……?聞いて呆れますね」
僕は姿勢を低くして接近する。瞬間的に距離を詰め、先ほどの回転の能力者と同じように片手を切り取ろうとした。
「速い。けど、それだけだね」
だがそれは叶わず、城戸の手刀によって僕のナイフは防がれていた。それどころか、彼の能力によってナイフが徐々に削られていく。
慌ててナイフを引っ込めて、後ろに下がる。
「期待はずれかな……」
幸いにもナイフの刃は〈自己修復〉によって元通りだ。だが、あの手刀を掻い潜れない限り僕に勝機はないだろう。
「……ん。変だな……」
今もなお繰り出される幾度とない斬撃。その全てが僕に対する殺意を感じない。具体的にいうと、四肢などの致命傷にならない部位を狙って放っているように感じるのだ。
こうなると考えられる可能性は1つ。城戸はまず僕の動けなくしてから、じっくりいたぶるつもりだろう。拷問好きの異常性癖者め。
「やっぱり当たらないなぁ?お前、なんか小細工でもした?」
「ひえぇ、怖い怖い。〈感情眼〉の無能に何ができるんだって話ですよ」
「嫌味か」
どうやら僕の台詞が琴線に触れたみたいだ。攻撃が激化した。
防戦一方でいるわけにもいかないと、僕も攻撃に出る。数ある手段の中から僕が採択したのは、さっきと全く同じの、無闇な疾駆だった。
「だーかーらー、何度やっても無駄だって」
僕の思い通り、城戸はナイフを手刀で防いできた。彼の意識が僕の右手にあるナイフに振り切れた時、左手での攻撃を仕掛ける。ナイフは2本あるんだ、どっちも使わなければ勿体無いだろう。
「意味ないって」
城戸はイラつきを隠さず、両手でナイフを防ぐ。僕と城戸が組み合うような状況、これこそが僕が持って行きたかった戦況だ。
両手のナイフを大きな縁を描くように回転させ、城戸の体制を崩す。彼の手刀はナイフに食い込み、そう簡単に手から離すことができなかった。
その円を描いた回転力を利用しながら、僕は城戸の鳩尾に向けてドロップキックを放つ。見事に直撃し、城戸とが吹き飛んだ。
「がっ……チィ……ランク〈D〉風情が、俺を見下しやがって……」
「化けの皮が剥がれてきたみたいだね?」
「殺す。殺してやる……」
城戸の〈感情〉が殺意に染まる。その色はなんとも奇怪で禍々しく、まるで悪夢を想起させる。
「やっと……いい〈感情〉になったんじゃないか」
城戸がゆっくりと起き上がり、片手を振る。すると青白い光の線が空中に現れた。その先端を城戸は掴み、まるで剣を扱うように構えた。
「やっと手札を切ったか。必殺技〈オーラブレード〉……果たしてどんな力なのかお手並み拝見って感じだ」
ある一部の能力者たちは、その能力を用いて行う一通りの流れを必殺技としてネーミングすることがある。稀穂も必殺技を持っているみたいだが、僕がそれを見たのは一度だけだ。
城戸が〈オーラブレード〉を一振りする。刹那、僕の左腕が断たれた。
「い゛っ!?」
確かにナイフで防いでいたはずだ。さっきまでならナイフに傷がつくことはあれど、ナイフを貫通し腕まで持っていかれるなんてことはなかった。
即座に止血する。衣服の布を切り取り、切断面を縛る。
必殺技は能力の出力も上昇させるとは、新たな発見だ。次から気をつけよう。最も、次があればの話だが。
ランク〈S〉、それも本気。僕が片腕で叶うような相手じゃないだろうと嘆きたくなる。
「せいぜい、やれるところまで頑張るか」
「ほざけ。とっとと俺が殺してやるよ」
城戸が〈オーラブレード〉を使おうが、未だ飛ぶ斬撃は健在。それどころか掠りでもしたら死ぬだろう。だが、不幸中の幸いと言うべきか。殺意によって攻撃が単調になってきた。
ナイフを逆手から順手に持ち変えて刺突する。その刃が城戸に触れる直前に〈オーラブレード〉によって防ごうとしてきたので、ナイフを引き、代わりに後ろ回し蹴りをお見舞いする。
城戸がよろけた。その隙を逃さずナイフで追撃する。先端が城戸の肩に突き刺さり、悲鳴をあげた。
隻腕でここまで優勢に闘えていることが妙に違和感があるが、それでも僕が優っていることには変わりない。僕はこの際に煽りまくって、攻撃をさらに単調なものにしようとした。
「ランク〈S〉も所詮はこの程度か。これで稀穂と同じなんだから聞いて呆れるよ」
「黙れ……何で、当たらないんだよ……クソッ!!殺す。ぜってぇ殺してやる……」
「だから無理だって。稀穂より動きも悪いし、能力だって活かせていない。こんなんじゃランク〈D〉にだって勝てない」
「うるせぇ、黙れ。黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!」
切り札を切り、憤慨した城戸を見て、僕は完全に勝った気になっていた。その心の余裕が、僕に隙を生んでしまったのかも知れない。
諸用で次話の更新が少し先になるかもしれないです。