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Act31-2.「帰還」

「あ、ピーターさん」

「え」

 夢子がエースの視線を辿ると、いつからそこにいたのか、カフェの入口付近に立っているピーターと目が合った。その顔は無表情とは違う、何とも分かりにくい微妙な顔だった。


(あれ、どういう顔なんだろう?)


「ピーターさん、お帰りなさい。じゃあ僕は城に戻りますね」

「エースくん、色々教えてくれてありがとう。またお話しようね」

「はい、是非」


 エースは空になった自分のカップを持ち、備え付けの布巾でテーブルを拭くと、夢子とピーターにそれぞれ一礼して去って行った。


 ピーターは何も言わず、エースと入れ替わるように席に付く。夢子は彼の服装が変わっていることに気付いた。といっても深緑色のシャツの色味が少しだけ青味がかり、うっすら柄が入っているというくらいで、殆ど変わらないが……。


 夢子は一人だけ着替えて来た彼を羨ましく思った。早くお風呂に入りたいし着替えたい。時計塔で濡れた部分は大方乾いているとはいえ、所々じめっとしていて気持ち悪かった。


「……何、話してたの」

「エースくんと? わたし達がいなくなった後の話とか、色々聞いてたんだよ」

 夢子の回答の何が気に食わないのか、ピーターは不機嫌そうに「ああそう」と返す。気まずくなった夢子は、エースと話し込んでいる内に残り半分になっていた紅茶を一気に飲み干し、話題を変えた。というより本題に入る。


「突然眠っちゃってごめんね」

「ほんと、君はよく倒れるよね」

「まあ不可抗力というか……色々事情があって、」と話し始めようとした夢子だったが、自分の腹の虫に遮られ、恥ずかしさに悶える。最悪なタイミングだ。空腹状態に飲み物だけ入れたのが、下手に刺激してしまったのかもしれない。


 ピーターはテーブルの横に立てかけてあったメニュー表を手に取り、夢子の前に広げた。


「何か頼む?」

「うん……おすすめはある?」

 このカフェにはよく来るのか、ピーターはいくつかのメニューを挙げる。彼の勧めるものは、不思議なくらい夢子の好みと一致していた。


 注文したのは珈琲二つ、クロワッサンサンド二つ、ベイクドポテト、フレンチトースト、ショートケーキ、チョコレートケーキ、チーズケーキ、モンブラン……おすすめと欲望に任せていたら、ケーキバイキングみたいな卓上になってしまった。食べきれるのだろうか、と夢子は不安になる。ピーターは、甘いものが並ぶと機嫌が直ったみたいだ。


(やっぱりこの人、相当な甘党なんだろうな)


「いただきます」と手を合わせて、夢子はクロワッサンサンドに齧りつく。何層にも重なった香ばしい生地。シャキシャキと瑞々しい野菜、濃厚なクリームチーズ、相性抜群のスモークサーモン。食べている最中からより腹が空く味だ。


「おいし……生き返る!」

「見れば分かる、って感じの食べ方だよね」

 ピーターにまじまじと見られ、夢子は顔が熱くなるのを感じた。視線を泳がせ、二口、三口と頬張る。


 空腹が落ち着いてから、夢子は先程の続きを話した。

 アリスの残留思念がポケットの中に入っていたこと。見つけたのは今回で三つ目で、手にする度、不思議な夢を見ているということ。


 ピーターは夢子の話を聞きながら、黙々とクロワッサンサンド、ベイクドポテト……と食べ進めていく。皿の上を汚さない綺麗な食べ方は、見ていて気持ちが良かった。


「夢……そういえば君、寝言言ってたよ」

「えっ、うそ?」

「ほんと。よく聞こえなかったけど、誰かの名前を呼んでたみたいだった。多分、僕が知らない名前だよ」

「名前?」

 夢子はなんとか寝言を思い出せないものかと思ったが、いくら考えても分かりそうもなかった。


 今度は生クリームたっぷりのショートケーキを堪能しながら、ピーターの話を聞く。ワームホールを抜けた場所は王都付近の街外れで、彼の指定位置通りだったという。しかし戻ってきた時間については――想定通りではなかった。時間軸のズレか、ワームホール内の時間の進みが異様に遅かったのか、戻って来た時には丸一日が経過していたのだ。


 帰還したピーターが城で得た情報は、夢子がエースから聞いたものと殆ど同じだった。ピーターが夢子に話した限りでは、だが。


「常盤には連絡しておいたから。この後、送って行ってあげるよ」

「ん、」

 夢子は口の中でとろけるクリームをゆっくり味わっていたくて、こくこくと頷いてだけ見せる。それを何とも言えない顔で眺めながら、ピーターは「モンブランも美味しいよ」と言った。夢子は流石に食べ過ぎな気がして、遠慮のジェスチャーをする。半分こしようなどと言える関係性ではないのだ。


 全て食べきれるのかという夢子の危惧をよそに、テーブルの上は綺麗に片付いた。ピーターは甘党なだけでなく、中々の健啖家のようである。



「ご馳走様でした! 美味しかったあ」

「ん」

 ――食後。二人は馬車の停められている裏門に向かい、散歩のペースで歩いていた。ふと、夢子は自分の胸元で揺れるそれを思い出し、首から外す。


「この時計、返すね」

「別に、持っていたかったら持っていてもいいけど」

「いや、無理。時間くんと一緒にいるのは、もう無理」


 夢子はきっぱりそう言い放ち、ピーターの手にそれを押し付ける。恐れ知らずな夢子を、ピーターは小気味よく感じた。だが残念なことに、時間くんはこの会話を聞いていないらしい。聞いていたら、流石に彼女に何か言っていただろう。


 ピーターは時計のビーズを指に引っ掛けてくるっと回す。二、三回転した後、ネックレス型の時計はどこかに消えた。


 夢子はそれが夜空に溶けたとでもいうように、天を仰ぐ。満天の星が今にも振りだしそうだった。それはこの世界に来てから見た夜空の中で、一番美しい。今夜は空気が澄んでいるからだろうか? カラっとした空気は冷たく、少し肌寒かった。……結構、寒かった。


(水に濡れたから、風邪でもひいたかな?)


 前の方に馬車が見え、夢子は早足になる。車内なら少しは暖かいだろうと思ったのだ。



 ふわふわ揺れる後ろ姿を眺めるピーターは、不思議な感覚の中にいた。

 とても疲れているのに、何故か気持ちが軽い。

 多分それは、糖分摂取のおかげだろう。目の前の少女がどうとかではない。


「……はあ」

 足を止め、彼女が見ていた空を仰ぐと、空に浮かぶ月はまだ満ちる気配がなかった。きっと彼女の物語が進むのを待っているのだろう。彼女は……夢子は、どのような結末に至るのか。

 

「ピーター、何してるの?」

「別に」


 いつの間にか、随分自然に名前を呼ばれているな、と思った。




 ―― 第二章『公爵夫人の仕掛け時計』完 ――

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