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Act24.「飾りの王冠」

 シャルロットを追ったラファルと黄櫨は、物置部屋の押し入れの前で顔を見合わせていた。襖を一枚隔てた中からは、ぐすぐすと鼻を啜る音が聞こえている。


 さて、籠城する女王をどう誘い出すか。

 ラファルはわざと押し入れに背を向け、関係の無い話を始めた。


「黄櫨さん黄櫨さん、聞いてくださいっ。僕、最近すっごい魔術を覚えたんですよう」

「……へえ。気になる。見せて」

 そう答える黄櫨の声には、全く感情が籠っていない。この鋭い少年は、ラファルの意図に配慮することは出来るが、それらしいリアクションが出来ないのだ。ラファルは黄櫨らしいな、と少し笑う。


「いいですよう。ただ、覚悟はしておいてくださいねえ? 僕の魔術を見たら、いくら黄櫨さんでも腰を抜かしますから! なんたってそれは、花火のような、嵐のような……」

「それ、屋内でやって大丈夫?」

「火山の噴火のような、大地を貫く(いかづち)のような……つまり、スーパースペシャルウルトラすごい……」


 スッと、襖が開く音。

 拳大の隙間から、泣き腫らした目がじっとラファル達の様子を窺っている。黄櫨は作戦が成功したことを、ラファルに視線で伝えた。


 ラファルはくるりと振り返ると、押し入れの前にしゃがみ込む。驚いて隠れようとする少女の前で、彼は指をパチンと一回鳴らした。瞬間、小さく紙吹雪が舞い、彼の手の中にある物が出現する。


 棒に突き刺さった虹色の球体。表面を纏う細かな粒が、キラキラ輝いている。――それは、棒付きのキャンディだ。


「スーパースペシャルウルトラ美味しい飴ちゃんです! どうぞお」

「……何よ、ちゃちな手品! そんなの、シャルでも出来るわ!」

 口では文句を言っているが、体は半分押し入れから飛び出し、ちゃっかり飴を掴んでいるシャルロット。毒を盛られる可能性など一切考えていない様子で、ぱくっと口に入れる。


 そして、すぐに出した。


「……んっ!? ひゃに、これ‼」

 シャルロットは目を白黒させ、舌を外に逃がす。彼女の口内では、パチパチと爆ぜる音が響いていた。


「どうです、刺激的でしょう? 身体に害はありませんからご安心を。表面はパチパチ、舐め進めると味が変わって、中はシュワシュワしますよう」

「……ほんと?」

 シャルロットの驚きや警戒は、すぐに好奇心に塗り替えられる。夢中で舐め始める少女をラファルは微笑ましく眺め、黄櫨にも同じものをあげようとして遠慮された。


「お気に召しましたかあ?」

「中々ね! あなた、前の遊びも悪くなかったわ! シャルのお世話係にしてあげてもいいわよ」

「あっはっは、それは光栄ですねえ。でも、あなたにはもう素晴らしいお世話係がいるじゃないですかあ」


 ぴたり。シャルロットの動きが止まった。彼女の脳内に先程の出来事が蘇り、怒りが噴火する。


「白バラなんてぜんっぜんダメ! 役立たずのグズなんだから! さっきだって、シャルを庇わないなんてあり得ない! それに……どうして迎えに来ないのよ!? 信じられない!」

「まあまあ」

「それに、ナイト様だって! シャルにあんなことして、絶対に許さないんだから!」


 シャルロットがそう言った時、これまで傍観に徹していた黄櫨の目が当事者のソレに変わる。女王の怒りの矛先が夢子に向くことを、彼は見過ごす気は無いのだ。


 口を挟みかけた少年を、ラファルが手で制した。ここは自分に任せて欲しいと。


「確かにさっきのは、中々に酷かったですねえ」

「そうでしょう!?」

「ケーキはお皿の上で、フォークで食べるものですからねえ。あんな野蛮な食べ方、女王サマともあろう方には思いつきもしないですよねえ?」


 柔和な狸の面の下から漏れ出る確かな圧に、シャルロットは何も言えなくなった。最初にケーキを白バラの顔にぶつけようとしたのは、自分だからだ。うるさいと一蹴することも出来るが、何となく目の前の男にそれをする気にはなれない。


 ラファルはシャルロットの隣に腰掛け、穏やかに語りかける。


「女王サマのお気持ちも、分かりますよう。苛々して、ついやっちゃったんですよねえ? あれだけ皆さんに無視されていたら、怒りたくもなりますよねえ」

「……そ、そうなの、そうなのよ! ハートの女王の発言を無視するなんて、あり得ないんだから!」

「トランプ王国では、どうだったんですかあ?」

「もちろん皆、シャルの言いなりだったわ!」

「本当に?」


 静かに問われ、シャルロットは返答に詰まる。本当かと言えば、そうではないのだ。確かに、自分が跪けといえば皆が跪き、打ち首と命じればその日の内にいなくなる。……そう、姿を消すだけで、実際にはそれが実行されていないことを彼女は知っていた。


 皆、表面上は言うことを聞いているふりをしている。しかし裏で牛耳っているのは名実ともに国王であるグレンだ。シャルロットは誰かを刑に処すことも、法を変えることも許されない。女王というのは単なるアリスネームであり、実体は王に飼い殺されている身である。


 永白に来てからは、己の無力さをより思い知らされていた。アリスネーム持ちのキャラクター達はシャルロットなど気にも留めない様子で勝手に話を進めていく。シャルロットはすっかり蚊帳の外だ。


「皆して、シャルを子供扱いして……」

「うう~ん、それは違いますねえ。誰も年齢なんて気にしてませんよう」

「じゃあ、どうしてなの!」

 シャルロットが身を乗り出す。そして狸面の眼孔の奥、鋭い視線に息を呑んだ。


「あなたの言葉が、独り言だからですよ。あなたの言葉の先には誰もいない。相手がどう思うか……相手にとって聞く価値があるかなんて、考えたことも無いんでしょう?」

「なっ、なんでシャルがそんなこと、考えなくちゃいけないのよ」

「あなたなら、それをするだけで誰もが耳を傾けるからですよ。たったそれだけで。――きっと誰も、ハートの女王を無視できない」


 ラファルの胸の奥、灰の山の中で熱がくすぶる。口から手が出るほど欲しても、決して手に入らない特別な称号、キャラクター。シャルロットの存在感や発する意識エネルギーはその中でも群を抜いている。


 選ばれたその席で胡坐をかいているシャルロットを見ていると、勿体ないと思った。僅かに、疎ましいとも。


 彼女の傲慢な振舞いが、“自分を認めさせたい”という切実な叫びが、ラファルの中に同族嫌悪と共感を同時に呼び起こしていた。


「女王サマ、人を動かすには、北風じゃなく太陽ですよう」

「……なによそれ」

「手始めに、夢子さん達に謝りに行きましょうかあ」

「なんでシャルが!」

「ええ? 憧れのナイト様と喧嘩したままでいいんですかあ? 夢子さんは、ああ見えて多分、待ってても折れませんよう?」


 シャルロットが夢子を気に入っているのは、誰の目から見ても明らかだ。処刑場の窮地で、横抱きに助け出されたのが、相当乙女心に響いているらしい。

 シャルロットはしゅん、と萎れる。


「……でも……でも、白バラには謝らないんだから!」


「ねえ、君」

 黄櫨が見かねたように口を開く。


「白バラのこと、好きなんでしょ」

「なっ、ちがっ」


 シャルロットの顔が一気に赤く染まった。湯気でも立ち上りそうなその様子に、ラファルはまさか、と驚愕する。シャルロットの白バラへの態度や行いには、とても好意など感じられなかったからだ。

 しかし図星を突かれたらしい少女は、恥ずかしさが限界を超えたのか涙目になっている。黄櫨は、ふうと小さく息を吐いた。


「僕から一つ、忠告しておくよ。好きって気持ちほど、隠してどうしようもないものはないんだ。素直にならないと絶対に後悔する。……永遠なんて、無いんだから」


 少年の黄色い瞳が、遠い色を帯びる。

 外見からは想像も出来ない長い時と、重い経験に裏打ちされたその言葉は、ラファルとシャルロットを黙らせた。




 *




 ――深夜、すやすやと穏やかな寝息を立てるシャルロットを背負い、白バラは自分達の客室へ戻ろうとしていた。


 夢子を病室へ送ろうとしていたところにシャルロット達が現れ、ラファルの提案により“仲直りの花札パーティー”に数時間付き合わされていたのだ。


(シャルロット様が誰かに謝るなんて、思ってもみなかったわ……)


 許してやると言わんばかりの態度ではあったが、確かに夢子に謝罪したシャルロット。夢子は自分にだけ謝るシャルロットに、何に対しての謝罪かと詰めかけたが、ラファルに宥められ、許さざるを得なかったようだ。幼く可憐な美少女の涙の跡に、罪悪感もあったのだろう。


(シャルロット様、あの狸面に何を吹き込まれたのかしら。……余計なこと、してくれるわね)

 白バラはシャルロットの変化を望んではいない。今のまま、世間知らずで我儘な自分だけの女王でいてくれることを願っている。


 不完全な彼女であれば、どうにか少しは、釣り合う気がするのだ。



 ふと前方に気配を感じ、白バラは顔を上げる。

 廊下の壁に凭れているのはピーターだった。彼は待っていたことを隠しもせず、単刀直入に切り出す。シャルロットを起こさないように、小声で。


「仲直り、した?」


 それは、自分とシャルロットのことではない。瞬時に理解した白バラは眉を寄せてむっとする。


「別に、誰も喧嘩なんてしてないわよ」

 そんなに夢子が気になるのか、と白バラはピーターを睨む。

 彼のいつも通りの仏頂面には、うっかり飛び出してしまったこの間の言葉など一切響いていなさそうだ。忘れられている可能性さえある。


 ピーターの決して乱れないペースが、白バラを苛立たせた。

 それでも、それに心地良さを覚え、惹かれているのだ。


 初めて会った時から、ずっと。



 ――それは、白バラがトランプ王城でシャルロットの世話係を務めるようになり、少し経った頃のことだ。


 シャルロットには白バラ以外に専属の付き人がいない。そのため白バラは、彼女の身の回りの世話や護衛、社交補助に至るまでを広く担っていた。そんな白バラの働きぶりをグレンは評価していたが、周囲はそうではない。シャルロットが“穢れた白バラ”と嘲弄の対象とすることで、周囲もまた彼女を同様に扱ったのだ。


 日頃の鬱憤晴らしか、単なる遊びか、ぽっと出で女王の側近の座に着いたことへの嫉妬か。女達も酷いものだったが、白バラに腕力で敵わないことを快く思わない男達のそれは、更に悪質で執拗だった。


「お、白バラ様のお通りだぜ」

「あれだけシャルロット様に嫌われて、よくお側にいられるよな。面の皮が厚い奴は羨ましいね」

「胸板もな。あの体格、実は男なんじゃないかと、俺は疑ってるね」

「はは、確かに! お前、ちょっと確かめて来いよ」

「は? 死んでも無理。触ったら穢れが移るだろ」


 耳障りな揶揄、侮辱。

 白バラはシャルロットになら、何を言われても耐えることができた。それがシャルロットの執着の形であり、自分を特別な存在たらしめるものだからだ。だが他者からのそれは違う。


 力づくで黙らせてしまいたいが、問題を起こせばシャルロットの側にいられなくなるかもしれない。白バラはぐっと奥歯を噛みしめ、怒りを堪える。白バラが大人しくしていることを良いことに、益々調子に乗る男達。彼らが白バラのすぐ近くまでやって来たその時――誰かの一声で周囲が水を打ったように静まり返った。


「城内で下品な言動は控えてくれる? 穢れるから」

「あ、」

 一喝したのは誰もが知る国王の補佐官、ピーターだ。男達はまずい、と顔色を変えてそそくさとその場を去る。


 冷めた目でそれを眺めるピーター。白バラも彼のことは知っていたが、こんなに間近で見るのは初めてだった。自分と同じ白い髪なのに、全然違うな、と思った。


「あの、騒がしくして、すみません」

「は? 何で君が謝るの?」

「私が原因なので」

「……君、面倒な性格してるね」


 ピーターが呆れたように溜息を吐く。その板についた仕草は、白バラが聞いていた通りの彼の人柄を表していた。仕事以外のことには無頓着で、極端に物臭だと噂の補佐官。彼がこんな面倒事に首を突っ込んできたのは何故なのか、白バラには分からない。不思議そうに見ていると、赤い瞳とぶつかった。


「あのさ」

「はい」

「ああいうの、次からは叩きのめしなよ。できるでしょ? それくらいで君の評価は変わらないから」

「でも……」

「聞いていられないんだよ。……僕も“白”ウサギだから、ムカつく」


 むすっとした顔で言うピーター。下手に同情するのではなく、勝手に同じ側で腹を立てている彼。苛烈な悪意に晒され続けていた白バラは、そのマイペースさに力が抜けた。



 それから、白バラの働きぶりが評価され、任される範囲が広がると、自然とピーターと顔を合わせる機会も増えた。仕事でもその他でも、顔を合わせれば何となく話すようになった。


 シャルロットに追従せず白バラを正当に評価する者は、彼以外にもいる。それでも、彼だけが白バラにとって特別になった。


 白バラは、ピーターの低温なところが好きだ。

 他の男と違って、品定めするような目で見ないところが好きだ。

 何なら、会話の半分は目を合わせてくれないところが好きだ。


 それをシャルロットに気付かれれば、厄介なことになるのは目に見えている。だから表には出さないように努めた。白バラ自身もただ、淡い想いを抱いたまま、姿を見たり声を聞いたりできれば充分だった。


 彼と対等に会話が出来る女友達は恐らく自分だけであり、その立場こそが彼に最も近いものだと思っていた。それで満足だった。


 だから彼にとって面倒にならないように、避けられないように、友人の域を守りながら接していた。


 なのに。

 あんなに面倒で、厄介な少女が、全てをひっくり返すのだ。



「……私、やっぱりあの子、嫌いよ」

「あ、そう」

 素っ気ない返答だが、その視線はあの後夢子がどうなったのか知りたがっている。白バラは敢えて無視して、彼の前を通り過ぎた。

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