75.兎を抱えた勇者様
自分の師であるクレアを見て、彼は元気よく手を振った。
「先生!おはよ!!」
ユウタの声に振り返ったクレアは返事をしようとして固まった。雪一角兎のユキが首輪についたリードの先で元気よく跳ねている。その様子を見てクレアは静かに微笑んで手を振りかえした。
冬に動き出す魔獣は基本的にこの季節になると姿を消す。弱って狩られてしまうこともあるし、段々と気温の低い方へ移動して冷たい洞窟内やダンジョンなどで冬以外の季節を過ごすからだ。けれど、ユキは元気そうにユウタの前を歩いている。
首輪に特殊な細工をしてあるのが作用している。ユキが元気だということは実際にうまくいっているということを意味している。
「ひんやり首輪、着けたらユキちゃんが元気になったよ!!」
カラカラと笑う彼は、他の冒険者や妙に身なりのいい人に売ってくれと言われているらしいが、断っている。奪い取ろうとしてもユウタはクレアに依頼して嬉々としてトラップを家に仕掛けているし、クレア宅と同じ魔法もかかっている。こうやって出歩く際に一緒にいる時に襲ったとしても現在の彼の実力は相当に高く、不可能に近い。
安心した様子で草を食むユキを可愛い可愛いと見つめるユウタ。それをちょっと面白くなさそうに見つめるクロエ。
「よかったな」
「うん!角もちょっとずつ伸びてきたんだよ」
「そうか。飼って繁殖させることができれば薬も値段を抑えられるようになるかもしれないな」
思案するように腕を組む。けれど、あまり現実的ではないか、と首を振った。そんなことをしても、おそらくは毛皮や角のアクセサリー使用の方をメインにされてしまいそうだ、と溜息を吐いた。別の地域では薬になっても、多くの場所ではそうなってしまう。だからこそ、クレアの母の薬は非常に高額だった。
レディアに頼んでこの国の薬学称号持ちの人間に薬の開発を頼んでいる。それは自分の母のような亡くなり方をする人がいないように。それに、実際に使われていた材料があれば類似した安価な材料が見つかる可能性があるとも考えている。薬学称号持ちはそういうことに長けた人間が多い。
「それで、お前はそのデレデレした顔で何しに来たんだ」
「そうだ!見て、これ!!グレプの実って言うんだって。森に狩に行ったら見つけたんだ。甘いからみんなで食べようと思って」
ニコニコと「こっちがリヒトさんとこの分!」ともう一つの籠を出す。すっかり仲良くなっている。リヒトとは。
ルナマリアのことは苦手なようで、すす…と距離を取る。
「そんなにいつも土産を持って来なくていい」
「えー、でも持ってきたらクロエさんのめちゃくちゃ美味しいお菓子が食える」
キラキラした目で自分を見るユウタのことが満更でもないらしく、クロエは「しょうがねぇヤツだな」と少しだけ嬉しげに言って籠を持ち上げた。軽い足取りで厨房へと向かう。
「クロエさん、可愛いよね」
「お前な」
「手伝ってくるね、先生」
追いかけていく弟子を見ながら、抜け目ない奴めと苦笑した。残されたユキの頭を撫でると、気持ちよさそうに擦り寄ってきた。
「なるほど。可愛いヤツだな」
ふと溢した笑みを見たソフィーがギリギリとハンカチを噛みながら雪一角兎を睨みつけていた。




