76.甘酸っぱい
戻ってきたらクレアの膝に頭を預け、撫でられているソフィーを見てクロエとユウタは少しだけ無の表情になった。「犬だ」と心の中での声が重なった。狼だと知っていてもそんなことを思えてしまうほどその顔は緩んでいた。
クレアは時々本を捲りながら、何も気にしていない様子である。少し離れたところでユキが震えていた。攻撃性は魔物なのでそれなりではあるし、普通の人間を殺せるレベルの生き物だ。だが、狼獣人の殺意を込めた目線にたえきれなかった。
「ユキちゃんにまで嫉妬したんだなぁ」
少しでも彼女たちと一緒に居た経験がこの状況の真実を導き出す。ソフィーの過激なところも知っているので、静かにユキに手招きした。この雪一角兎も不運である。
ユウタはウサギ用のおやつを置いて、愛するウサちゃんの機嫌をとり、クロエの家事を手伝う。生活一般を教えてくれた年上のお姉さんと少しずつ慎重に距離を詰めている。反面教師というやつかもしれない。
「ソフィー、お前も動け。客に働かせんな」
「それはお客様ではありませんので」
ユウタはそれ扱いに苦笑する。以前からそんな対応なのでなれてはいる。クロエがイラッとした顔をしたので、軽く宥めて紅茶を注いだ。クロエのお手伝いの成果でそれなりに上達している。
クレアもまめに働くユウタを見ながら魔法でちょくちょく手伝っていたりする。動いていないのはソフィーを相手にする方が面倒だと知っているからだ。
紅茶を注いだカップやスプーンが宙に浮き、一人でに配置される様子を見ながらユウタは瞳を輝かせた。小声で「アリスみたいだ」と呟いて、それが聞こえたクロエの耳がピクリと動いた。あからさまに女の名前だ。じっと見つめると、ユウタは照れ臭そうに笑う。
「俺の世界の童話の話だよ。お話の中で不思議なお茶会があるんだ」
そのストーリーにそこまで詳しいわけではなかったが、イメージ的なものでそれっぽいなと思っただけである。
そんなユウタの言葉を嘘をついている様子ではないと判断して、どこか安堵する。直後に「いや、なんでだ?」ともやっとした気分になった。
「どうかした?」
「いや、何もねぇ」
何もないという反応ではないと思ったけれど、手早くおやつの準備をしている彼女に何もいえずに、手伝いながらその姿を目で追った。
そんな姿を眺めながら、甘酸っぱい気分になっているのがクレアである。
本人は恋愛よりも生存に重きを置いて生きてきたのでその辺りの感情が未熟であるが、見ている分にはなんとなくわかることもあったりした。




