67.その結果
大騒ぎをしている王宮方面と煙の上がる貴族街の家。魔法は問題なく発動したようで自宅は燃えていない。けれど、それは代わりに犯人の家が燃えていることを指す。何度も火を付け直した跡があるのはきっと、魔法に阻まれてこの家に火がつかなかったからだろう。周囲の草などは燃えても家自体に燃え移ることすらなかったから、命令を果たそうと必死に燃やそうとしたのことが窺える。けれど、それをやった分だけその行いは反射する。それがマーリンの教えた魔法だった。
「師、これは呪いではないのですか?」
「何で?やったことがその身に返るだけのしょーもない魔法だよ。というかさ、やらなきゃ何にも起こらないんだよ。自業自得さ」
魔法に関してはマーリンのことを信用しているクレアであるので、それを真に受けて「大したことのない普通の魔法なんだな」という理解のもと頷いた。
返るとはいっても、結界も張り直しているので実際に何かあることはないと思っていた。単にクレアの魔法の範囲内で「やれるだけはやったよ」というアピールでかけた魔法だった。犯罪なので国がガッツリ制裁を加えるだろうというのはエリアスからも説明されていた。
そうしたら、昨晩から今にかけて燃え盛る犯人であろう貴族の家が出来上がってしまった。どうやらそれなりに高位の貴族であるらしい。非常に恨みを買っていたのか、何度も何度も場所を変え、方法を変え、燃やされた形跡があったと薬を依頼に来た王の侍従の一人がクレアに教えてくれた。真っ青な顔であった。
(それ、この家が燃えないから手を変え品を変え場所を変え、必死に燃やそうとしたのがまるっと返ったんだろうな)
あくまで物理・魔法・呪術問わず、やられた事を返す魔法だ。やられた以上のことは返らない。その瞬間、黒幕が同じ事をされたらどうなるかという結果が襲い掛かるというものである。けれど、結果が出ると考え方も多少変わる。実行犯は何をしても変わらぬ対象物に苛ついて、過激な手に出たのだろう。それを狙っての術式だった。魔法を作った男は性格が悪い。家を執拗に燃やすような奴にはこのくらいがちょうどいいのかもしれないが。
「うん。師も以前、こういうことをする奴は自業自得だと言っていたし、やっぱりこの規模で使った魔法の割に効果が良いから、このままでいいか?」
何もしてこないなら何も起こらないのだ。
とりあえず報告だけ入れておくか、とクレアは筆を取った。
「どうしてこんな事になっているのですか!!」
「知らんわ!!くそ、なぜ我が家が燃えるのだ!!」
青年は目の前で喚く妹と父親を冷めた目で見つめた。母と幼い弟は青年が身を挺して守った事で負った火傷を見て震えている。火傷は重く、手を動かすことすら億劫だ。
しばらくすると、王城にいる近衛が言い争っていた彼ら二人を連れて行く。その後、少し時間が空いて、将来仕えるはずだった男が姿を現した。急いで立ち上がろうとする青年の母を「そのままでよい」と制した。
「アレーディア、さま……」
「不運だったな。あのように何も考えぬ家族をもったばかりに」
その声音に何かを知っていることを察する。侯爵夫人である母と弟を下がらせたアレーディアは変わらぬ平坦な声で告げる。
「その怪我は治す。治療が完了次第、おまえが家を継げ」
青年はできるはずがないと視線を落とす。それほどまでの身体の状態だった。
今回の火事の顛末を聞き、そんなつまらぬことで己や母、弟が命を落としかけたという事実に腹が立った。握りしめた拳に血が滲んだ。
それを見ながら無表情のネーロが薬を医師に手渡せば、医師はそれを彼に飲ませる。口に入って数秒でその瞼が落ちる。
「火傷を治すって言って薬もらってきたらしいんスけど、足りますかね」
「何か有れば彼女も協力してくれるだろう。マーリン殿は鼻で笑うかもしれないが、馬鹿のせいで優秀な部下を失うのは困る」
アレーディアは調書を見ながら薄ら笑いを浮かべた。その目は全く笑っておらず、「さて」と呟くとそれをネーロに渡した。




