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地球の原材料  作者: 海那 白
あとがき/番外編
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番外編2 火菜の過去

 目を開ければ、私の世界には黒と赤しかなかった。


「もう嫌だ、あの人はいつになったら戻ってくるの…」


 お母さんは、いつもそう言ってすすり泣いていた。


「あんたなんか生まれてこなければよかったのよ!あんたが生まれたせいで、私はあの人に捨てられた…!」


 お母さんは、いつもそう言って泣き怒り、私を殴っていた。


「やめて、私をおいて行かないで、いうことを聞くから、あなたの言うとおりにするから!」


 そう言って泣きつくお母さんを、お父さんは何度も何度も殴って黙らせ、言うことはないのか黙ってまた家を出ていく。

 そのあと決まってお母さんは、包丁を私に突き付け、言うのだった。


「あんたが…あんたさえいなければ、こんなことには…!」


 目に涙をためて、頬から血を流して、私にそう訴える。

 お母さんがそういうのだから、きっとそうなのだろう。

 私はきっと、生まれてこなければよかったんだ。

 私はきっと、いない方がよかったんだ。

 いつしかそれは、私の中の常識であり前提条件になっていた。

 それが私の世界のすべてだった。

 外に行ったことはない。

 窓の外は、木しかなかった。

 お母さんとお父さん以外の人を知らない。

 ほかの誰も、この家には来たことがなかった。

 何が普通で、何が常識なのかさえわからない。

 いつだって、目の前で起こっていることが私の世界のすべてなのだ。

 それ以外のことは、何一つ知らない。

 ここは、そんな真っ暗な箱の中なのだ。

 動いたら怒られる。

 だから私は、ずっと部屋の隅で一人座って縮こまっていた。

 食べ物も、残飯みたいなものが床に捨てられるだけだ。

 私の世界はいつも色あせていて、目を開けば赤い血となくお母さんが目に入り、耳をすませばお母さんの泣き声と雨風の音しか聞こえなかった。

 私はいつしか、こことは違う別の世界に行きたいと思っていた。

 ここよりももっと、きれいな世界。

 それだけを夢見て、毎日を生きていた。






 それは、一瞬の出来事だった。

 いつものお父さんとお母さんのケンカの最中だった。

 お父さんがよく飲んでいるお酒の瓶がガスコンロの真横に置いてあったのだ。

 お母さんかお父さん、どっちかがその瓶をガスコンロの方へ倒し、油が敷かれてあったのか、フライパンから大きく火が出た。

 どこにそんな勇気があったのか。

 私は考えるより先に窓を開けて家を飛び出していた。

 外は真っ暗で、木が生い茂っている。

 真っ暗でほとんど何も見えないが、それでも見えるものだけを頼りに言えと反対方向に駆けだしていった。

 足に固く尖ったものが何度か当たり、ときどき転びそうになった。

 でも、それが初めて見た、私の知らない外の世界だった。

 だから、その痛みさえもが喜びに変わった。

 今まで何度も何度も殴られたことはあったけど、そのときは「痛い」より「辛い」の感情の方が大きかったから。

 しばらくすると、平らなところに出た。

 少しだけ明かりが灯っていて、暗闇の中でも道が視認できた。

 勘だけを頼りに、その道をただただ走っていった。

 しばらくして振り返ると、そこに広がっていたのは、赤だった。

 いつも見ている、あの血の赤じゃない。

 赤以外の色も混ざっている、大きな赤。

 すごくきれいで、すごかった。

 これが、私を外の世界に連れ出してくれたものなんだ。

 これが、外の世界への扉の鍵だったんだ。

 私は絶対、今見ているこの景色を忘れることはないだろう。

 そう思うほどに、その時の光景が、瞼の裏に強く焼き付いた。






 そこからしばらく走り続けていると、やがて家が見えてきた。

 中からは暖かい光が漏れていた。

 私はその家に吸い寄せられるように走っていった。

 誰でもいい。なんでもいい。

 あの場所以上にひどくなければ、どこでもいい。

 そう思って、意を決してドアを開けようとするも、開かなかった。

 どうすればいいのかわからなくて、しばらく周りをきょろきょろとしていると、一つのボタンが見えた。

 恐る恐るそのボタンを押してみると、中から女の人が出てきた。

 その人は不思議そうに私のことを見ると、中にいる人に声をかけた。

 しばらくするとその人、いや、その子は姿を見せた。

 それが、あの子との出会いだった。

 私はここまで来た経緯を話し、助けてくれないかどうかを聞いた。

 普段はお母さんに怒られないようにしゃべらないようにしてたのに、こういう時は案外喋れるものなんだな。

 その子たちは、快くオーケーしてくれた。

 その家は、あの家とは比較にならないくらいに暖かかった。

 私の話を二人ともよく聞いてくれて、よく笑ってくれていた。

 私は、しゃべることがこんなに楽しいことだとは思わなかった。

 ずっとここにいたい。

 そう思えるほどに、この家は魅力的な場所だった。






 しばらくして、とある人が私のもとを訪ねてきた。

 どこから入ったのか、忽然と私の前に姿を現し「精霊使いになれ」と言ってきた。

 訳が分からなかった。

 でも、その見ず知らずの人は言ったのだ。

 私の生い立ちを。

 お母さんが泣いていた理由を。

 私があの家で見聞きしたこととほとんどが一致していた。

 信用せざるを得なくなった。

 あの子には覚えていてもらえる。

 そう言われたから、その精霊使いにオーケーした。





 それからしばらくは、どんなことでもしていた。

 またあの子に会うために、生きるためならなんでもした。

 そのとき、一樹さんに出会った。

 その人は、私を自分のコンビニで働かせてくれると言った。

 食べ物も、住居もくれると言った。

 なぜそんなにも優しくしてくれるのか分からなかった。

 だから、率直にそれを聞いてしまった。

 それが転機だとは思っていなかった。

 その人は、私のことを好きだと言った。

 一目惚れなんだと言った。

 あの子の家にいるときにテレビで色々見ていたから、そこら辺の言葉が何を意味するのかはもう知っていた。

 そうして付き合うことになり、彼の家に行ったときには驚いた。

 豪邸だった。

 私は彼の両親にもなるべく愛想よく振る舞い、彼は私に料理をごちそうしてくれた。

 そこで食べた料理は、今まで食べた料理の中でもダントツにおいしく、涙が出るほどだった。

 彼があたえてくれた食べ物はコンビニのものだったし、もっと言えば住居はコンビニリン設の物置だった。

 それでも、ないよりだいぶましだった。






 しばらくして、同じく精霊使いになったあの子と再会した。

 私は、今の方が全然楽しい。

 昔の自分は、自分で自分を肯定することができなかったけれど、今では自分以外の誰かが自分のことを肯定してくれる。

 それだけで、私は嬉しかった。

 赤と黒しかなかった私の世界の色が、だんだんと鮮やかに色づいていき、やがてこんなにもきれいな世界にたどり着くことができた。

 あの日家を飛び出したことは間違いじゃなかった。

 ほら、私の大切な人が今、隣で笑っている。


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