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よーこさん、小説を書く

 決心したはいいものの、本人と直接対面するとなかなか言い出すことができなかった。瑞稀は俺の存在など眼中にないように本の世界にダイブしている。読書中の彼女には不可視の結界が貼ってあるかのようだ。

「あの、瑞稀、さん」

 恐る恐る声をかけるが反応は無い。無理やり真正面に回ってみるが、露骨に首を逸らされる。まだ根に持っているのか。全面的に俺が悪いから文句は言えないが。


「浬。瑞稀の様子がおかしいのだが、お前本当に何も知らないんだよな」

 寝ぼけ眼で伸びをしながら美琴が尋ねる。俺はお手上げのポーズをして首を振るしかなかった。彼女の心を開くのは天照大神相手より難しいかもしれない。


 瑞稀との対話の道が開けないまま永久の時が過ぎる。冗談抜きでそんな予感がしていた。丸山との小説勝負の決着日ももうすぐだし、どうにか彼女と和解しなくては。

 焦燥にかられていた頃、よーこさんから思わぬ物が投下された。

「ぬしらの間で嘘の話を作るのが流行しておるようだからの。うちも書いてみたのじゃ」

 よーこさんが書いた小説だと。そもそも、妖怪が小説を書けるのか。


 奇しくも俺たちが全員そろっていた夕食後のことであり、全員で小説を吟味することとなった。よーこさんめ、一体どんな物語を書いたんだ。最近、作品の品評にはうるさくなってきているからな。きっちりとジャッジしてやる。


 意気込んでみたものの、手渡されたのは小説(?)だった。まず、うすっぺらい。瑞稀が書く数万文字もの原稿に慣れていたせいもあるが、それでも数千字程度の短編、いや掌編であることは自ずと分かる。物語らしき文字が羅列してあるから小説と称しても問題なかろう。

 そして、内容に入る以前に一ページ目に半面を使って描かれている男の絵が気になって仕方なかった。これは挿絵なのか。ラノベを参考にしたのなら分からんでもないが、それにしたって下手だった。幼稚園児が父親の似顔絵として提出しそうなクオリティである。


「なんなの、この落書きは」

 美琴がげんなりして訊ねた。すると、よーこさんは心外だと主張するように腕を組む。

「主役の嘘つき太郎じゃ。浬をモデルにしたからイケメンのはずじゃぞ」

 こいつのモデルは俺かよ。ちなみに、小説のタイトルもそのものずばり「嘘つき太郎」だった。

「浬がモデルね。じゃあよく描けてるじゃない」

 本気で言っているんじゃないよな。俺の顔面偏差値は幼稚園児の落書きレベルなのか。


「物語には太郎とつくものが多いじゃろ。じゃからうちも真似してみたのじゃ」

 そこでどや顔を披露されても困る。昔話に限れば主人公の名前が太郎というのは多いよな。桃太郎とか浦島太郎とか金太郎とか。最近だとパソ太郎とかいるけど、あれはネットスラングだ。

「とりあえず読んでみましょう。よーこさんがせっかく書いてくれたのですから」

 瑞稀が鶴の一声を発したため、俺たちは原稿に目を通すこととなった。


 肝心の嘘つき太郎がどんな話かというと。短いので原文のまま載せても問題なかろう。


「むかし、むかし、嘘つき太郎がおったのじゃ。嘘じゃ。今は21世紀じゃ。


嘘つき太郎は男じゃ。嘘じゃ。太郎だからとはいえ男ではない。嘘つき太郎という名の女じゃ。


嘘つき太郎は山へ芝刈りに行ったのじゃ。嘘じゃ。嘘つき太郎は芝を刈らぬ。女だから川へ洗濯に行くのじゃ。桃の太郎さんもそうしておる。


嘘つき太郎は鬼を倒しに行くのじゃ。嘘じゃ。鬼は倒すべき相手ではない。鬼と友達になりにいくのじゃ。


鬼と友達になるために電話番号を聞くのじゃ。嘘じゃ。今はラインとやらで連絡を取るのじゃ。浬もそうしておる。


やがて犬がやってきてサッカーをやろうと言ってきたのじゃ。嘘じゃ。犬にサッカーはできぬ。犬畜生は呑気に何も考えずに走り回っておればいいのじゃ。


鬼は友達の証として金をやると言ったのじゃ。嘘じゃ。鬼が金を持っておるわけがない。奴が持っておるのは酒ぐらいじゃ。お酒を飲み過ぎて頼光さんに負けたと知り合いが嘆いておった。


お酒をもらった嘘つき太郎は幸せに暮らしたのじゃ。嘘じゃ。嘘つき太郎は未成年じゃ。未成年は酒が飲めんからそんなものもらってもどうしようもなかったのじゃ」


 えっと、とりあえずどこからツッコめばいいんだ。

「これさ、ラノベというよりも童話じゃね」

「いや、童話というか詩だろう。一応桃太郎っぽい物語にはなっているが」

 しかも主人公は桃太郎という名の女だし。桃太郎が女体化したパチンコ原作のアニメがあったよな。家来の動物と憑依合体するやつ。


「現代だから鬼とラインで仲良くなるってすごい発想よね。鬼からラインが来たら眠れなくなりそうだわ」

「そんで、最後はお酒をもらうか。この鬼ってもしかしなくても酒吞童子だよな。よーこさん、そんな大物と知り合いだったのかよ」

「厳密には知り合いではないのう。昔、そんな名前の強い鬼がおったと聞いたことがあるだけじゃ」

 頼光公に負けて死んだという扱いになっていますからね。怨霊が現代に復活したなら話は別だ。そいつを討伐するために頼光四天王を再結成する。って、異能バトルみたいになってきたぞ。


 他にもツッコみどころはあるが、これだけは言わせてもらいたい。

「犬のこと恨み過ぎじゃね」

「犬畜生は昔からの宿敵なのじゃ。あやつのせいでせっかく畑から野菜を盗んでもすぐに奪われてしもうたのじゃ。まったく、卑しいやつらめ」

 よーこさんが野狐だった頃のトラウマらしい。当時のことを思い返しているのか指の骨が粉砕されそうなほど拳を握りしめている。同じイヌ科のくせに犬が嫌いというのも皮肉だよな。


 俺たちがやんややんや言い合っている間、瑞稀は静かに何度も小説を読み返していた。やがて、くすりと笑みを漏らす。

「そうじゃ、瑞稀はどうじゃ。面白いと思うだろ」

「ええ。楽しんで書いているんだなというのがひしひしと伝わってきます」

 まるで前から欲しかったプレゼントをもらった幼子のように、食い入るように原稿に目を落としている。あれだけ楽しそうな瑞稀は初めて見るかもしれない。


 楽しんで書いている、か。俺はよーこさんの小説を再読する。内容からすると月とすっぽんだが、どうにも瑞稀の小説と似た部分があった。どこが似ているかと問われるといまいち言語化できない。なんというか、フィーリングではあるのだが、書いていて楽しいだろうなというのがどことなく伝わってくるのだ。

 そういえば、前に瑞稀から「商業出版はあまり考えていない」と聞いたことがある。彼女もまた純粋に小説を書きたくて書いていたのだろう。だからこそ、丸山の考えに反発したのかもしれない。


 部屋に戻った俺はパソコンから「小説を書こうぜ!」のサイトにアクセスする。開いたのは瑞稀の小説だ。

 公平を期すために、部員が両者の小説にポイントを入れるのは禁止されている。瑞稀もわざわざパソコンのブックマークに丸山の小説を入れて読んでいた。


 以前にも読んだ内容だが、俺は一文字一文字吟味するようにじっくりと瑞稀の小説を再読する。やっぱりだ。どことなくだけど、よーこさんが書いた話を読んだ時と同じ気持ちになってくる。

 どうにかして瑞稀と仲直りできないものか。頬杖を突きながらページを巡っていき、あるページでスクロールを止めた。確か、ポイントを入れることは禁止されていたが、この行為は禁じられていないはず。いや、禁止されていたとしても、書き込みたくて仕方なかった。


 書きたいことはいっぱいあるのだが、この一言だけでも分かってくれるかもしれない。さすがに本名を使うのは気恥ずかしいから変えておこう。丸山に難癖をつけられるかもしれないし。俺は短文を送り、そっとパソコンを閉じるのであった。

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