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浬、小説を書く

 よーこさんに叩き起こされ、俺は半病人のような足取りで食堂へ赴く。「うちが専属の目覚まし時計になってやろうかの」というよーこさんの皮肉に答える気力はない。

 手持無沙汰になってニュースを視聴している美琴。そして、黙々と新聞を読んでいる瑞稀がいた。

「お、おはよう」

 不細工な笑みとともに挨拶をする。しかし、瑞稀から返事はなかった。無視されるのは日常茶飯事かと諦観していたのだが、今日ほどきついことはない。

「おはよう、浬。瑞稀と何かあったのか。今朝からこんな調子なんだ」

「べ、べつに、変わったことなんて、ないぞ」

 下手くそな嘘をついてしまった。よーこさんと美琴の突き刺さるような視線が痛い。


「本当に何もありませんよ。小説の相談をしていただけです」

 ようやく新聞から顔を上げた瑞稀が事もなしに応える。よーこさんと美琴は顔を合わせてそのまま受け流した。だが、俺としては無視することができなかった。言い放った瑞稀は能面の如き無表情だったからだ。正直、般若の形相で迫られるよりも胸に響いた。できれば尻尾を巻いて逃げ出したかったが、学生寮という牢獄にそれは叶わぬ相談だった。


 なんとかして瑞稀と仲直りする方法はないか。授業中も上の空で化学式の解説など頭に入るはずがなかった。指名された時もとんちんかんなことを答えてしまったせいで、例の号泣会見を開けそうな剣幕で叱責された。小野塚から似顔絵をもらっても笑う気になれなかった。


 同時に、小説で有名になって早山奈織と繋がりを持とう計画も断絶したことになる。いや、そちらについてはまだ希望はあるか。

 小説とは紙とペンさえあれば仕事ができる、最も安上がりな自営業だとどこかのラノベで書かれていた。なにも瑞稀に頼らなくても、俺がヒット作を飛ばせば計画は達成できる。むしろ、どうして最初からそうしなかったんだ。幸い、今日はバイトのシフトに入っていない。俺は授業が終わると真っ先に寮へと駆けこんだ。


 瑞稀ほどじゃないが、俺とてラノベは相当に読んでいる。加えて、ずっと小説を書いていた瑞稀に付き添っていたんだ。小説を執筆するノウハウは習得しているはず。真っ白なワードのページに俺は息つく暇もなく文字を打っていく。物語は瑞稀と同じく異世界転生ファンタジー。ネット小説からデビューを狙うなら主流の展開をなぞるのが王道だ。最初はお決まりのパターンだから書くのは難しくない。


 だが、すぐにキーボードを叩く手が止まってしまう。次にどう話を繋げていいのか全く分からないのだ。後で聞いた話だが、そういうことにならないように、あらかじめ物語の全体像プロットを作ってから執筆するのが一般的だという。そんなことも知らないド素人な俺はまんまとつぼに嵌ったわけだ。


 それでも、どうにか書き進めなくては。懸命にキーボードを叩くが、遅々としてページは埋まってくれない。ふと、時計に目をやると日付が変わっていた。いつもリアルタイムで視聴していた深夜アニメもとっくに終わっている。今クールの作品の中でも次の展開を楽しみにしていた期待作だった。でも、なぜだか後悔することはなかった。

 瞼は重く、ずしりと倦怠感に襲われる。それでも、憑かれたように俺はキーを鳴らすのだった。


 いつの間にか窓の外から陽光が差してきていた。今日ほど学校が爆発してほしいと思ったことはない。なんて、益体のないことを考えたのは頭がボーとしていたからだろう。おまけに尻尾でぐるぐる巻きにされている。「おまけ」だけに「尾巻け」なんて誰が上手いことを言えといった。うん、くだらないことを考えるくらい俺も疲れているんだろうな。第一、朝起きたら狐の尻尾でぐるぐる巻きにされているなんて。


 ありえるな。普通ならありえないけど、陽湖荘に限ればあり得る光景だ。なぜなら、狐の尻尾でぐるぐる巻きにできる人物が一人だけいるのだ。

「おっはーじゃ、浬。二日続けて寝坊は許さんぞ」

「よーこさんか。勝手に部屋に入らないでくださいよ。それに、おっはーって古いだろ」

「さっきテレビでそんな挨拶をしておったぞ」

 その昔山寺宏一が司会をしていた子供向け番組か。よーこさんが能動的に見るとは考えにくいから、たまたまチャンネルが合わさっていたんだろうな。


「その様子だとろくに寝ておらんようじゃの。勉強なら感心じゃが、あまり根を詰めるでないぞ」

「俺が寝不足になるまで勉強すると思うか」

「威張ることではないわ」

 頭を軽く叩かれた。妖怪の腕力だからか地味に痛い。


 毛玉に拘束されているせいでまた獣臭くなって、小野塚からクンカクンカされそうだ。解こうにもほぼ徹夜したせいで、思うように力が入らない。頭も働いていないせいか、よーこさんがパソコンの画面を覗いていたことに気づかなかった。

「こいつは瑞稀も書いていた小説というやつかの。うーん、よう分からんのじゃが、人間は嘘っぱちの話を書いて何がそうも面白いのじゃ」

「朝から哲学的なことを聞くなよ」

 どうして小説は面白いのか論じよって大学の文学部でやっておけという課題だな。プロの小説家でも答えられる人は少数なんじゃないか、多分。


「ずっと考えておるのじゃが、よう分からんのじゃ。いかなる目的があって新聞にネコがピッチャーをやる嘘の話を掲載しておるのか」

「そにしけんじさんに怒られそうだからその話題はやめておけ。新聞にマンガが載っているのは人気だからじゃないのか」

 社会風刺画が発展して四コマ漫画になったとか、暗いニュースが載っている社会面で緩衝材の役割を果たしているとか諸説あるみたいです。


 うやむやにしておくと、しつこく追及されそうだ。ただでさえ頭が痛いのに、哲学的なことを考えて頭痛を悪化させたくはない。

「そんなに気になるなら、よーこさんも書いてみればいいじゃないですか」

 その場しのぎで口から出まかせを言ってしまった。すると、俺を締め付けていた尻尾が急に緩んだ。「まきつく」攻撃から解放されたことで、ようやく「にげる」コマンドが使用可能になる。相手に攻撃させないまま一方的に嬲り殺すチート技を再度喰らわないうちに、俺は部屋の隅へと避難した。


「そうか。うちも嘘の話を書いてみればいいのじゃな。どうしてそんな単純なことに気づかんかったのか。浬、ぬしは天才か」

「褒められるほどのことじゃないけどな」

「そうと決まれば書いてみるのじゃ。でも、まずは飯じゃ、飯。早く食堂に来るといい」

 鼻歌混じりでよーこさんは部屋から出て行った。扉ではなく、壁をすり抜けて脱出したのは俺が寝ぼけていたせいだと信じたい。ブチャラティみたいな能力でも持っているのか。


 数日の間寝不足になりながらも、どうにかアップロードできそうな文量ができあがった。さっそく投稿してみよう。主人公が事故で死んで女神さまからチート能力を授かるまでだが、どんな反応が来るのか。いきなり書籍化のオファーが来ちゃったり。そうだとしたら、俺の才能が怖いぜ。連日の徹夜で頭がお花畑になっていたせいか、俺は一人でほくそ笑むのだった。


 だが、現実とは残酷である。学校から帰ってきて評価ポイントを確認したが、読者数、ボーナスポイントともに0点。一日寝かせてみても0点のままだった。なんだこれ。ロボコンでもたまに100点は取るぞ。

 ネット小説で高ポイントを取るコツを検索してみたが、どうやら恒常的に更新するのが重要らしい。冒頭を仕上げるだけでも四苦八苦したのに、絶え間なく投稿しなくてはならないのか。実感すると、瑞稀がいかにとんでもないことをしていたのか身に染みる。


 同時に、軽々しく高ポイントを取るなんて言っていた俺を恥じた。瑞稀はこんなしんどい思いをしながらも数万文字もの原稿を仕上げていたのか。それだけに、断絶したままの関係性が悔しかった。よし、明日きちんと謝ろう。決心を胸に抱き、俺は床へと着く。

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