浬と瑞稀、決別する
「最初からこうすりゃよかったんじゃね。小野塚さん、これを参考に描いてもらえないか」
俺が提示したのは食玩のおまけでついているガクドルズのコレクションカードだった。むしろ、食玩がおまけといえる。
「この少女を描けばいいのか」
「この少女じゃなくて花園華な」
「浬さん。まさかいつもガクドルズのカードを持ち歩いているのですか」
財布や携帯、そしてガクドルズのグッズは欠かさず携行するようにチェックするものだろ。
昼休みももうすぐ終わりそうなので、小野塚さんは猛スピードで描写していく。話しかけようとしても不可視のバリアに阻まれているかのようだ。摩擦熱で紙が燃え尽きないか心配だったが、チャイムが鳴ると同時にバンと作品を机の上に叩きつけた。
「短時間にたくさん描いて疲れた」
燃え尽きて真っ白になったボクサーみたいになっているが大丈夫か。午後の授業に支障が出ないといいが。
俺は彼女の力作を丁寧に手に取る。そして、「うおおおおおおおおおおおおお」と絶叫する。
「うるさいぞ、刑部。さっさと授業の準備をしろ」
と、英語教師のピカ太郎に叱られたが、興奮は冷めることはなかった。
俺の手中にあるノートの切れ端には完璧にトレースされた花園華が顕現していたからだ。
やはり、俺の目に狂いはなかった。小野塚輝夜。彼女はまともに絵を描かせれば相当な画力を誇っている。授業が始まってしまったので直接お礼が言えないのが残念だが、俺は授業中にこっそり「ありがと」と書いたメモを渡しておいた。すると、お返しにピカ太郎の似顔絵が送られてきたので、つい吹き出してしまった。その後、教科書の和訳をするように言いつけられ、構文の解釈ミスを徹底的に追及されたのは言うまでもない。
放課後に改めて瑞稀の小説のヒロインの特徴を伝え、小野塚さんから美少女イラストをゲットする運びとなった。また妙な改造を加えられる懸念があったが、意外にもまっとうな美少女が出来上がっていた。
「私が変な絵しか描けないと思ったら大間違い。本気になればこのくらい描ける」
伸びない鼻を一生懸命に伸ばそうとしている。本当に伸びたらピノキオ理論で嘘つきになるから伸ばさないでよろしい。
切り札を手に入れたところで、さっそく小説へと添付しようとする。紙のイラストをネット上にあげるのに四苦八苦したが、そこはググってどうにかなった。そして、ついに公開の時を迎える。しかし、なぜだか瑞稀が浮かない顔をしていた。そのせいで、「実行しますか」の問いかけに「はい」と答えるのを躊躇してしまう。
「どうしたんだ、瑞稀。この絵があればもっとアクセス数を稼げる。丸山に勝つことだってできるかもしれないんだぞ」
「そうかもしれないですが、本当にこれでいいんでしょうか」
思いもよらぬ問いかけに俺はマウスから手を離す。瑞稀は伏し目がちになりながらもポツリと語りだした。
「小説に挿絵を入れること自体は悪く言うつもりはありません。ライトノベルだと当たり前のようにやっていることですから。でも、小説のポイントを稼ぎたい。それだけのために絵を入れるのは何か違う気がするんです」
「商業誌だって絵を入れているのは手に取ってもらいやすくするためだろ。なら、俺たちが真似しちゃダメな道理は無いじゃないか。それに、こうでもしないとあいつに勝てないんだよ」
むきになって大声を出してしまった。でも、間違ったことは言っていないはずだぞ。証拠に瑞稀は反論できていないじゃないか。
でも、彼女はずっと押し黙りながらも俺から視線を逸らそうとしない。スカートのすそを強く握りしめており皺が出来ていた。
「同じじゃないですか」
唐突に吐き出された言葉。囁き程度の音量しかないはずなのに、俺は息が詰まりそうになる。
「丸山先輩と同じじゃないですか。小説は勝ち負けだけがすべてじゃないはずです」
その時、何かが吹っ切れた。人の中にはどうにも馬が合いそうにない奴がいる。深くつながってみれば印象は違ってくるかもしれないが、第一印象でどうにも苦手だと思う奴がいるのも確かだ。俺にとってそいつは丸山だった。あの達観した物言いは想起するだけで腹が立つ。
俺がそいつと同一だって。俺は机の上を拳で叩く。大量の紙束が空を舞った。びっしりと筆跡があり、塵芥ではないことは明白だ。でも、俺にとってはどうでもよかった。
「もういい! 小説の手助けをする件だって最低限の責務は果たしたんだ。あとはどうなろうと知ったことじゃない」
胸の中の邪悪な物を吐き出すように、俺は机を激しく叩く。あまりの勢いに手のひらが痺れてきた。顔をしかめ、じっと拳を握る。
だが、自然と指先から力が抜けていった。それは、しゃくり声が耳朶を撃ったことに他ならない。儚げな存在だった彼女が体を丸め、更に小さくなっている。とめどなく零れる涙。
やってしまった。己の過ちを悟った時には遅かった。どうにか弁明の言葉を述べなくては。しかし、俺のあがきを粉砕するかのように、
「出てって、ください」
目をはらした瑞稀の訴えがとどめを刺した。俺はおとなしく従うほかなかった。
最低だ。あまりに最低だ。思えば今回ばかりじゃない。俺は瑞稀に頼りっぱなしだったじゃないか。いや、頼るなんておこがましい。利用していたんだ。彼女ならこのくらいやっても平気だろうとかこつけて、俺の目的のために利用してしまっていたんだ。
後悔先に立たずとはよく言ったもので、再度扉を開けようとしてもガチリと鍵がかかっていた。ラインで「ごめん、言い過ぎた」と入れてみても既読スルーされる始末。
まさに八方ふさがりだった。こんな時にどうすればいいか。俺は部屋に駆け戻り、むさぼるように漫画やラノベを読み漁った。でも、一向に答えを導き出すことはできない。眠ればすべてが変わっているのかな。浅はかな期待を抱き、本が散らかったまま俺は夢の中へと逃げ込むのだった。




