小野塚、脱ぎます
「なあああおおおお」
子猫の悲鳴と俺の悲鳴がもろ被りした。おまけに、顔面に猫が張り付いている。ああ、目がぁ、目がぁ見えねえ。
「ダメ、ひニャル源氏。タイミングが早い」
紫式部が書いた小説の主人公っぽい名前の猫に追随するように、どこかで聞いた声が響いた。学校の二階ぐらいの高さから落下してきたにも関わらず平然としている。そんな人間がいるはずは……。
いるな。アホ毛を揺らし、ネコミミと猫尻尾をひくつかせている眠たげな眼付きの少女。地球の未来にご奉仕するニャンのポーズをとり、
「天源荘の小野塚さん、ただいま参上」
勝手に名乗ってきた。
「小野塚さん。どうしてここにいるんだ」
「よーこさんに呼ばれた。肝試しするから協力してほしいって」
指を鳴らすと、続々と猫が飛び降りてくる。夜の雑木林に猫の集団が集結すると地味に怖いからやめてほしい。そして、パラダイス銀河を歌っていそうな子猫はいつまで俺の顔に張り付いているのだろうか。
「ひニャル源氏君は浬に懐いたらしい。よしよしの意味で可愛がってくれ」
「陽湖荘はペット禁止のはずだが」
「むう、そうか。どのみちダメみたいだ。父親の清少ニャ言が『お前に娘はやらん』って言っている」
「こいつメスなのかよ」
清少納言の代表作は枕草子であり、源氏物語とはなんら関係ないはずだが。
できれば子猫といつまでも戯れていたいが、俺たちには肝試しという目的がある。とりあえず、とっとと疑問点を解決しておかなくてはならない。
「こっちに来ていたのなら、もっと早く顔を出してくれればいいのに」
「肝試しの時にサプライズ登場してほしいと頼まれた。私だって本来なら遊びたかった」
不満そうにほほを膨らませると、おもむろに来ていた服を脱ぎ捨てた。いきなりストリップするなよ。つい凝視してしまったではないか。美琴が慌てて俺の前に立ちふさがろうとしている。
ただ、美琴の気遣いは不要だった。安心してください、着ていますよ。洋服を脱ぎ捨てた下は水着だったのだ。それも、ただの水着ではない。胸にひらがなで「おのづか」と刺繍が入ったスクール水着である。
「海では遊べなかったけど、浬の脳内に私の水着姿をきざみこ、っくしゅん」
「風邪引くからさっさと服を着ろ」
夜中にいきなり水着になればくしゃみをするのも当たり前だ。しっかり着こんでいても冷えるからな。促されてしぶしぶ洋服を着ていた。
「それにしても、重井沢なんて秘境によく来たわね」
「全力で走れば訳はない」
軽々しく言ってくれるが、車でも三時間近くかかっているんだぞ。盛岡から陽湖荘まで瞬間移動してきた妖怪がいるから不可能ではないと思うけどさ。
「ここまでやってきた労力がやっと報われた。一番目の組は私を無視していったし、その次は露骨に陰陽術をちらつかせているから出ていけなかった」
ぶつくさ文句を言いながら地面を蹴っている。肝試しをしていて祓われたら洒落にならないもんな。
「小野塚さんだっけ。あなたは嗅覚で妖力が分かるのよね。遥ってどのくらいの強さなの」
美琴が興味津々で尋ねる。輝夜は「うーん」と唸っていたが、やがて人差し指を突き出した。
「瑞稀と一緒にいた子でしょ。多分、『元号が変わってるぞ』って叫んでいた鬼ぐらいの強さ」
「ごめん、全然参考にならない」
美琴よ、殊勝に謝らなくてもいいぞ。物語の序盤に出て来た敵だからそんなに強くないってことになるが。
井戸端会議をしていると、輝夜と同行していた子猫が「みゃあみゃあ」訴えかけていた。輝夜は喉を撫でてやると、一飛びで木の枝に乗り移る。相変わらず規格外の跳躍力だ。
「ひニャル源氏がお魚食べたいって言っている。これから海に一狩りしに行くからしばしお別れだ」
モンスターをハンターするゲームのノリで輝夜は海へと繰り出していく。無人島生活している濱口優みたいなことをしでかすつもりだろうか。
よもや、肝試しのためだけに本物の妖怪を呼び寄せるとは予想外だった。この先もとんでもない伏兵が潜んでいるに違いない。吹き抜ける風がひときわ冷たく身に染みた。
否応なしに俺と美琴は身を寄せ合って進んでいく。時折触れる腕が温かい。隣をチラ見すると、強張っている顔が映った。微妙に睨まれているのは俺の過信だろうか。
そろそろ祠に着いてもいいはずだが、それらしきものはまだ現れない。それどころか、現れてほしくない奴が飛び出してきた。
五色の小鬼だ。対面して早々、思い思いにポーズを決めている。ニチアサだったら背後で爆発が巻き起こるところだ。
「こいつら、どっかで見たことあるけど、またよーこさんが呼び寄せた奴かな」
出現の仕方が単純すぎたために驚くことはなかった。現実世界でゴブリンみたいなのが五体も現れて平然としていられるって、俺も感覚が変になったのか。
小鬼たちは口々に喚いているが、鬼の言葉なんて分かるはずはない。バイリンガルじゃなくてオニリンガルが欲しいところだ。
「美琴。こいつらと知り合いだったりする」
「そんなわけないでしょ。騎士竜戦隊と同じ色の鬼なんて初めて見たわよ」
赤と青とピンクと黒と緑って戦隊にしては珍しい色合いだよな。鬼として考えるとピンクの鬼がいることの方が珍しいか。ピンクの鬼という字面だけだとなんかエロいけど、実物は肌の色が不自然でぶっちゃけキッショイ、キッショイ。
しかし、戦隊ヒーローみたいな色の鬼か。ますますどっかで見たことがあるぞ。俺たちが悠長に考察しているのに痺れを切らしたか、鬼たちは奇声を発しながらポーズを取る。
対して、美琴は静かに護符をちらつかせた。鬼たちはわめいている。可哀そうだからやめてあげてください。
鬼たちが恐慌していては話にならないので、美琴は護符をしまう。ひっこめたところで、相手は「ぐぎゃー」としか発声できない。どのみち、対話は無理だったな。
「どうする、美琴。この鬼たちは放置できないよな」
「やっぱり、祓う?」
不穏な相談事をしていると、赤鬼が近寄って来た。戦隊のルールに則り、やはり君がリーダーなのか。
差し出されたのは手紙のようだった。羊皮紙に万年筆で達筆な文字が記されている。えっと、差出人は。
「葛葉、だと」
意外過ぎる人物名が飛び込んできて、俺は目を丸くした。人物、といっていいのかどうか。




