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八子先生、拒絶される

「うるせえな。近所迷惑だろ」

 扉越しからくぐもった声が聞こえた。男性の声であることは間違いないうえ、俺たち三人は誰一人として発言していない。ならば、発話者は自ずと絞られる。

「牟田先生、お久しぶりなのだ」

「んな!? その声は」

 姿は確認できないが、焦燥していることは伝わってくる。一方、八子先生は尻尾が生えていたらぶん回している勢いで扉にかじりついていた。


 板戸一枚を隔てた向こうに牟田先生がいる。彼のファンというわけではないが、ここのところずっと追い求めてきたのだ。自然と胸が高鳴ってしまう。

「全然連絡がないから心配したのだ。電話にも出ないし。ちゃんと生きてるか」

 失礼すぎることをぶつけてはいるが、扉を押し倒さんとしている態度を前にすると、決して冗談ではないことが分かる。ボロ扉を隔てて大騒ぎされては無視できないだろう。


 しかし、当人からの返答は至って冷淡だった。

「帰ってくれ」

 八子先生の喧騒とは真逆で、静かで突き刺すような一撃。扉に寄りかからないと聞き取れないぐらいなのに、八子先生はぴたりと停止してしまった。


「今更何をしに来たんだ。人気作家様が嫌味でやってきたのか」

「そんなんじゃないのだ。うちは先生を心配して……」

「てめえに心配される義理はねえんだよ!」

 突然の恫喝にドアから後ずさる。

「いきなりやってきて大騒ぎしやがって。迷惑を考えろ」

 猛り狂った大声。確かに、一方的に騒ぎ立てたこちらに非はある。文句の一つもぶつけたくなるのは尤もだ。


 でも、八子先生が心配しているのも嘘ではない。せっかくの盟友が訪ねてきたのだから、顔ぐらい覗かせてもいいはずだ。

 そんな期待を抱いたのだが、すぐに木っ端みじんに打ち砕かれることになる。息苦しい沈黙が続いたのち、牟田先生はポツリと呟いたのだ。

「漫画なんて、クソみたいなもん描いているやつに用事はねえよ」


 ダン! 重機がぶつかったとしか表現できない勢いで拳が打ち付けられる。それも、先ほどまで叩いていたのと逆の手だ。一撃で扉が破砕される。なんて膂力が発揮されるわけはなく、ぶつけた威力はそのまま発動者へと反射された。

 ついと、八子先生のほほから雫が流れた。物理的に打撃を受けたのは間違いない。だが、それ以上のダメージを胸の内に与えられたというのは想像に難くない。触れてはならぬところを抉られ、彼女は震えるしかなかった。


「先生が。先生がそんなこと言うとは思わなかったのだ」

「てめえのその気持ち悪いしゃべり方も相変わらずだな。とっとと失せろ。話すことなどねえ!」

 追い打ちを受け、八子先生は踵を返して駆けだす。呼び止めようと声を張り上げるが、「ついてこないで!」と、大声で拒絶された。

「しばらく、ひとりにしてほしいの」

 どこか惚けたところがある口調とは一転。そよ風でなびく弱弱しい声音だった。


 予想以上に速い駆け足で、八子先生はどこかへと走り去っていく。勢いで肩にかけていたポーチが大きく翻る。圧巻された俺たちは誰も動き出すことができなかった。当然のことながら彼女を追跡するなんて芸当はできず、完全に見失ってしまう。


 引率者を失い、途方に暮れる俺たち。スマホの地図のアプリを使えば駅までの帰り道を調べることができる。だから、迷子になる心配はない。だが、道に迷うという物理的な意味での迷子よりも数倍に厄介な迷子に悩まされる羽目になってしまった。


 もちろん、俺たちにも反省すべき点はある。電話に応じなかったとはいえ、事前の了承を得ずに突撃してしまったのだ。今どき、ドッキリバラエティでもこの手のシチュエーションには配慮するというのに、あまりにも無遠慮だった。


 だが、牟田先生の反応も許されるべきではない。八子先生はふざけてはいるものの、漫画に対しては真剣だ。そんな彼女に対して、漫画を貶める発言をしたのだ。彼女の取り乱し具合からして、相当なショックを受けたことは違いない。


 どうにか八子先生を探し出して慰める。そうしたかったが、彼女にどう言葉をかければいいのか。そもそも、一瞬で所在不明になってしまったので、発見するだけでも骨が折れそうだ。

 加えて、扉の向こうにいる先生も放置しておけない。元々はこいつに用があったわけだし、あんな傲慢な態度を取ったのだ。文句の一つもぶつけてやらないと八子先生が浮かばれない。


 方針が定まらないため、人の家の前でたむろすることとなってしまった。どうすべきか小声で相談を始める。

 すると、開かずの扉がいきなり開かれた。突然の出来事に慌てふためき、瑞稀と小野塚さんが衝突事故を起こしていた。反動で小野塚さんの頭が俺の胸に飛び込んできたのだが、俺の視線は扉へと釘付けになった。

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