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9.歌の脅威は知っている

バッセルは黙って様子を見つめていた。どこかがおかしい、と思いながら考える。力の暴走がとか言っているのだが、皇后陛下の持ち物をわざわざ貰って来て、アッフェル・フォルトに渡すのは、まるで、求婚しているようにも見える、と思った。


でも、急いで、内密に用意するには、近くにあるものを持ってくるのが一番簡単だから、だから、と思って銀の小箱を眺めた。そう言うには、あまりに高価なネックレスだったような気がした。そして、王ならいくらでも素早く高価で立派なネックレスを造れるんじゃないだろうかとも思った。


アッフェル・フォルトは、銀の小箱を半目で見下ろしながら、

「皇太后陛下へは、私の母親の事はもう気になさらずに、とお伝えいただきたい。歌姫だった母を森の奥へ追いやって、狂気の縁に追いやったのは皇太后陛下のせいではないのだから。先代の寵妃の行為だから。今、こうして、監察者をさせて頂いているだけで十分ありがたく思っています、とお伝えしてくれ。妖精王が私の父だと言う噂まで作って、私の異端な力を正当化して下さっているのだから、その気持ちだけで十分です、と。所詮は、ここで歌姫をしようとした母が間違っていたのだから。誰も悔いることは無い。消えたのは偶然で、帰って来ないのは、母の意思だ。誰の責任でもないんだから」

と最後はつぶやくような声になっていた。


アルヘルストは探るようにアッフェル・フォルトの顔を見る。アッフェル・フォルトはめったに見せない自然な微笑を浮かべ、

「私は歌姫の歌を聞いて育ったのでね、歌の脅威は知っている。このたびの歌姫の密輸の脅威も、そして、その歌姫の歌を聞いてみたいと思う王弟殿下の気持ちも分かる。実際、歌を歌う才能があれば、私も森の奥へ狂いながら歌って消えて行ったかもしれない。だから、誰も、気にすることは無いのだと。たとえ、当時の王の后の一人が、遊び半分に歌姫狩りをしたのだとしても」

そう言ってアルヘルストを見た。アッフェル・フォルトの目は穏やかだった。


何かが過ぎてしまって、悲しいことも、辛いことも、そして、怒りに我を忘れた時の事も、全てが遠い過去の事、となってしまったように見えた。そして、アルヘルストが押さえている銀の小箱を見下ろしながら、

「もし、今の陛下が后をもらったなら、これをもらうよ」

と言って意地悪な顔で笑った。バッセルは、やっぱり恋人への贈り物のように見える、とアッフェル・フォルトでさえも思ったのだ、と納得した。と言うか、やっぱり誰だってそう思うさと考えた。しかし、アルヘルストは、

「あなたが后になったら、と言う事でございますね」

と言って笑った。アッフェル・フォルトは苦い顔をして、

「おい」

と言ったのだが、アルヘルストは、怖いほどにこやかな笑い顔を作って、銀の小箱を自分の方へ引き寄せた。そして、

「その御返答をいただけただけでも、ネックレスをお持ちしたかいがあったと言うもの」

「だから、私はそんな事は言っていない」

「でも、お受け取りにならないのですよね? 陛下がお后をお持ちでないから」

「だから、そんな意味ではなく」

「いいのですよ。王族の求愛と言うのは何かと難しいものです。大丈夫です。誰も気にはいたしません。なんと言っても、あなた様は妖精王の娘なのですから。気位が高くて当然でございます」

と言って、晴々しく笑った。厭味が入っていなかった。


バッセルは、考え込んだ。妖精王の娘、と言うのは、王家の人間が作った嘘だと目の前で言われている。が、そう言って、アッフェル・フォルトを王家と釣り合う家格の娘にしたいのは、それほど、王がアッフェル・フォルトをお好きだからなのだろうか? そんなに? と思いながら、そっとアッフェル・フォルトの後ろに立つ、シェルフォードを見た。


いったいどう思っているのだろう、と思っていると、背を伸ばし上品に立っている。無表情すぎる。いい加減退屈しているようにも見えた。バッセルは、気が抜けてしまった。アッフェル・フォルトは続けて話す。

「アルヘルスト殿。あまり変な事を王に吹き込むな」

「変な事? あなたの力は、我が国にとっては脅威です。そして、あなたにした事を思えば、あなたがいつ我が国を怨んで滅ぼそうとしても不思議ではない」

「なら、とっとと殺してしまえばいいじゃないか」

「そうして、本当に、妖精王の力が出てきてしまったら?」

と言って、アルヘルストは笑った。この笑いは、本物の笑いには見えなかった。バッセルには、どこか恐怖が混ざっているように見えた。アッフェル・フォルトはため息をついた。

「あんな癇癪はもう二度と起こさないさ。そんな感情はもう、どこにもないし」

「だと嬉しいのですが。しくじった時のリスクを思うと、誰もあなたを殺したいとは思いますまい」

「それは嬉しい。寝首を心配しなくていいんだからさ」

「本当に、そう心配しておられるようなら、暗殺者を出せるのですがね。シェルフォード殿を背後に立たせ、そこまで無防備で居られるとは。あの、陛下のねつ造した妖精王の娘、と言う噂が、実は本当だったのではないかと思ってしまうほどですよ。そこまで、不安なく自信に満ちているのは、妖精王の娘だからだろう、とね」

「かもね」

とアッフェル・フォルトは面倒くさそうに言った。言ってから、

「生まれる前の事は知らないよ。父親が誰かなんて分かるもんか。そっちが調べるだけ調べたんなら、本当の事をは分かっているだろうに」

と言ってから、にやりとした。


「ま、皇太后の怒りを買うような、つまりは、前王の隠し子じゃないってことは確かだね」

と言って、銀のネックレスの入った箱をちらりと見た。さすがに、兄弟に求婚はしないだろう、と言う意味だった。つまり、じゃなきゃ、求愛めいたネックレスを皇太后から貰って来れないだろう、と言うことらしい。アッフェル・フォルトは、一呼吸置くと、姿勢をただした。まるで、今の今まで戯れていたんだ、とでも言うように、椅子の背から背中を反して、脚を戻した。ぴんと背筋を伸ばして座ると、

「ところで、歌姫の話しだが、もう少し、詳細を聞かせてもらおうか」

と言ったのだった。


これを聞いて、アッフェル・フォルトの後ろに立っていたシェルフォードも、マントを払い、腰の剣を横によけながら、アッフェル・フォルトの横の椅子に腰かけた。アルヘルストも、銀の小箱の話しはすっかり忘れたかのように、短く頷く。


つまり、密輸の詳細の方が、ネックレスや、アッフェル・フォルトの力や出自うんぬんよりもずっと重要だったのだと、バッセルは気がついた。つまり、これは、たぶん。いつもの王家とのやりとりで、アッフェル・フォルトはこのやり取りが面倒くさいから、王家の遣いと聞いて、監察者の館に戻りたがらなかったんだと気がついた。アッフェル・フォルトの不遜な態度も、シェルフォードのなめらかな説明も。いつものことなのかもしれない。


 バッセルは、ほっとして、自分用に作ったお茶に手を伸ばした。ストーブの脇に立って。脇に挟んでいた盆を壁の盆立て差し込むと、ほっとしながら一口すすった。と、アッフェル・フォルトが、

「何やってるんだ、バッセル! こっちに来て話しを聞かないか!」

と大声を上げた。バッセルは、驚いて、熱いお茶を唇にぶつけて顔をしかめた。自分は見習いと言う名の監察者なんだと思い出す。しまったと思い、慌ててテーブルへ行き、端の椅子に飛び乗るように腰掛けた。ぼんやりしていたと情けなく思う前に、興奮していた。これが自分の仕事なんだと、わくわくしていた。


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