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43.こちらを覗く人々だった

気が付くと、開いた柵の向こうで、明かりをこちらに向け、様子を窺うようにしている街の人々がいた。バッセルは、さっきの今で一歩下がる。怖かった。怒れる人々がいるような気がして身がまえた。しかし、不安な顔をしていたのは、こちらを覗く人々だった。

アッフェル・フォルトが、前へ出る。いつもの、人を食ったような微笑を口の端に浮かべて、目は生真面目に彼らを見ている。バッセルは、ああ、いつものアッフェル・フォルト様だ、と思った。そして、そこでやっと、気が付いた。アッフェル・フォルトは、あの狂気の人々を許したのだ。だからこそ、こうやって街を守る監察者になったんだ、と。

なんでだろう、と再びバッセルは考えだした。自分だったら許せない。許せたとしても、街の人々を護る仕事をしたいだなんて思わない。もし、あれが自分の母親だったら、姉だったら、従姉妹だったら、と思うと、とてもじゃないが、許せなかった。森に人を飛ばしたって、絶対に後悔なんかしない。それだけの報復を受けたんだ、としか思わない、と思った。

そして、ふと、「街の人々も行ってしまったんだ」、と言う途方に暮れたようなアッフェル・フォルトの声を思い出していた。戻って来なかった人々。子供を亡くして怒り、本当に狂ってしまった人々。そして、消えてしまった人々。それが、今も、アッフェル・フォルトの中にあり、償わなければ、と思っているのだとしたら? とバッセルは思った。大事な宝だから、と言ったアッフェル・フォルトの心は、償いたいから出た言葉だったら? 本当に大事な人は、あの時、光に包まれて消えてしまったから、もう何もないから、償う為だけに生きているのだとしたら? バッセルに、厳しい声で「監察者だと思うなら人ごとだと思うな」、と叱咤する、アッフェル・フォルトの声を思いだしていた。アッフェル・フォルトが、真剣に償い続けているのだとしたら。と思うと、なんだか泣きたくなった。

信じなきゃ、とバッセルは心の中で呟いた。そして、信じられる、と言い直す。そして、ふと、シェルフォード様だって、きっと同じように思っている、と気がついた。あの、絶大な力があるアッフェル・フォルト様の脇で、王でさえ恐れる力があると知っていながら、のんびり脇に立っている。剣を手に、背後にアッフェル・フォルトを庇う位に、アッフェル・フォルトを信じている。バッセルは、両手を握って考えた。僕らは、アッフェル・フォルト様を信じているんだ。と思うと気分がすぅっと上向いた。

 バッセルが目をしばたたく。すると、柵の向こうへ踏み出したアッフェル・フォルトとシェルフォードがいた。バッセルは慌てて後を追う。アッフェル・フォルトが責任者の前に踏み出して、明かりの中に出るようにして答えた。

「私がアッフェル・フォルトだ。なんの騒ぎだ?」

と問いかけている。街の人々の明かりが揺れた。アッフェル・フォルトの声にホッとしたようだった。

「大きな音がしたような気がしたものですから」

「出水の音が聞こえたのか? 流水に巻き込まれた者はいなかったか?」

とアッフェル・フォルトは音の意味を掏り替えたようだった。が、人々は気にする風も無く、

「いえいえ、大丈夫です。ありがとうございます」

と楽しげに話しだす。

「出水の前には、区間の鐘が鳴り響き、柵の無い側溝近くの者は離れるように区員が声をかけて回っておりました。被害にあったと言う話は、私共の下にはございません」

「そうか。それは良かった。しかし、よく鐘の音だけで分かったな」

「監察者のみなさまがこれほど街中に散っていればこそ。いち早く、危険に気づいて、王都全域に指示を出されたではありませんか」

と言って笑った。アッフェル・フォルトは頷いている。バッセルは、司令所の指示だったんだと気がついた。

熱心に話掛けるランタンの男は、夢中で話しているだけで、ここにいるアッフェル・フォルトも単なる見回りだとしか思っていないようだった。バッセルが周囲を見回すと、空っ風が吹いていた。大通りには、音に驚いて出て来た人々が増え、いつの間にか小さな賑わいになっていた。アッフェル・フォルトが、あの先ほどのイメージの群衆を見たときとはまるで違った穏やかな視線を彼らに向けている。そして、

「今日は祭りの準備で忙しかっただろう。戻って休んでくれ。私達は見回りを続けるだけだから」

と言うと、彼らは笑った。

「いえいえ。これからが準備の本番です。寝る間も惜しんで働くもんです」

と一人が言うと、後ろの一人が、声を上げ、

「ええ。まったく。祭りと言えば、もんちゃくがあるもんですが。今年だって、抜かりなく準備してみせまさぁね。最後の追い込みに入ってしまえばこっちのもんで」

と言う者もいれば、ため息交じりに、

「仕入れが難しくなってて最後までかけずり回っている者を居りますよ。買えるだけ買って、祭りに備えている者ばかりですから。もう、品を買うのは無理だと思うんですけどねぇ」

と言い、アッフェル・フォルトは聞きながら頷いた。そして、

「そして、7日7晩、祭りの間、寝むりもせずに飲み明かすのか?」

と生真面目な声を出すと、

「そうそう。それで、その後3日3晩、眠倒すんでさ」

と掛けあいのような感じで言い返し、どっと笑った。祭りの間の挨拶だった。


 シェルフォードが、明かりの輪から外れて、群衆を見るような、監察するような目で眺めていた。バッセルは、それに気づいた。バッセルは、アッフェル・フォルトから離れることも人を避けて動く事もできなくて、なんだろう、と人々に目をやった。そして、ふと、奇妙な事に気がついた。

商店街へ向かう人々が見えた。帰るのではない。貴族のような長いローブをひるがえしている者に、重たげな髪飾りを飾っている女性もいた。なぜ歩いているのだろう、馬車はどうしたのだろう、と思うような身分の人だ。大商人のような男もいた。大通りの向こうに、店の男達と戻る姿が見えた。店の男達と、大通りから出て来たばかりのように見えたのに戻っていく。また、彼らの後ろには、踊子のような姿の少女達もいれば、野菜売りの手伝いをしているような前掛けの少年達もいた。朝早い者も、今は仕事で忙しいはずの者も、夜の商店街へと向かって行く。妙にばらばらで、みんな、商店街の大通りへと消えて行く。バッセルは小声で、笑いに湧いている人々の間を縫って、アッフェル・フォルトへ、

「何か大通りであったのでしょうか?」

とささやいた。アッフェル・フォルトは、ああ、と言うように首を振って頷いて、

「どこかで誰かが物語を読んだんだ。これほど、大勢の能力者が街に散っている事はないからな。何かが動き出している」

と酷く冷静な声が返った。

 バッセルは表情を必死で消して、アッフェル・フォルトを見上げていると、アッフェル・フォルトは穏やかな視線のまま、遠くに見える商店街の入り口を見ていた。バッセルも同じように見てから公園を見る。商店街の向こうの、あの建物群の向こうに、中央区の広場があった。昼まで寝ていた派出所のある広場で、あの広場を見下ろす建物には、王弟殿下の館もあった。今朝、派出所に現れたと言う王弟殿下は、あの建物にいたはずだ、とバッセルは遠く建物群を見ながら思った。見下ろしていたからこそ、アッフェル・フォルトに気がついた、とも思う。そして、そこには歌姫がいる。

バッセルが、顔を上げると、暗く影のような建物の窓に小さな明かりが次から次へと灯りだした。大通りの街灯も、通りをさざめき歩く人々の頭上で、街灯から街灯につり下げられた赤い祭りのランタンにまで、明かりが次々に灯って行った。

「明るいですね」

アッフェル・フォルトが声は穏やかに、目つきも穏やかに、ただ、横に居るバッセルの産毛が逆立つような気配を漂わせ、ランタンを持つ男に言った。すると、男は頷いて、

「ええ、それが、王弟殿下のお戯れで、これから珍しい歌姫が見れると言うのですよ」

と言うのだった。笑っていた。アッフェル・フォルトが笑いを合わせながら、

「この国で歌姫は犯罪でしょう」

と言うと、男は笑って首を左右に振って、

「まあ、まあ、銀の監察者殿。あの王弟殿下の事ですから。みなを集めて何かなさりたいだけですよ。我らはそれに乗ってさしあげなければ」

と言ってくすくす笑う。

バッセルには異様に見えた。歌姫を取り巻く、先ほどの狂った群衆を見た直後だったからかもしれない。歌姫と聞いて、後ろめたさや、何が起こるか分からないと言う恐怖が全くなっていた。監察者が目の前にいるのに、聞きに出て来たと平気で告げるのは普通じゃなかった。


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