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32.祭りの邪魔になってはいけないから

アッフェル・フォルトは、建物の玄関の石段を下りて広場に出た。そこここに絨毯が敷かれる事になるのだが、まだ、用意されているだけで広場の中央台座の脇に丸めて積み上げられていた。


アッフェル・フォルトはポールだけのテントの脇を抜けて、通行止めで苛立っている馬車の御者たちの脇を抜けて、ぞろぞろと一同を連れながら、建物の屋根から屋根に布を張って、通りに屋根を作った、脇道へと入って行った。靴屋の磨き屋があると言う、革通りだった。


通りの両側では、板の台に、金物やなめし革が所狭しと並んでいる。馬の手綱もあれば、フイゴもあって、革だけではなく革製品も売られている。祭り前に用事を済ませてしまおうと言う人々で賑わっていて、人と人との間をすり抜けるようにしか通れない。靴磨きのシッは、案内しなきゃと思ったのか、みんなの前に立って、人々の間を泳ぐように歩き出した。


アッフェル・フォルトはその後を、周りを興味深そうに眺めながら歩いて行く。あまり、歩いた事が無い通りなのだろうか、とバッセルは思いながら付いて行く。


どこにでも出向く監察者だが、普通の監察者は、鎮静者が押さえても無理だった場所へしか出向かない。人払いされているような危険地帯や、危機の事象が始まっている場所か、人ごみとは無縁の立場の人々だった。とはいえ、毎日、勝手に街をうろつくアッフェル・フォルトには当てはまらない。と、思いながらも、バッセルは、物珍しそうに通りを眺めた。


住んでいた田舎の街では、名士の家だったせいか、こう言った場所へは家人が出向くばかりで、自分で立ちよる事がない。時間があったら、あれこれ見てみたいな、なんて事を考える。


ちょうど通りの中ほどでの事だった。通りは、天上に明るい布がかけられ、布から光が差し込んでとても明るい。また、アッフェル・フォルトとシェルフォードは、背が高く、監察者のマントと赤と金の華やかな肩掛けのせいで、通りが明るいせいもあって目立っていた。


そして、その後ろにぞろぞろと街の人間がついて歩くせいで、さらに目だつ。おかげで、覗きこんで買い物をしていた者も、気になったらしく、こちらをちらちら眺め、露天商の男達は数人集まって立ち話をし始めたかと思ったら、一人が裏道へ走って消えた。


かと思うと、いつのまにと言うタイミングで、アッフェル・フォルトの前に、靴磨きのシッの前に、がっしりした肩の中背の男が道を塞ぐように立っていた。

「通り長!」

とシッが言うと、


「お越しいただいたのか」

と半信半疑というような声を出した。シッは頷きながら、

「祭りの邪魔になってはいけないからと、いらしてくだすったんです」

とはっきりした声で言うと、通り長は腰を落とすようにして深々と頭を下げた。

「申し訳ございません。わざわざ出向いていただけるとは、からきし思っていなかったものですから。お出迎えが遅くなってしまいまして」

と言った。アッフェル・フォルトは、その通り長を見て、

「溝が詰まっていると聞いた」

と言った。挨拶も前置きも無いのだが、通り長は、すぐに、忙しい方だからと思ったのか、片手を広げるようにして、

「あちらでございます」

と言って歩き出した。アッフェル・フォルトはその後を歩きながら、

「すごい人だな。いつもこうなのか?」

と言いながら、通り長に付いて歩く。通り長は、

「春になりましたし。まあ、祭り前なんで。ありがたい事です」

と周囲を、嬉しそうに目を細めて見渡しながら言う。アッフェル・フォルトは、

「総出で仕事か?」

「病も押して、全員でさ」

と通り長は笑い、ふと、改めてアッフェル・フォルトを見る。アッフェル・フォルトはその伺うような目に、

「家に籠って出てこない人間はいるか? または、ここに現れなくなった人間は」

「ここ数日って事で? まあ、いるっていやぁいますが」

と言った後、大声で、

「おい、バーシャを呼べ! すぐにだ!」

と叫んだ。アッフェル・フォルトは、建物を見上げ、

「この建物の中、全部に人がいるのか?」

と、まさか、全部を知っているとは思えないが、と言うような口調で言った。しかし、通り長はさらりと流して、

「へぇ、ほぼ全部に。便利ですし。と言っても、高い階には、うちの奴らばかりでさぁ。階段がきついんで。それに、下は下で、この辺を仕切っているやつらばかりで。裏通りって事で金持ちは入りたがらねぇ上、露店が煩いし、職人は人相が悪いのが多くて、家主は近寄ってもきませんさ」

と言って笑う。アッフェル・フォルトが頷くと、頭に格子柄の布を巻いた、背の高い男が音もなく現れた。目の前に来ると軽く腰をかがめて、待つ。通り長が、

「最近ここへ顔を出さなくなったやつぁ誰だ?」

と聞くと、ふいっと顔を上げて、

「ヘィサが実家に戻って、グロームが金持って逃げて消えて、アファのとこの孫が向こう通りに弟子入りして出て、マスんとこのかみさんがつわりが酷くって籠って出てきませんが、まあ、ときどき癇癪起こしてどなっちゃいますが。この間、腹を切ったボレは、さっき出てきたのを見ましたが、ジョッフォの孫は見てません。ロファは、さぼりですが、さっきかみさんががなりに行って、ドーが山向こうに革の買い出しにいって戻って来なくて、ヨセは隠居を決め込んだそうで、街壁外の隠居所でしょうか。それから、」

と、およそ、十五ほど言って、

「後は、どっかに居ますが、確認してきやしょうか」

と言った。通り長がアッフェル・フォルトの顔を見ると、アッフェル・フォルトは、

「ジョッフォの孫は、どこに?」

と聞くと、

「この間、ジョッフォの兄嫁が数塾に入れるって息まいていたんで、そっちかと」

「子供か」

「へぇ。五歳になるかと」

と説明する。アッフェル・フォルトがさらに、

「ドーはいつから買い出しに行っている?」

「一年前から、去年の春祭りの直後に買いだしに出て、それから戻って来てねぇでさ。どうも、向こうに女ができた見てぇで。こっちの女がヒステリー起こしちまってて。それが怖くて帰って来れねぇンじゃねぇかと」

「知らない人間が入れば分かるか?」

と聞くと、

「へぇ。売り子で潜り込んでれば。と言っても、素人に扱えるもんじゃないんで、たいていどこかの弟子になってまさ」

アッフェル・フォルトは頷いてから、

「記憶の確認をしてもいいか? 人を探しているんだ」

と言うと、男は一瞬顔をこわばらせた。通り長へ視線を泳がせ、通り長が頷くと、

「へぇ」

と言って両手を前で握って目をぐっとつぶって身構えた。心の隅々まで、監察者に覗かれる、と覚悟する。良いと言わなければ見られないし、侵食の危機を盾に、取り調べだからとでも言われなければ、区長の許可が無いんで止めてくれ、と断る事もできるのに、男は、息を吸って、

「どうぞ」

「終わったよ」

と二人の声が重なった。

はっと男が目を見開くと、アッフェル・フォルトは、

「ありがとう。忙しいのに悪かった」

とニコっと笑った。男は、細面のひょうひょうとした感じの、一筋縄ではいかないのが見て分かる男なのだが、一瞬、頬が上気した。何もかも見られた後に、このたわいない笑顔を向けられて、ちょっと胸を突かれたらしい。

「いえ。みっともない物をお見せして」

と顔を隠すように下を向いて頭を下げた。アッフェル・フォルトは何も言わずに、

「助かった。ありがとう。残念ながら、いなかった」

と言うと、傍で見ていた通り長は、

「申し訳ございません。あまりお役に立てなかったみてぇで」

とまるで、自分が何かをしたかのように、謝罪するようにこちらも深く腰をかがめた。不思議なほど、恐縮しているように見えた。


バッセルは、こうやって顔の広い人間に問いかけて内容の確認をする、と言う形でその人間の見て回ったイメージを覗き込んで回れば、街をただ歩き回るよりずっと広く調査ができる、と気が付いた。バッセルが見ていると、シェルフォードが、

「どうせ、そんなに掘り下げて見ていないんだろう。悟ったような顔で頷くな」

とアッフェル・フォルトに小言のような文句を言うと、アッフェル・フォルトはニヤッと笑って、

「監察者のイメージってものがあるし」

「そんなに簡単に何でも見れたら、警邏なんぞいらなくなるぞ」

と言い足した。


通り長は二人の会話を見上げるようにして聞いた。それから、何も言わずに頭を下げた。そして、監察者に心を覗かせた格子の布を頭に巻いた男に、

「もういいようだ。仕事へ戻れ」

と短く言った。通り長は、上っ面しか見ていない、と言う二人の会話を全く信じていないようだった。逆に、そうまでして黙っていてくれる、と感謝をしているようにも見えた。


バッセルは、その感謝はあながち外れていない、と思った。もし、これが普通の監察者なら、シェルフォードの言った通り、話に出て来た人々がいた場所を、イメージの断片として見るだけで、それ以上は見ないだろう。それ以上に詳しくイメージを読み取ろうとすると、もっと時間や集中力を使うはずだ。「へぇ」と言う許可を得てから、「どうぞ」と覚悟を決めるまでの瞬き程の時間で見れる物なんかほとんどなかった。


シェルフォードならもっと見れたかもしれないが、自分じゃ無理だ、とバッセルは考えた。それでも、見たのはアッフェル・フォルトだ。無駄話の最中に、何万といる王都中の人間の思考を拾って回れる人なのだから、何を見ても不思議じゃなかった。


通り長も銀の監察者の噂から色々思っていたのだろう。感謝を示しながらも、すぐに、自分の腹心と見える部下をそこから引き離してしまう。格子の布を巻いた男は、簡単に頷くと、監察者や周囲の人々に軽く会釈をして、人ごみに中に溶け込むようにして消えてしまった。


 アッフェル・フォルトはそれに気づいて、ひらひらっと手を振って見せた。人と人との間に紛れる前に、男は一瞬その姿を見て動きを止めて、軽く頭を下げて、一息で消えた。

「良いところだな」

とアッフェル・フォルトが言うと、通り長は、緊張した顔をしながらも、

「へい。いい商売をさせて頂いているんで、みんなまともなんですよ。挨拶できる奴らばかりでさ。ありがたい事です。ここは、露店と言っても屋根がありますからね。天候に関わらず商売をさせてもらえるんで、みんな余裕があるんでさ」

そう言ってから、上の屋根を軽く見て、さらに、

「そう言っても、客足は天候に左右されちまいますがね」

「雨の日は出歩きたがる人も少ない、と言うことか」

「雨の日に革物を買いたがる客はあまりいません」

と言った。通り長は緊張を解こうと硬い顔で笑って、あまりにぎこちないと自分で思ったのだろう。思わず苦笑をして、それから、もっと自然に、

「こっちでございます」

と言って、再び歩き出した。


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