27.我らを守る人々なんだ
真剣に脇で聞き入っていた区長は、そこまで聞いて顔を上げた。空が明るくなり始めていた。明るい空に星が見え、森の向こうが白みだしていた。
区長は自分の区民の方へ、玄関先に立つ仲間達の方へと歩いて行った。そして、用心するようにと話しだした。用意周到な侵入者がいる。目的が分からない侵入者で、危機を作り街を恐怖に陥れようとしている可能性がある。
安易に外に出てはいけない。そう語りながら、もしかしたら、妻を死ぬまで帰国させなかった国へ逆恨みしている男が犯人かもしれない、と言う言葉を飲みこんだ。
代わりに、監察者が巡回回数を増やしてくれるから、その間に外の用事を済ませればいい、と安心させ、巡回時間や間隔を後で連絡するから、連絡を取れるように互いの場所を分かるようにしておいてくれと頼む。
不安そうな仲間に大丈夫、と頷いて口の端に笑顔を作り、振り返って道端で立ち話する背の高い監察者達を見た。
銀色の髪が朝の光を受け、暗い道に光が灯っているように見えた。脇に立つ背の高い黒にも見える濃紺の髪の青年が、光と共に人を守ってくれる、そんな風に見えた。そして、小柄な茶色の髪の少年が、頭を片手でぐしゃっとかき回されて、嫌そうに手をどかす。それを見て、ほっとする。人の群れ。我らを守る人々なんだ、と感じた。
「で、区長。巡回の者達の休息場所をどこかに作って欲しいんですが」
と言う、ずうずうしいが現実的な女性の声に、区長ははっとして顔を上げた。ユルレシカのそばかすの散った顔を見る。しっかりした視線にどこかホッとする。
しかし、区長は引かないぞと言う顔を向けて交渉を始めた。自分達を守りつつ、監察者達の経費を、王都以上に区が持つ必要はないんだ、と言う決意を見せながら。
中央広場の脇に、監察者の派出所があった。石造りの建物の中で、入って右にある部屋だった。一般人が常駐して、監察者へ連絡をする場所で、監察者の館が街から借り受けていた。
入口近くに受付用のデスクがあって、奥には広場を見渡す窓がある。その窓際には、接客用のソファーがあり、今、そのソファーには、足を前に投げ出して、アッフェル・フォルトとバッセルが眠りこけていた。
ソファーと受付のデスクの間に、木の椅子があるのだが、ここには、シェルフォードが腰掛けて、人が受付の向こうの廊下を通るたびに目を開けて動きを追うのだが、こちらもたぶん、浅いようだが眠っていた。
徹夜をした三人は、監察者の館には返らず、バセロン・オーンと最初にあった封鎖をした場所へと出かけた。イメージの封印は紐の封鎖へと変えられ、検証者の一人が退屈そうに立ち番をしていた。三人が来ると、退屈まぎれになったのか喜んだのだが、住人は昨夜の侵食の危機を怖がって、友人や家族の家へと避難をしていると言う事だった。
バセロン・オーンが間借りしていた部屋に行くと、ベットが一つあるだけだった。机もなければ椅子もない。服や着替えが入った荷袋があるだけで、何も無かった。取りに戻った様子もなかった。封鎖があっては通れない。見張りに来てからは、出て行った人はいるが、入って来た人はいない、と立ち番の検証者は報告した。
中庭に出ると、アッフェル・フォルトやシェルフォードが、周囲を見ながら濃度を測っていたのだが、やはり何もないようだった。バッセルも同じように見まわして見た。
森の脇でも、城壁の傍でも、それなりにイメージの造る歪が濃度になって広がっていたのだが、ここには、そんな気配は微塵も無かった。明るい青空が見えるだけで、何にもない。バセロン・オーンはここに戻っても来ていないし、見せたくない何かをごまかす為にイメージを被せているわけでもない、と言うのが分かった。
「手掛かり無しか」
とアッフェル・フォルトが言った。がっかりしていると言うよりは、確認の為に立ちよった、と言う感じだった。
三人はその場を後にし、まずは、歌姫を探そう、と言う事になった。歌姫が誰かが分かれば、バセロン・オーンの目的が少しは絞り込めるだろう、と言う意味もあり、また、王弟の恋人の屋敷へ行って確かめればいいだけだから、簡単だと言う意味もあった。
ただ、途中で、アッフェル・フォルトが眠い、と騒ぎだして、近くの派出所の奥にもぐりこんだ。王弟殿下の恋人の屋敷は、この派出所のある中央広場の裏にあった。それほど遠くなかったのだが、日が昇って間もなくなので、いくらなんでも早すぎる、と言うことになったらしい。
とは言え、バッセルは、確かに、王弟殿下ともなると手続きが大変だからと思い、まずは犯罪者扱いしてはならないはずだから、銀の監察者が侵食の危機の後始末で見回りをしていると言って挨拶に行く事にして、と手順を考え始めた。
まずは、その挨拶をすると伝言を伝えに行かなきゃならないから、その間は、二人にここで待ってもらった方がいいから、と思ったりしたのだが、何かを手配をする前に、アッフェル・フォルトに半ば脅されるようにソファーに腰を下ろさせられた。
座った途端に欠伸が漏れた。昨夜は色々あったから、と欠伸と共に思ったのだが、アッフェル・フォルトが横に腰掛けたのも気がつかないほど素早く眠りに落ちてしまった。
従者が先に座って、さらに先に眠りこけてしまうとは、と起きてから後悔するのだが、後の事だった。脇に腰掛けたアッフェル・フォルトはと言えば、
「良いお目付役だ。これがいなければ、数日徹夜で歩き回るところだ」
と言って同じように欠伸をしながら呟いた。そして、シェルフォードへは、
「おまえも休めよ。じゃなきゃ、バッセルだけを連れて動くぞ」
と脅して、昨夜、瓦礫に埋まって危機にもっとも翻弄されたシェルフォードへくぎを刺すと、心地よさそうに寝息をたてだすのだった。
どうも、本当のところは、シェルフォードを休ませる為だったようなのだが、バッセルは眠りこんでいて分からなかった。ただ、アッフェル・フォルトの心地よく寝息を立てる様子からすると、本当は自分が眠りたかっただけかもしれない。
シェルフォードはと言うと、受付に座る監察者の館に雇われた受付担当の大柄な男に、
「こちらは気にしなくていい。何があっても起きないから大丈夫だ」
と言った。
言いながら椅子に腰掛け、すぐに、浅い呼吸に変わった。ただ、そう言った本人は、事あるごとに目を開けていたので、受付の男は気が気じゃなく、ほとんど音を立てないように座っているだけで、帳面の整理もままならなかったのだが、シェルフォードは気にも留めなかった。浅い呼吸は心地よい眠りとは程遠かったのだが、窓から差し込む日に映える横顔は、穏やかだった。
街は人であふれていた。昨日の侵食の危機が嘘のように、大通りには馬車が走り、回転交差点では勢いよく交通警邏の笛がなる。また、通り脇では立ち往生した荷車や、大樽を転がしながら行き詰って怒りの罵声をあげる男がいたりと、良くあるいつもの風景だった。
広場に面した大通りでは、歩道に面して庇を伸ばした喫茶が並び、歩道に出したテーブル席は人でいっぱいで賑やかだ。また、その向こう、向かいに建ち並ぶ巨大な石造りの商館では、小さく見えるが、人々の出入りが全然止まらない。
幾つもある入口に門番が立つ商館は、貨幣や先物取引のデスクが並ぶ大広間があり、怪しげな人やしゃれた衣装の人々であふれている。上階にある貴族や高級役人達の事務所や私室へも行き来ができて、王都ならではの活気があった。
そんな中、中央広場に面した石造りの壁と言う壁に、花籠や長いリボンが掛り始めた。春を前に、大陸中の人々が集まる春祭りが、すぐそこにまでやってきていた。
監察者の派出所の受付でも、ひっきりなしに人が訪れていた。
「で、あの、紐はいつ外せるんでしょう? 春祭りまでの一週間は、今年一番の掻き入れ時なんですよ。それが、あのせいで、誰もうちの店に来ないです。 酷い話でしょう!! いったいいつ外せるんです? それだけでも教えて下さいよ!」
さっぱりしたストライプのシャツに、しゃれた長い黒い前掛けをした男だった。食堂の男らしい。と、その脇にいた、大柄の女性がほっそりした食堂の男を押しのけるようにして、
「あんたは外へ出てこれるからいいじゃないか。あたしのとこのお嬢さんは、昨日の昼に、物語の侵食を受けたからって、外へ出るなって言われてるんですよ。あれはいつ解除してもらえるんです? この春祭りに、今、レースを探さなくていつ探せるんですか! すぐにも無くなっちまうって、朝からヒステリーが酷くって、それはそれはお可哀そうなんですよ! いつです?! 外へ出れるのは、いったいいつなんですか!」
と、受付のデスクに乗り出すようにして声を上げる。
奥に座るシェルフォードは、チラリを目を開けたのだが、害はない、と思ったのかすぐに目を閉じてしまう。アッフェル・フォルトとバッセルは軽く鼻息が響くほど気持ち良さそうに眠りこんでいる。と、受付に座る男は、必死の声で、声を殺しながら、
「監察者の方が見回りに行かれます。そうしたら、そこでもう一度お尋ねください。ここでは、分からないので。お話しがあった事をちゃんと伝えておきますから。まずは、名前と住所を教えてください」
「何言ってんだい。そこの監察者様に聞きゃいいじゃないか」
と大柄の女性が声を殺して言った。さすがに、怒鳴りつける勇気はなかったようだ。食堂の細い男も小声で、しかし、必死さがにじみ出た声で、
「家は宿屋も兼ねているんです。今日、明日、泊まり客が来て泊まらなければ、春祭り中、誰も止まらなくなるんです。来たって、短期の客ばかりを掴むようになっちまう。今日か、明日が、正念場なんです。遠出の人が到着する、この数日が勝負なんです。なんとかしてもらえませんかね。後生です。この通り!」
と言って頭を何度も下げ始める。そして、ちらちらと、窓辺で眠こけるアッフェル・フォルトの顔を見る。有名な銀の髪と美貌で、心地よさそうに額の髪が寝息で揺れる。
受付の男は困惑に満ちた声で、
「あの方達は派出所の方じゃないんです。昨夜、お見回りに出ていた方達で、それで、仮眠を取られているだけで。この後、また、一日中、見て回られるようですから」
「そうかい、そうかい。あたしは、知ってるよ。あの有名なアッフェル・フォルト様じゃないか。だから、ちょっと起きて、さっと見てもらえば、すぐに分かっちまうだろう? あの方だったら簡単さね。それで、また、ここで仮眠をとってもらえばいいだけさ。ね? だからさ」
と声を潜める。受付の男はイライラして来たのか怒ったような顔になり、
「昨夜の危機は、あの方達のお陰で静まり返って、こうやって祭りの準備ができるようになったんだって聞いています。それを、叩き起こして、仕事をしてくれだなんて、わたしには言えません」
「仕事じゃないよ。ちょっと見てもらうだけさ」
「ダメですって」
「何言ってんだい。おまえさんが駄目って思っているだけで、聞いたら心地よくウンっていってくださるんじゃないのかい?」
「ダメなもんはだめです」
と言っていると、その脇をかすめるように、別の男がすり抜けた。受付の男ははっと顔を上げ、また、食堂の男も、声の太い女も顔を上げて、三人が三人とも黙り込む。




