24.何からイメージに捕まったのか
アッフェル・フォルトは彼らのそばを離れ、シェルフォード達の方へ戻る。植え込みの葉をむしりながら、シェルフォードの傍へ来ると、
「イメージに捕まった全ての被害者達に、きっかけを聞こう。始めになにを見たのか。何からイメージに捕まったのか」
と言うと、周囲を見た。
座り込んだ警邏隊の青年の傍らに鎮静者がしゃがみこんで声をかけていた。また、近隣に散った鎮静者達は、イメージの名残が無いか、長い紐の左右に散って、声を掛け合いながら見回っていた。森の境から奥の濃度を見たり、迷っている人間がいないか暗がりにランプをあてて探したり、納屋や庭の影を覗きこんで動けなくなった人や隠れている者がいないか見たりと、みな忙しく立ち働いていた。
アッフェル・フォルトはぐるりと見た後、ついっと視線を宙に飛ばした。しかし、すぐに、
「明日になるか」
と呟いた。司令所を見たらしい。
アッフェル・フォルトがざっと見ただけで、侵食のイメージから抜けきれない者達が三十人はいた。この人数の恐怖の世界を元に戻す為に、司令所では、それぞれの個人情報の収集に追われ、街中では、救い出した人間を次々と監察者の館へと搬送していた。
暴れる者、目を離すと自殺を試みようとする者と、さまざまで、長老たちの集まる中央塔へ運ばれると、老師や長老が、一人一人に手をかざし、深い癒しのイメージで包み込み、夢の無い眠りにつかせて行くのだった。
アッフェル・フォルトが、司令所に直接繋いだのだろう。バッセルが見上げている目の前で、一言二言、バイラム・フォッドに
「落ち着いている者は? 会話ができるような」
と聞き、無理だと言われたのか、首を横に振って断られたのか、
「そうか。だろうな」
とアッフェル・フォルトは言って、目をしばたたいた。そして、
「きっかけを聞くには、まだまだ、落ち着いていないらしい」
と誰に言うともなく言った。さらに、
「問いかけられると、始まりはなんだったかと考え出して、途端に、もとのイメージに捕まってしまうようだ。と言っても、思いに囚われるだけで、イメージを作るパワーは無い。軽度の人間にも、問いかけるのは危険すぎる、と言うのが、司令所や長老達の判断だ。悪化するかもしれないし、悪化した時に対応する人手も無いし、と言うのが本当のところだろう」
ありそうだと思ったのか、シェルフォードもそれを聞いて頷いている。
しかし、脇で聞いていたバッセルは、話しあう二人をチラリと見上げた。同じ被害者で有るはずなのに、全く、気にせず、話して歩いて仕事をし始めてシェルフォードを見る。すっかり後遺症まで解いてしまったアッフェル・フォルトがすごいのか、すぐに立ち直ってしまうシェルフォードがすごいのか。どちらだろう、と考えた。
アッフェル・フォルトは続けて、
「シェルフォードは、月、妖精、ショールに人影。ここでは、森に闇に妖精、で、ここでも妖精だ。確か、炎の宿屋では、二階の窓に映るランプの炎を見たから、と言う事だったと思うが。妖精を思いだして空を見上げて、二階の窓に目が行った、と言う可能性もなくはない。それだと、妖精を思いだすと異変が起こる、と言う事になる」
と首をかしげた。が、すぐに、
「妖精はバセロン・オーンのせいだった。妖精がきっかけなら、この術はバセロン・オーンが仕掛けたと言う事になる。それなら奴に聞けば、全てが分かる、かもしれない」
と言って苦い顔をした。逃したのが悔やまれる、と言う顔だった。
「それにしても王都中とは範囲が広い」
とシェルフォードが言うと、アッフェル・フォルトはニヤッと笑った。
「確かに広い。が、まあ、本物の妖精なら無くはない」
「あの妖精が侵食の危機を起こすのか? あれはイメージのように見えて本物だったと言うことか?」
シェルフォードの声は、どこか乾いた声だった。小馬鹿にした声を出そうとして失敗していた。本物の妖精に恐怖しているようにも見えた。が、アッフェル・フォルトは小馬鹿にした顔をした。こちらは本物の馬鹿にした顔だった。
「違う違う。本物のはずがあるか。あれは単なるイメージだ。だいたい、イメージの妖精だと言ったのはおまえだろう。実際、あの妖精は陽炎のようなもので、濃度があった。王都中に散らばる小さい姿に濃度が見えた」
と言った後、口を閉じた。シェルフォードがそうか、と言うような顔をした。
「バセロン・オーンは、あの中庭で妖精の物語を読んでいた」
「なのに、濃度は空中に広がった。庭にはなんの濃度もなかった。バッセルはあの庭で呟いた」
「光は全都に広がって、濃度も全都に広がっていた」
とシェルフォードが後を続けた。二人は顔を見合わせた。アッフェル・フォルトがシェルフォードの目を見ながら低い声で言った。
「夜空に濃度は全く無かった。王都中に異変があって、一か所止めると、つまりは、街壁の崩壊を元にも戻すと、森の獣の目が光り、全てが再び始まった。つまりは、全部が繋がっている。なのに、濃度は異変の場所のみ。昼と同じだ」
「どこかで、バセロン・オーンが物語を描き続けている、と言うことか」
「あらゆるところで侵食を起こすよりもありえる話だ」
とアッフェル・フォルトは言ってから、さらに低い声で言った。
「私の枷を外せる人間がいる」
「ありえない」
とシェルフォードが素早く返した。そして再度、
「妖精の力と見まごう程のおまえの力だ。おまえの枷を外せる人間はいない」
「しかし、物語が書かれている。実際に書いたんだ」
とアッフェル・フォルトが力強く言った。が、シェルフォードが、
「一気に書けるはずがない。何話書いたと思うんだ。何件の侵食が起こったと思っているんだ!」
「三十、八件。九件だ。三十三件で一件消して、二件増えた。それから、立て続けに四件起こった。そこで、全てがループした」
「新記録だな。それが立て続けなのか? 枷を掛けてから三時間だぞ。三時間で三十九件なら、一時間に十三話。五分で一話だ。そんな事できるものか。できると言うなら、おまえがそこで、文章を書いてみろ。老師ごめんなさい畑には二度と踏み込みません、って言う文を、五分でどれだけ書けるか書いてみろ」
「絶対、やだ」
と言って、ふっと笑った。なんだか照れくさそうな顔だった。そして、
「そうだよな。おまえの一家の話を書こうと思ったら、それだけで何時間掛るか分からない。火事の話も、橋が壊れた話も。どれもこれも、手が込んでいて、そう簡単には書けないだろう。中庭で美女と野獣の話を読んだが、あれだって、そんな短い話じゃなかった。それでも、イメージの一場面が出て来ただけだ。奴じゃない。奴が書いたのだとしても、あの短時間では書いていない」
そう言ってから、アッフェル・フォルトは、目を凝らした。バセロン・オーンに枷を掛ける前のどこかで、何か書いていたはずだ、と思い出そうと思考を凝らした。あの、小さな妖精を生みだしていた内庭でバセロン・オーンに宣誓させた。手を合わせた時に飛び込んできた、バセロン・オーンの過去を見ようと目を凝らす。宙を見て、視線が彷徨い、一点で止まってしまう。
シェルフォードは、気づいたように向きを変えた。その場を隠すように、身体を斜めに、周囲からの視線を遮るように向きを変えて立ち直す。




