第7話「誰もが思う“正しいこたえ”なんて・・・きっとない」(1)
美森は目を開いた。
(ここ・・・どこだろ・・)
美森の斜め前には、下へと続く階段が見える。
どうやらここは、建物の中らしい。
「――!!」
美森は隣に人が立っていることに気づき、心臓が飛び出る思いがした。
しかもその人は、レストの民の留維という人だ。
(・・・どうしてこんなところに・・)
美森は、恐怖で頭が一杯になった。
彼は、前に、春の民のパーツの海月のことをさらっていった人物だ。
そして、海月助けに来た美森と海咲は、留維と、彼と一緒にいた吏緒という人に殺されかけた。
(もしかして・・・ここ・・)
美森は思い出した。
今、美森が立っている場所は見覚えがある。
ここは間違いなく、海月が閉じ込められていた建物の中だ。
「入っていいぞ!」
美森と留維の立っている、すぐ隣のドアの中から、誰かの声がした。
美森はその声にビクリとする。
「いきますよ」
留維が美森のことを一瞥して、そう言った。
「!・・・」
美森は、その言葉にまたドキリとする。
・・・何故、留維は美森と普通に会話をするのだろう。
こんなのおかしい。
美森の心臓の鼓動が、早鐘のようになる。
留維はそのドアを開けると、中へ入っていった。
美森は迷った。
やっぱりここは、逃げるべきなのか。
(・・・でも、逃げたとしても・・)
何故、自分がここにいるのかが、まず分からない。
覚えているのは、あたりが暗くて、美森の近くに勇と帆風がいた、ということぐらいだ。
「早くしなさい。アカリ」
「!」
部屋の中から、留維の声が聞こえた。
(・・・アカリ?)
美森は、聞き覚えのない名前に戸惑った。
もしかして留維は、美森のことをアカリという人に間違えているのだろうか。それほどまで、アカリと美森の顔は似ているのだろうか・・・?
美森がそのまま戸惑っていると、部屋の中から留維が現れた。
そして、何のためらいもなく美森の腕を掴むと、部屋の中に力強く引き込んだ。
「!!」
美森は部屋の中の光景に、目を見開いた。
そこには、吏緒がいた。そして、吏緒に腕で首を押さえてけられて、もがいている少女は・・・そらだった。
しかも、そらの口は白い布のようなもので縛られている。
「手間をかけさせましたね。吏緒」
留維はそう言うと、片方の掌をそらへ突き出した。
それとほぼ同時に、そらの動きはぴたりと止まる。そして彼女は、吏緒の腕から離れ、床に仰向けに倒れた。
留維はその光景を見届けると、美森を見た。
「あの子を殺しなさい。それが“力”を使うのに必要なことなんですよ」
「!!?」
(・・・殺す!?)
留維は美森の手をとると、そこに留維のズボンのポケットに入っていた銃を握らせた。
美森の心臓の鼓動がより一層早くなる。
銃なんて持ったことない。それにそらのことを殺すなんて絶対に、ありえない。
「・・・・・殺す?」
美森は無意識のうちに呟いていた。
すると、そらの近くに立っていた吏緒が、大股でこちらに近づいてきた。
「そーだよ!!“力”を使うには仕方のないことなんだよ!」
(何のことを言ってるんだろ・・・?)
美森は汗ばんだ手で、銃を握って俯いた。
(いったいどうすればいいの・・・?)
すぐ近くには、留維と吏緒の顔がある。
恐ろしくて、顔を上げることさえできなかった。
「早くしなさい。アカリ」
「・・・!」
美森はその言葉を引き金とし、おそるおそる口を開く。
「・・・私は・・・美森です。・・・それに私は・・・そらちゃんを殺すことなんて・・出来ません・・・」
留維と吏緒の表情が、大きく動くのが分かった。
美森は、恐怖に耐えきれず、俯いたまま目を固く閉じた。
「うっ!!」
首に衝撃が走った瞬間、美森は勢いよく壁に押さえつけられた。それと同時に、銃は美森の手の中から床へと落ちる。
「・・・こいつ思い出したのか!?」
美森を押さえつけた吏緒は、低い声で言った。
「残念ながら、そのようですね」
留維は落ち着いた声だったが、その苛立ちに染まった瞳は、しっかりと美森のことをとらえている。
「・・・・っ・・」
美森は恐怖で、ガタガタ震えていた。
最悪の状況しか頭に浮かんでこない。
「あ~っ!どうすんだよ!!めんどくせーなぁ!・・・また、勇を使うか!?」
留維は吏緒の言葉に、少し考えるような仕草をした後、口を開いた。
「・・・・時間がかかりすぎるのは駄目ですよ。
それに、アカリでなくても美森に殺らせればいいのでは・・・?
衝撃的な場面を目にすると、記憶が飛ぶっていうのを聞いたことがありますよ。確証はないですがね」
「でも、パーツだぞ!?そんなんでいいのかよぉ?」
「・・・今のパーツがいなくなったら、また新しいパーツが生まれますよ・・・」
吏緒は、留維の言葉を聞くとその口元に不気味な笑みを浮かべた。
「まっ、いいか。どっちにしろ面白そうだしぃ」
吏緒は美森から手を離した。
美森は壁を伝うようにして、床に落ちる。
吏緒は、足元に落ちている銃を拾い上げた。そしてそれを、力強く美森の手に押しつけた。
「っ・・・!」
美森は強く拳を握って、それを拒んだ。
とても怖かったが、それが唯一、美森にできる抵抗だった。
(やだっ・・・そらちゃんを殺すなんて)
「オラー。手、ひらけよ!!」
「っ・・・」
美森は押し付けられている銃を拒んで、より一層、手に力を込めた。
「おい!留維。こいつの体、操れるか!?」
「・・・それは無理だと思いますが・・・これならできますよ」
留維は、美森に掌をむけた。
「!」
美森は、体の力が抜けていくのを感じた。
強く握っていたはずの掌も、たちまち、ゆっくりと開かれていく。
もう、美森は体が動かせなくなっていた。指の一本も動かせない。
「・・・めんどくせーけど、仕方ないか」
吏緒はそう呟くと、美森の隣にしゃがみ込んだ。そして、美森の無防備な手の中に、銃を滑り込ませる。
そして、吏緒は美森の人差し指を銃の引き金に誘導した。
美森の指が引き金にかかった。
「っ・・・!!やめて!!」
美森は、死に物狂いで叫んだ。
こんな恐ろしい光景なんて見たくない。
吏緒は、美森の言葉を軽く聞き流すと、美森の手に自分の手を重ねた。
直接、引き金には美森の指がかかっており、その上から吏緒の指がかかっている状態になった。
「おい!留維。パーツを持ってこい!」
「・・・はいはい」
留維は歩きながら、そう呟くと、そらを抱きかかえて、美森のところまで来た。
そして、留維は空の頭を、美森が握っている・・・否、握らされている銃に、一番近い床に寝かせるように持ってきた。
銃口のすぐ前には、空の頭がある。
「そらちゃん・・・逃げて・・」
美森は無理なこととは知りながらも、搾り出した声でそう言うことで精一杯だった。
そらはただ、苦痛そうに顔を歪める。そして、固く目を閉じた。
「やめて!!お願いだからっ!!」
美森は叫んだ。
次から次へと、涙が美森の頬を伝う。
「お前は引き金を引いて、パーツを殺すことになるな!」
吏緒の声はとても楽しそうだ。
留維も笑みを浮かべて、二人のことを見下ろしている。
吏緒の指に力が入った。
「やめろーーーー!!」
「!!!」
誰かが部屋に飛び込んできた。
そしてその人は、美森が握らされていた銃を、足で蹴り飛ばす。
銃は美森の手を離れ、勢いよく向こう側の壁にぶつかると、床に落下した。
「お前ら、こんなことを美森にやらせるなんて、本当に人間か!?」
彼=勇は、驚くほどの大声でそう叫んだ。
勇の息はあがっていた。
おそらく、ここまで走ってきたのだろう。
「・・・勇君・・」
美森は涙で潤んだ視界で、勇のことを見上げる。
「・・・美森!!思い出したのか!?」
勇は、驚きと喜びの表情でそう言った。
「あ~。いいところだったのによー」
吏緒は、立ち上がりながらそう言って、刺すような目つきで勇のことを見る。
「勇君はそこで見学してて下さいね」
留維は掌を勇に突き出した。
「危ないっ!」
美森は大声で叫んだ。
留維のあの技にかかったら、指の一本も動かせなくなってしまう。
「―――!!」
勇は素早く、掌を留維に向かって突き出した。
その瞬間、勇の掌と留維の掌の間の空間に、電気のようなものがはしった。
勇はその瞬間、留維と吏緒の間をすり抜けて、向かい側の壁に走る。そして、床に落ちていた銃を拾い上げると、それを留維に向かって構えた。
「動くな!!動いたら撃つからな!!!」
留維は突然のことに驚きを隠せないでいる。
「・・・俺はもう弱くない」
勇は低い声でそう言いながら、銃口の向きを、吏緒のほうにもゆっくりと移動した。
吏緒は勇のことを睨んで、舌打ちをする。
「・・・美森。今のうちに逃げろ」
「!」
美森は、勇に名前を呼ばれてドキリとした。
(でも・・・体が・・・)
美森は足を動かそうとした。
(・・・動くっ!)
美森の体は、いつの間にか自由になっていた。
美森は迷うことなく、目の前に倒れているそらの体を両手で抱き上げ、部屋を飛び出した。
「美森」
部屋を飛びだした瞬間、誰かに声をかけられた。
美森は反射的に、声のほうに振り向く。
「凛君・・」
凛は、無表情に近い顔で、美森のことを見据えていた。
「はやくしろ!!」
「!!」
勇の怒鳴り声が、背後から聞こえた。
美森は勇の声に押されて、走り出す。
美森が走り出す瞬間、凛が口を開きかけているのが見えた。