第7話(2)
勇は、完全に美森の足音が聞こえなくなるのを確認してから、銃をおろした。
沈黙・・・
「私たちに銃を向けるなんて、勇君もやるようになりましたね」
その沈黙を破ったのは、留維の落ち着き払った声だった。
勇は驚きと戸惑いの目で、留維の顔を見る。
(なんだ・・こいつ・・)
「あー?何言ってんだ、留維。こんなことされてよ。勇のせいで、美森のことを逃がしちまっただろーが」
「まっ、いいじゃないですか。美森はいつでもつかまえられますよ。時の民を消した後でも、十分間に合います」
留維は相変わらずの落ち着いた表情で、吏緒のことを見てそう言うと、ゆっくりと勇のほうへ歩み寄ってきた。そして、勇の手から銃を抜き取ると、それをズボンのポケットに入れる。
「勇君も強くなりましたね」
留維は勇の頭をなでた。そして、ニッコリと笑った。
「!!・・・」
その瞬間、何ともいえない感情が勇の胸を突き抜ける。
「俺はっ・・お前なんかに・・」
「美森を逃がしてしまったようだな」
「!」
いつの間にか、扉の前に、千世が悠然と立っていた。
留維と吏緒の表情が硬くなる。
そして、勇自身もその場に固まった。
「・・・勇・・・そんなに怖がるな。今回は許してやる。・・・強くなったようだしな」
千世はそう言いながら、勇、留維、吏緒にゆっくりと近づいてきた。
「っ・・・」
「美森のことは、私が直接捕まえに行くことにする。時期を見てな」
「!」
千世は、三人の近くで歩みを止めた。
「しかし、美森がパーツを連れて行ってしまったということは、問題だがな」
「そもそも勇が、美森を逃がしちまったからっ・・」
「少し黙ってろ。吏緒」
千世は低い声でそう言うと、ギロリと勇のことを睨みつける。
吏緒はただ黙って、不服そうな表情を浮かべた。
一方、留維は、そんな二人の様子を見て、楽しんでいるようだ。
「おそらく、パーツと美森は、行動を共にしているだろう」
「!!」
勇は千世の言葉に、顔をしかめた。
パーツと一緒にいれば、美森は、より一層、危険になってしまう。
それに、ここに連れてこられたら、何をされるかわからない。
・・・しかし、パーツだけをここに連れてきても、美森が安全になるわけではない。
(あーっ。どうしたらいいんだよ!!)
勇は、心のなかで叫んだ。
「千世、俺が行くよ」
「!」
声の方に振り返ると、ドアの前には、星夜が思いつめた表情を浮かべ、立っていた。
「・・・パーツを連れてくればいいんだろ」
千世は、一瞬、間を置いてから口を開いた。
「いいだろう。今回は星夜。お前に任せる」
星夜は、千世の言葉を聞くと、その表情を緩めた。そして、ゆっくりと勇の方に目線を移すと言った。
「勇も俺と一緒に来てくれ」
ここは、夏の心地よい風が吹き抜ける森の中・・・。
ノワは、金色の長い髪を風になびかせ、その金色の瞳でどこか遠くを見つめるようにして、そこに立っていた。
「・・・・はー」
ノワは浅くため息をつく。
(もうすぐで全てが終わる・・・)
今、ノワが見ている景色も、肌で感じている心地よい風も、全てが無になる。
もうすぐで終りが来る。
「・・・はー」
「どうしたの?ノワ。ため息なんかついて」
ノワの二回目のため息と重なって、トワがノワの目の前に姿を現した。
「・・・・・」
ノワはトワの姿を見ると、唇を噛みしめて俯いた。
「・・・・何でトワは残された力を、そうも簡単に使ってしまうの?
力を全て使い切ってしまうと、私たちは消滅してしまうのよ。死ぬのとはわけが違う。
・・・・分かるでしょ?」
「・・・うん。分ってるよ」
トワは、ニッコリと笑った。
「それならどうしてっ・・・」
ノワは、バッと顔を上げた。
そこにはトワの顔がある。
そして、その笑顔には、終わりを感じさせるものが含まれていなかった。
・・・自分は、何か大きな勘違いをしていると思えるぐらいに。
「僕は、美森さんと凛君を助けるために使ったんだよ。決して簡単じゃない」
「そのせいで、トワは消えてしまうのに!何で、自分のことを一番に考えないの?
きっとあの二人は、トワが自分たちのために、力を使いきってしまったなんて知らない」
ノワは強く言った。
それでもトワは、落ちついた口調でそれに答える。
「それでもいいんだよ。あの二人は何も知らなくていい。ただ、地球に帰れればいいんだ。
そのことが、僕たちのゲームのエンディングでしょ?」
「・・・なんで、エンディングの前に、ゲームプレイヤーの貴方が消えなくちゃいけないの?・・・・こんなのあり得ない!」
トワはノワの言葉に少し考え込むと、口を開いた。
「ん~・・・。例外ってことで」
「・・・・・何それ・・」
ノワは、呟くようにそう言うことしかできなかった。
すると、ノワの瞳から水滴が溢れでた。それらは、ノワの頬を伝って、次々と地面におちる。
「!」
ノワは初めてのことに驚いて、瞳から溢れ出る水を掌で拭った。
掌の上には、透明な水滴が広がっており、それをほんのりと湿らせている。
「ノワの涙だ」
「!」
(・・・涙?)
「僕たちも、美森さんたちと同じように、涙を流すことができるんだー」
トワは驚いたようにそう言った。
ノワは、そんなトワのことを潤んだ瞳で見据える。
「涙って、誰かのことを強く思う時に、出てくるんだって」
「・・・・・」
「ありがとう。ノワ」
トワはそう言うと、綺麗に笑った。
そして、パッとはじけたかと思うと、トワは光の粒になって消えてしまった。
「美森さんと凛君のこと、よろしくね」
トワの最後の言葉が、風に乗ってきたように、微かに聞こえた。
「・・・・ありがとう」
ノワのトワに宛てた最後の言葉は、彼に聞こえたかどうかさえも分らなかった。
美森は、雪がしんしんと降る街に立っていた。
美森が立っている道も、その道沿いに立ち並ぶ家々の屋根も真っ白だ。
そして、美森に寄り添うようにして立っている女の子は、このウィタの街出身のそらだ。
どうやら、美森とそらは、彼女の能力でこの街に来ることが出来たらしい。
あの建物から出た途端、そらのパーツとしての強力な能力が使えるようになった。
そして、ウィタの街まで美森とそらは逃げてきたというわけだ。
「・・・懐かしいね・・」
美森は呟くような声で、そらに話しかけた。
この寒さも、目に映る白い色も、微かに感じる雪の匂いも全てが懐かしい。
それに凛とも、この街で会うことができた。
彼が、自分と同じ地球から来たと知ったときは、どれほど嬉しかったことか。
「美森!」
「!」
そらの声が聞こえた。
そらはいつの間にか、道を少し行ったところに立っており、美森を手まねきしている。
「?」
美森は雪で足を滑らせないよう気をつけながら、そらの方へ歩み寄った。
「あれ、私の家なのよ」
そらは、嬉しそうに指差した。
そこには、黄色の三角形の屋根で、壁全体が薄い茶色の家が建っている。
絵本にでてきそうな、可愛らしい造りの家だ。
「あっ・・・そうなんだ」
そらが、自分の家を目にしてこうも嬉しそうなのは、久しぶりに我が家を目にすることができたからだろう。
そらは、ある事件がきっかけで、街の外れにある塔に閉じ込められていたのだ。
そらは、久しぶりに目にする我が家に、まだ目を輝かせている。
ひどいめにはあったが、そらがこうしてここに立つことができ、よかったと思った。
そらは、自宅の玄関に飛びつくようにして向かった。
美森も、ゆっくりとそらの後に続く。
「開かないわ・・・」
そらは、玄関の戸に手をかけながらそう呟いた。
「あっ・・・・多分、家に誰も・・・」
美森の言葉が言い終わらないうちに、突然、そらがその場にうずくまった。
「!?」
そらは、うずくまったまま、声も出すこともなければ、動くこともしない。
「そらちゃん・・?」
美森は嫌な予感がして、そらの傍らに駆け寄った。
そらは苦しそうに、目を固く閉じており、額にはこの低い気温であっても、うっすらと汗がにじんでいる。
(どうしよう!?)
美森は、どうしたらよいか分からず、ただそらの背中に手を置いて「大丈夫?」と言っていることしか出来ずにいた。
「そらなのか?」
「!」
美森は聞き覚えのある声にドキリとして、後ろに振り返った。
そこには葵が立っていた。
葵は、学校の制服らしきものを着ており、その手には鞄が握られている。
そう、ここはそらの家でもあるが、そらの姉=葵の家でもあるのだ。
葵は、美森には目もくれずに、そらに駆け寄った。
「そら!」
「・・・姉さん・・」
そらは葵の顔を見ると、一瞬だけ微笑んだ。しかし、その顔は苦痛に歪む。
「・・・そら!!大丈夫か?」
そらは、葵の方に顔を向ける余裕もないらしい。
「・・・・ねぇ。何でそらがこうなったの?・・・・もしかして君のせい?」
葵は、そら越しに美森のことを睨みつけながらそう言った。
美森は葵の冷たい声と言葉に、一瞬で凍りつく。
「・・・・ちっ違うよ。・・・そらちゃん・・・急にこうなちゃって・・」
美森はとぎれとぎれに、何とかそう言うことができた。
「・・・ひとまず、家の中に連れていく」
「・・・・うん」
葵はそらの前に、素早くしゃがみ込んだ。
「そら・・・私の背中に」
「っ・・・」
そらは、辛そうに体を持ち上げると、葵の背中に覆いかぶさる。
葵はそのまま、そらのことをおんぶすると、玄関のカギを開け、家の中に入って行った。
「・・・・」
(どうしよ・・・)
美森は、開けっ放しにさけた玄関の前で、立ち尽くしていた。
そらと葵は、家の奥に入ってしまって、ここからでは姿が見えない。
・・・久しぶりに再会した姉妹の、邪魔をするべきではないのか。しかし、そらがあんな状態では、美森も心配だ。
「・・・・」
美森は一歩、玄関の中へ足を踏みだした。
(・・・でも、行ったとしても何もできない・・・)
自分が行ったとしても、できること言ったら、今のように立ち尽くしている他ないだろう。
(・・・それなら、二人きりにしてあげた方が・・・)
「何してるんだ?」
「!」
美森が後ろに振り返ると、そこには凛が立っていた。
「あっ・・・凛君・・」
美森は思わず笑みをこぼす。
「!!・・・」
しかし、次の瞬間、嫌な考えが頭をよぎった。
(もしかして・・・)
凛は、そらのことを連れ戻しにきたのではないだろうか。
凛が、レストの民の組織に協力していることを美森は知っている。
あんな状態のそらを、連れ去られたら・・・・。
美森の心臓の鼓動が、一気に早くなった。
最悪の状況が頭に浮かんで、次の言葉が出てこない。
と、その沈黙を破ったのは凛だった。
「美森・・・最近、トワのこと見たか?」
「えっ・・・」
美森は、凛の予想外の言葉に目を見開く。
そう言えば最近、トワの姿を見ていない気がする。
それに、最後に目にしたのは、ノワのほうだ。
しかし、ノワのことを目にしたのも、随分と前のように感じた。
(どうしたんだろう・・・二人とも)
もしかして、パーツが揃ってしまったからだろうか。
・・・いや、まだ冬の民のパーツのそらは“力”をとられていなかった。
しかし、危険な状態に陥ったのは事実だ。
・・・だからなのだろうか。
「美森・・・よかったな」
「!」
美森は、凛の声にハッとして我に帰る。
「よかったって・・・?」
凛は少しだけ微笑むと、「・・・いろいろ」とだけ言った。
「それで・・・何で美森が、葵の家にいるんだ?」
「・・・そらちゃんが心配で・・」
凛は、美森の言葉に少しだけ目を見開く。
「ならどうして、中に入んないんだ?」
「・・・・」
「・・・葵が怖いんだな・・」
凛はぼそりと言った。
「!・・・」
美森は、凛の言葉に言い返そうと思ったが、それが出来なかった。
凛の言葉は、間違いではなかったからだ。
「俺も一緒に行くから」
凛は苦笑しながらそう言うと、玄関の中へ入って行った。
「あっ・・・ありがとう」
美森は、心強い味方ができ、安心した。
・・・そして忘れていた。凛を疑うということを。




