(04-6)重く響いて
部活の終わりが近づき、望遠鏡のカバーをかけ終えたころだった。新城先生がふっと思い出したように言った。
「それにしても、あなたたち本当に仲良しね。仲がいいのはとてもいいこと。でもね、もし新入部員が来たときも今と同じように仲良くしてあげてね」
不意に投げかけられたその一言に四人は一瞬きょとんとした。
――新入部員。
そうだ。天文部として活動している以上、ほかの誰かが入ってくる可能性はある。当たり前のことなのに明里はまったく考えていなかった。
四人で集まって、
四人で笑って、
四人で月を見上げる。
それがすっかり天文部の日常になっていた。
「男子が入ってきたりしてね」
先生がさらっと言う。
「えー!? 男子!?」と美智が声を上げる。
「もし男子が来たら断ろうよ……って、ことわれないの?」と楓。
「私も男子はちょっと苦手……」と夕子。
一斉に不安げな声が重なった。
明里も胸の奥がざわついた。男子が入ってくる可能性。そんな発想すらなかった自分に気づく。部長なのにこんなことで動揺するなんて。
「あら、男子と一緒に活動するのもいいことよ」
先生は楽しそうに言う。
「あなたたちの年なら、もう彼氏がいる子とか付き合ってる子もいるでしょ?」
一瞬の静寂のあと「わー!」「ちょっと先生!」など屋上に女子の声が弾けた。
「でも、好きな子くらいはいるんじゃない?」
四人は顔を見合わせ、首を横に振ったり「いません」と即答したり。
すると今度は美智が身を乗り出す。
「先生は高校生のとき彼氏とかいたんですか?」
「いたわよ」
即答だった。
再び「えーー!」「ほんとに!?」と騒ぎになる。
「最初はね、アイドルを好きになったの。憧れ……みたいなものね」
先生は少し懐かしそうに続ける。
「二年生のとき同じクラスになった男の子がそのアイドルにちょっと似てて。それで話すようになって……気づいたら付き合ってたの」
「それでそれで!」と四人。
星の話はどこかへ消え、全員が先生の言葉に耳を傾けていた。
「大学は別々だったけど、ずっと交際は続いてたの。でもね、卒業前に別れちゃった。いろいろあって」
少し間をおいて先生は笑う。
「一時は結婚も考えたりしたんだけどね」
「け、結婚!?」
「大人だ……」
「なんかすごい……」
口々に感想が飛ぶ。
その中で、明里だけは言葉を失っていた。
――結婚。
その言葉が胸の奥にずんと落ちた。
誰かと付き合ったことすらない。恋愛なんてまだずっと先のものだと思っていた。ましてや結婚なんて考えたこともなかった。
それなのに今その言葉がなぜか心に重く響いて――
夕食を終え自分の部屋に戻った明里は、机に向かって宿題を片づけるとふうっと息をついた。ベッドに腰を下ろしスマホを手に取る。おすすめに流れてきた星空の動画を再生し星座の解説をぼんやりと聞く。いつもならそれだけで心が落ち着くはずだった。
今日は違った。
昼間からずっとどこかに引っかかっている言葉がある。
結婚。
どうしてあんなに響いたんだろう。
どうして今も残っているんだろう。
「私……実は結婚したいの?」
思わず小さく呟いてすぐに首を振る。
いやいやそんなわけない。誰かを好きになったことすらないのに。
「じゃあ私、早く結婚するのかな……?」
そんなはずない、と自分で突っ込みながらも胸の奥に残るざわめきは消えなかった。
憧れているわけでもない。未来の予定があるわけでもない。なのに“結婚”という言葉だけが今日に限って現実味を帯びている。
いったい、私どうしちゃったんだろう。
カーテンの隙間から下弦の月が静かに光っていた。
欠けていく途中の月。
明里はその光を見つめながら、まだ形にならない気持ちを胸の奥にそっとしまい込み卯月の夜を終えた。




