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いつも正しく嘘をつく

 藤咲と別れ、別々に自教室へと戻るとそこからはやはりいつもと変わらない色褪せた退屈な時間が待っていた。そしてそこで、いつものように優等生を演じることで学校生活を円滑に回すのも、いつものこと。


 こうして時間は流れ放課後。新人戦も間近ということで蓮や美弥といった中心プレイヤーたちは多少の雑談をすることもなく、勇み足で教室を出ていった。

 最近はどうにも求められている自分を演じ続けた弊害として、自発的に時間を潰すことができなくなっていた。暇な時間に何をしていいのかわからないワーカーホリックみたいな感じだろうか。


「なぁ、光。ちょっといいかな」

 ちょっともよくねぇよ。内心で毒づきながら俺は作り物の笑顔を貼り付ける。

 見れば内田くんとか言った男子生徒が歩み寄ってきている。


「どうした?」

「いやぁちょっとさ、日誌をお願いしたくて」


 あぁ、またこういう流れか。

 俺は諦めて、内田くんが差し出す日誌に腕を伸ばそうと——


「————駄目だよ、そういうのはちゃんと自分でやりなよ」

「えっ、あぁ侑夢さん。だって光、暇そうだったし」

「だとしてもダメ。まずは自分で頑張ってから、それでもダメならそこでようやく人を頼るべきだよ」


 俺の周りでもとりわけ自己主張控えめな侑夢が、ここまで強気なことに内田くんはやや戸惑ってから諦めて自分の席へと帰っていった。


「源元くんも、そうやって気安く協力したらダメ」

「はい、すいません」

「よろしい」


 ふふっと小さく笑う侑夢。俺はそれに合わして口角を上げる。

 どうして俺は親切をしようと思って怒られているんだろう。そんな不満を押し殺す。


「源元くんはね、優しすぎるんだよ」

「人に優しいのは良いことだろ?」

「何事もやり過ぎは、やらなさすぎと同じくらい良くないんだよ。実際、源元くんも心当たりあるんじゃない?」

「侑夢って時々先生みたいだよな」

「そうやって話題そらしても無駄だからね」


 やりずらい。

 俺は頭を掻いて乾いた笑い声を上げる。


 俺が皆の前と藤咲の前とではキャラが若干変わるように、侑夢は俺と二人きりになるとどこかいつもとはキャラが変わるような気がする。いつもの全体主義的な感じから、もっと自分都合で強情な態度になる。


 そして、俺と侑夢とのこの絶妙な距離感は、きっと侑夢が俺に詰め寄ろうとしても、俺が必要以上に怯えて引くせいで生まれているのだろうと、俺は理解している。


「ねぇ源元くん、最近なんかさ——」

「光くんはいるかなぁー!」

 扉が唐突放たれて、俺は驚きながら顔を上げる。

 見るとそこには肩で息をする阿笠先生が。顔も紅潮していて、蓮が見ると喜びそう

だ。


 てかデジャブなんだけど。もうちょっとうちの先生は落ち着きと計画性を持って欲

しい。


「あぁよかった、藤咲さんもいるね。ごめんSHRで伝え忘れてたんだけど、今日はクラス委員の集まりが集会室であるの。もうすぐ始まるから急いでね!」


 まじかよ。俺はすっかり省エネモードになっていたので一度伸びをして頭を切り替える。


「ごめん侑夢。また今度な」

「・・・うん、頑張ってね」


 不満げな侑夢の視線から逃れるように視線をスライドさせると藤咲はもうそこにはいなくなっている。

 見ればもう扉前にまで移動している。俺は小走りでその背中を追う。


「おい、先に行くなよ」

「え?あ、あぁ。ごめんなさいね、ラブコメっぽい空気が流れていたから」

 どこか他人行儀に冷たく返す藤咲と俺は、集会室のある一階の突き当りを目指す。


 この時間は、教師は職員室で事務作業、生徒の多くは部室や帰宅で校舎を出たあとだからか、一階に行くとひっそりとした雰囲気が漂っている。


「侑夢って、いい子ね」

 静けさの中、優しいその声音は消え入るように響いた。

「まぁ、他の奴らに比べたら無害な感じはあるよな」


 俺の言葉に、藤咲は鼻を鳴らす。


「無害とか有害とか、人に使う言葉じゃないでしょ。アンタってさ、見た目の割に偏屈よね」

「別に見た目で思想は変わらんだろ。それに実際、侑夢は他の奴らと違ってあんまりこう、イラッとする場面がないんだよな」

「へぇ、神経質そうなアンタが。相性いいんじゃない?」


 どこかおちょくるような口調に俺は眉を潜める。


「多分それは俺と侑夢が互いに『そこまで仲良くない』って隔たりを共有してるからだ」

「それのどこが無害につながるのよ」

「親しき仲にも礼儀ありって言うだろ?でも現実問題、親しくなったやつには口調とか態度は横柄になりがちなんだよ。んでもって、俺はそういうのに人一倍過神経なの。これまでも親しくなったと勘違した奴らに何回も踏み荒らされてきたもんだしな。だからこそ、仲良く無いことで距離がある侑夢と俺はうまく共生できてるのかもな」

「親しくなったと勘違い、ねぇ。」


 また、藤咲はさっきと同じ笑いを浮かべる。きっとあれは呆れたときにでるものなのだと理解する。


「それで言うと、あんたが勝手に距離おいてるだけのように見えたけど?侑夢が心配しているのに、そっちが嘘をついて壁を作ってるんでしょ、どうせ。忠告だけど、侑夢みたいな子は大切にしなさいよ」

「・・・人の本心なんて、知らないほうが良いに決まってるだろ」


 人間だって動物なわけで、それはつまり自分の生存を第一に考えるように作られているはずなのだ。そんなたまたま言語を喋れるだけの自己主義な動物の本心なんて、言わない知らないってのがお互いのためだ。


「それでもあなたは、私に本心を打ち明けてくれた」

 藤咲は俺を見つめると、相好を崩す。


 俺のいつもの作り物の笑顔とは違う、とびきりの笑顔はたった一瞬しか見れないものだったけれど、俺の脳に焼き付いて離れない。


「別に、アレすら嘘の可能性があるだろ」

「あんな泣きそうで子供みたいに震えながら喋った言葉が嘘ですって?さっすがに強がりすぎでしょ!」

「う、うるさい!泣きそうになんかなってないからな」

「はいはい。そういうことにしといてあげる」

 めんどくさげに手を払う藤咲。


 俺はむっとしながら正面を向き直す。集会室の扉はすぐそこにある。

 俺はスイッチをいれるように、短く息を吸って吐く。


「だからこそ、侑夢にはちょっと嫉妬しちゃったわ」


 唐突な囁き声に、俺は真意を問おうとした。

 けれどすでに引手にかけていた手は扉を引いていたせいで、それも叶わなかった。

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