メインヒロインの作り方?
ガタン、とペットボトルが落ちた音がして俺は我にかえる。
「なによ、優柔不断なあんたに変わって、バディーの私が良さげなものを勘で選んであげたのよ!」
腰に手をやり、えっへんと胸を張るのはメインヒロイン志望の藤咲花奈。
人々の青春をかき乱すヒロイン志望の登場に、すっかり俺が浸っていた侘しさは明後日へと消えていく。
「なんのようだよ、絶賛ぼっちライフを楽しんでたんだけど」
「そんなあなたにヒロインの花奈ちゃんからお話があります!」
そういうなり、藤咲は俺の手をとって駆けて出した。
揺れるミディアムな髪先は、あのデートの日を思い出させて、俺は相合を崩す。
連れてこられたのは特別棟の三階。
藤咲はなれた足並みでとある教室の扉を開けた。
「連れてきたわよ!」
「あっ、どこに逃げてたの?」
「いや、別に逃げてないから。ただの強制連行だから。用があるなら連絡してくれよ」
「だって、一人の時間を邪魔されるの、光くん嫌いでしょ?」
「そうだけど、別に侑夢ならいいよ」
「そ、そう・・」
「あのー、メインヒロインを差し置いてラブコメするのやめてもらっていいかしら」
「別にラブコメしてないし、まだ藤咲はメインヒロインまでは道半ばだろ。あと近い」
俺がシッシとメンチを切ってくる藤咲を払うと、そこに見知った顔がいることに気づく。
俺はそいつの顔をまじまじと見つめる。
「やっほー、光くん。祭り以来だね?」
「渚?なんでここに?」
「よく聞いてくれたわ!」
困惑する俺と、意地悪な笑みを浮かべる渚の間にシュバっと登場した藤咲は俺に一枚の紙を見せた。
「部活、申請書?」
「そうよ。これでまた私のヒロイン計画が一歩進むの!そして、ここにいるのは高い志を持って私の元に集った精鋭ってところね」
「その精鋭たち、お前をほっぽってお菓子パーティーはじめてるんですけど」
俺は紙皿の上にスナック菓子やらチョコ菓子やらを出している侑夢と渚を指差す。
「そこで、よ。残り一人のメンバーとして、あなたをここに呼んだわけ。ただ、お願いじゃないわ」
「ここまでしてお願いじゃないのかよ」
冗談かと思ってツッコんだが、藤咲の瞳の色は俺を密かに案じるようなものだった。
「あなたは一人になりたいから、あの日悪役になってこれまでの『源元光』から決別した。そんなあなたが部活に入って不必要に関わる人数を増やしてしまうと、どこかでまたあなたはふいに嘘をついたり、まだあなたを勘違いしている人と出会ったりすると思う。そうなるとあなたはまたあの呪いを思い出すでしょ?だからこれはお願いではないの。もう不必要にあなたを傷つけたくはないから」
藤咲は、俺が思っているよりも夏祭りのことを引きずっているのだろう。バディーの俺を一人にしてしまった後悔とか、己の責任感のなさとか、多分そんなものを抱いてる。
本当に、どれだけ藤咲はお人好しなんだろうか。
俺がぼんやりと入部すべきか否かを考えていると、ふと視界に入ったハナミズキが気になった。
そびえ立つハナミズキは、最初に咲かせていた白やピンクに見えた花を散らし、深緑の葉が目立つようになっていた。
・・・そうか。
「それ、ボールペンで書けばいいか?」
「えっ、いいの?」
「だってお前が言ったんだろうが、『私、あなたがそばにいないともう生きていけないの』って」
「「え?」」
「違うわよ二人とも!確かにそんな感じのことは言ったけど、脚色しすぎよ。って、ちょっと光!どうしてくれんのよ、この子達の目が怖いんですけど!」
早速手下たちに寝首をかかれそうになっている藤咲を無視して、俺は部員欄に自分の名前を記入する。
まさか俺が、また部活に入ることになるとは。
「で、本当にいいのね?」
「あぁ、いいよ。きっと俺は、藤咲といる時間が楽しかったんだ」
どこかずっと心の奥で、変わらない日々を退屈で窮屈なものだと、俺は藤咲に出会う前までは感じていた。ルーティンワークを高水準にこなす日々は、まるで流行りが廃れたソシャゲのデイリーをこなすような虚無感と徒労感があった。
けれどそんな日々をぶち壊すかのように現れたヒロイン志望の嫌われ者は、自分を変えようとする圧倒的な熱で、周囲の俺すらも変えてしまった。そしてそんな日々は一瞬ですぎて行った。
「あんたって、たまにめちゃくちゃ恥ずかしいことさらりというわよね。なに、鈍感系気取りたいの?今さら流行らないからやめなさいよね」
侑夢に守られるように抱かれた藤咲は、顔を真っ赤にしてこちらを睨んでいる。
いや、別に襲わねえし、狙ってもねぇから。
俺が自分の名誉のために声を上げようとしたその瞬間。
「あのー、ちょっといいですかね」
おずおずといった感じで渚が手をあげる。
「どうぞ、いってご覧なさいな」
そう言われると、藤咲は俺を見た。
なんだ?そう聞こうとした瞬間、渚は口をひらく。それはどこか恥ずかしそうだ。
「私と遊助、付き合うことになりましてー」
「「「はー?!?!?!」」」
教室が揺れ、窓のガラスは揺れた気がする。
それくらいに大きな声が、俺たちから出た。
渚は満足げに、そして照れくさそうに頭をかく。
「いやー、あのコンビニの後にさ遊助から告白されて。それがこう、可愛かったんだよね―。それでまぁ、一回の高校生活だし?悪いやつでもなさそうだし遊助となら、いいかなーみたいな」
「軽いわね!」
「そうかな?遊助が悪いやつなら私も絶対に断ってたけどさ、あいつが真面目なのは、よく知ってるし」
そう呟く横顔は、もうすでに十二分に遊助を想っているのだと理解できるくらいに美しいものだった。キープだとか、そんなのではなく、本当に彼のことを大事にしているのだとわかる。
「でも、蓮くんからその話聞いてないよ」
「だって誰にも言ってないもん!色々私たちに協力してくれた藤咲さんと光くんに真っ先に知らせようって遊助と話したんだ。あ、侑夢は絶対蓮とかに言わないでよ?」
「もちろんだよ」
なんてことだろう。
いや、もちろんめでたい事ではあるんだけども。いやー、そっか。あの遊助に彼女。ほう。
俺は途端にやるせなさみたいなものが湧き出てる。
その脇では藤咲が興奮気味に自分を抱きしめ、くねくねしている。
「青春のメインヒロイン、夢じゃなくなってきたわね!部活の設立、そして恋愛相談を最高の形で終える!私、自分のヒロイン力が恐ろしいわ!」
あはは、と俺と渚が愛想笑いを浮かべ、侑夢は腕の中で鼻を伸ばす藤咲の頭を撫でている。
あれは人間のダメさを助長するタイプの、遅効性の毒みたいな優しさだ。
「それじゃ、決まりね!」
そういうと藤咲は肩で風を切りながら、申請書の置かれた机の方へと歩み寄ってくる。
右手にはボールペンが。申請書の上にペン走らせる藤咲は、未知のものに触れた幼児みたく目をキラキラとさせている。
「これでできたわっ!」
宣戦布告のように突き出された申請書を見れば、
部長 藤咲花奈
と、それはもう達者な文字が描かれていた。
「私、負けないから」
「いや、もう俺の負けだって結果は出ただろ」
藤咲は力なく相合を崩す。窓から吹き込んできた風で、髪先が軽やかに揺れた。
「まだ、ヒロインには、慣れてないから」
「……どうだかな」
そうして放課後の久しぶりの集まりは解散となった。
渚はバスケ部の居残り練習へ。侑夢は美弥との待ち合わせへ。藤咲は委員の仕事へと全員が散り散りになる。
みんなが思い思いの青春を過ごす中、俺は一人で帰路についていた。
帰りの道は、どこか赤っぽい。そして行き交う人々はどこか幸せそうに顔を朱に染めている。
俺もまた、その夕日の日差しを全身に浴びていた。
俺は足を止めて、白んだ月を探す。
今はまだ輝けていないあの月も、また時が経てば満月となって太陽の熱で煌々と輝けるのだろうか。
俺は気づけば意味もなく、頬を緩めて歩き出す。
俺を満たすのは、寂寥感。
振り返るとそこには、細く伸びる影がただ一つ。
等身大の影はずっと、俺からついて離れられない。
それはこれまでとは変わっていて、そして、これからはずっと変わらないだろう。
落ちていく夕日と昇る白んだ月は、互いが望むように距離を違えず、これからを繰り返すのだと、鼻で笑った。




