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第三章:動き出す、キャラと夢

 心音に協力することを決めた一真。だがいま、教室の片隅で机に肘をつく彼の顔には、どうにも冴えない表情が浮かんでいた。

 一真の悩みの種は、二つあった。


「冬木君! キャラデザこれでどうかな!」


 一つ目。彼女に協力すると約束したのが数日前。一真が心音にとりあえず命じたのは『キャラクターデザインを完成させること』だった。描かせてみると彼女の絵の技術は申し分ない。だが――惜しい、何かが決定的に足りなかった。

 印象に残りやすいデザインにしろと一真は確かに言ったが、彼女が持ってくるデザインはメイド服、バニーガール、一周回って黒スーツと一貫性が全くない。しかも、服にこだわりすぎていて顔は黒髪ロングと変わらないため、実際は進捗がゼロである。


「……ありがちすぎる。どこかで見たことある感じだし、これじゃ服だけ変えてるだけだ。顔が同じじゃ意味ないだろ」

「また~!? うへぇ……これで何回目だろう……」


 彼女は少ししょんぼりとしながら自分のキャラを見つめ直す。自分の描いたキャラを否定されるのはつらいだろうが、ここを妥協してしまえば後々色々と後悔するため、一真は少し厳しめに言っている。心音もそれは分かっているようで何度もリテイクを食らってもしっかりと描いて仕上げてきていた。


「うーん……考えすぎて余計に分からなくなってきた……」

「服ばっかに気を取られすぎだ。もっと気楽に、根本から考えてみろ」

「根本って……?」

「そのキャラクターはお前の”分身”になるんだ。そこに何を込めるかで変わる」

「何を込めるか?」

「そうだ。もちろん『かっこいい』や『可愛い』といった漠然とした考えでキャラデザを作るやつもいるが、出来るだけ”想い”や”ストーリー”があった方がいい。その方がデザインを描きやすいし、なによりそのキャラクターに厚みが出る」

「想い、ねぇ...」


 と、そこで心音がクラスメイトに呼ばれて席を離れた。休み時間というのもあり、彼女と話したいクラスメイトはまだ沢山いる。

 ――それが一真の二つ目の悩みの種。地味目立たない一真が、転校早々あの天草心音と急に仲良くなっていることに、周囲(特に男子)は疑問を抱かずにはいられなかった。

 心音には現在、一真以外の男子と親し気に話す様子は無いため、不思議がられるのは必然だった。


『あいつ冬木だっけ、なんで天草さんと普通に話してるんだ』

『席が前後だからだろ。しかしあんな可愛い子がVTuberやるなんてなー。普通に顔出しでも売れるんじゃね』

『確かになー、あんだけ顔面マジ強い子なら話題になりそうなのに、なんでVTuberにこだわるんだろ』


 クラスメイトの話を聞きながら、一真は心の中で確かに、と疑問に思った。

 ただ配信活動したいのであれば、VTuberにこだわることはない。


- 憧れの人がいてね! 話すのとか、歌とかめっちゃ上手くて! 楽しそうに配信してて。私も、そんなふうになりたいなーって ―


 初日に会った時、彼女はそう話していたのを思い出す。となれば、推測だが憧れの人がVTuberなのだろう。その人を追って自分もVTuberに、というよくある話かもしれない。


「……にしてはVTuberに関して知らなすぎだろ」


 一真はあははと少々呆れ気味で一人呟く。SNSの開設、配信サイトのチャンネル設立、活動の基本となるPCの確保など、やること満載である。

 課題が多いほど人は燃えるものだが、多すぎるのも考え物だ。一真は”やることリスト”なるものをスマホに打ち込んで、一つ一つ解決していこうと思った。


「ただいまー」


 そこで心音が自分の席に戻ってきた。一真はぶっきらぼうに「おう」とだけ返し、スマホに視線を戻してリストの作成を続ける。


「何してるの?」

「今後活動する上でのやることをまとめてるんだ。やること、けっこうあるからな」

「わっ、めっちゃある! まだスタートラインにすら立ってないんだね……」

「そう、だからこそお前はキャラデザを完成させること。それさえ済めばチャンネル開設も進められるし、モデリングはクリエイターに任せ――」


 と、一真の手が止まった。クリエイターに任せる……? 一真は重要なことを見逃していたのに今気付く。


「……天草、お前モデリングの相場見たことあるか」

「モデリング……?」

「お前の描いたキャラクターを動かすにはいくつか方法があるが、一番楽なのはクリエイターにイメージを伝えて、イラストを作成してもらう。そしてそのイラストのパーツに動きの範囲を設定してアニメーションとして動けるようにする。それがモデリング、やってくれる人を”モデラ―”って言ったりもするがな」

「なんとなく分かったけど、いくらくらいなの?」

「……見てもらった方が早い」


 そういって一真はスマホで検索をかける。沢山の検索結果が出るが、クリエイター達の専用のサイトがあるため、一真はそれを選択する。それを横から見ていた心音が目を見開いた。


「た、たっか!? うそ、マジで!?」

「……やっぱ初知りだったか」

「い、いや、お金かかるのは分かってたけど……こ、こんなにお金ないよ……こんなに高いのが普通なの?」

「まぁ初心者が見れば高いだろうな。ただ、この人たちにも生活が懸かってる。そう考えれば安すぎるほうだ」


 クリエイターにとってもモデルの作成、モデリングも慈善活動ではない。専門的な自分の技術を使って仕事を行っているのだから、それ相応の値段が求められる。

 ――見逃していたのは、彼女の資金だった。

 活動するにしても絶対的に初期費用はかかる。軌道に乗れば後はアップデートしていくだけだが、最初にかかるお金だけはどうしても避けられない。


「私、バイトとかしてないからあまりお金ないんだよね……あ! でもこっちの人のやつ安くない?」

「よく見ろ、こっちは提示価格は一見安いがバストアップの値段だ。もう少し詳しく見てくと……ほら、全身にすると結構いい額が条件になる」

「あ、ほんとだ……この間屋上で絵のアドバイスくれた時もそうだけどさ、そのバストアップって何?」

「そうだな……要は、イラストがどこまで描かれているかってことだ。胸元より上が描かれてたらバストアップ」


 VTuberの配信などでよくみられるのは胸から上を映した”バストアップ”だろう。その他にもどこから上を描かれているかで名称が異なるが、大体は”バストアップ”と、”全身”を映すことが多い。と、いずれにせよ専門用語であることに変わりはない。いくら絵がうまい心音といえど、絵はおそらく趣味の範疇で上手くなったのだろう。そういった『描き方』に関してはあまり意識していないのかもしれない。


「要は、全身映画いてちゃんと動かすとなると10万は超える。それ以下の価格だと、可動域……まぁ動きが少なかったり簡易的なモデルになることが多い」

「むぅ……でも、お金であきらめたくない! その可動域……が制限されてもいいから、最低どれくらいなの?」


 彼女の、この夢を必死にかなえたい眼差しを一真は『すげぇ根性だな』と感心しつつ、相場を調べてあげることにした。


「……ダメだ、全身だとやはり10万近くになっちまう」

「そ、そんなぁ……」


 思わぬ壁に心音はへなへなと机に突っ伏す。そんな彼女を見て、一真は一瞬、過去の自分を思い浮かべた。

 当時は金も無く、なけなしの金で何とかモデルを作ってもらった。それで活動するのが楽しくて、気が付けばずーっと配信を続けていたっけ、と。


「……まぁ、先立つモンが無ければ無理だ。諦めるこったな」


 過去の自分なら、こんな挑発じみた皮肉に真っ向から立ち向かうはずだ。


「――いや、諦めたくない!」


 予想通り彼女はのってくる。さっきまでのしょぼくれた表情はいずこへ。

 状況は何も変わっちゃいない。資金はないし、まだ何も揃っていない。

 けれど、それでも彼女の瞳はさきほどとは打って変わって燃えていた。


「――ふっ」


 柄にもなく少し笑った一真は、その燃える瞳を見返す。


「まぁ、そう来るよな。お前は絵を完成させろ」

「で、でも他にもやることあるんでしょ? 一人より二人のほうが良いんじゃない? お金も稼がないとだし……」

「お前はほぼ経験値ゼロだ。そんな奴が出来るのは一つの事をずっとやるしかないだろ」


 少し意地悪な言い方かもしれないが、今はこれで納得してもらうしかない。


「別に金を貸すって話とかはしてない。良いモデラーを見つけてやるだけさ」

「……分かった、明日! 明日には絶対完成させるから!」

「期待しないで待っておくさ」






 その日の夜、一真は一人で自分の家のPCを付け、あるVTuberの配信を観ていた。

 ちょうどコラボ配信中なのか、高難易度クエストを複数人で周回しているそのVTuberは黒髪ロングで戦闘系の服に身を包んだ女性VTuber。他には緑を基調とした服に包んだロリ系の植物VTuber、ピンク色がメインのドラゴン系VTuberと3名でクエストを攻略しているようだ。ワイワイと楽し気に、時に誰かがやられてドンマイと励ます様子を眺める一真。

 そして、約2時間の配信ののち、たくさんのコメントに見送られて彼女たちは配信を終了した。

 その数分後に、一真は携帯でとある人物に電話をかけた。数コールの電子音が鳴り響いたあと、その人物は電話に出る。


「おう、おつかれ」

『おつかれ……じゃないよ! 久々に連絡よこしたと思ったら!』

「配信中だったろ」

『観てたならコメントくれても良かったのに~!』

「俺のアカウントでコメントしたら、ややこしくなるだろ」


 相手は先ほど画面の先で配信を行っていた黒髪ロングの戦闘服姿のVTuberだった。本名は榊留美さかきるみ、VTuber名も本名をもじって『LUMI@RT』で活動しているが、本人の気概の良さもあって周りからは”ルミねぇ”なんてあだなで親しまれていたりする。


『で、連絡してきたってことは、何かしてほしいんでしょ? 響野ひびきのトウカさん?』

「……その名前は捨てた名前だ。普通に一真で呼べ、留美」

『つれないわぁ……』

「一つ依頼したいことがある。VTuber以外にもモデラ―の仕事、まだしてるよな」

『もちろんよ! なに、復帰するの!? モデリングは任せ――』

「しねぇっつの」

『またしてもつれないわぁ……』

「……俺はしないが、別のやつがVTuberに興味あってな。お前のプランに初心者支援プランはまだあるのか」


 この榊留美は性格……というより性癖にこそ難ありだが、イラスト、モデリングの仕事をしつつ、自らもVTuberとして活動する凄腕のクリエイターだ。プランはいくつかあるが、その中に【初心者支援プラン】というのを彼女は用意してある。価格は格安、表情差分は無いし可動域はかなり制限されるものの、全身をしっかりと描いてくれ、著作権も依頼者側に渡してくれる。慈善事業に等しいが初期費用に手を出しにくい業界初心者の人が少しでもVTuberになって欲しいという彼女の純粋な思いがある。


『女の子だと嬉しいわぁ、可愛い女の子は大歓迎……へへへ…』


 ……純粋な思いがあるはずだ。信じよう。


「……まぁ、そこは安心しろ。あんたの好きな女子がお相手だ」

『ほんとに!? 一真くん上手くひっかけたのねー!』


 一真はわざとらしくため息をついた。


「人聞きの悪い言い方をするな! あくまでも相手がなりたいって言ったから、それに付き添ってるだけだ」

『ふ~ん……』

「イラストはこっちで作成中だから、出来たらまた連絡する」

『りょうかーい』

「んじゃ」


 そう言って電話を切る一真。

 久しく一真と話した留美は暗くなった携帯の画面を眺める。彼にも色々あって、心配だったが連絡するか迷っていた彼女は、少し安心した表情で呟く。


「……散々な目にあったみたいだけど、今は大丈夫そうね」


 さてもうひと踏ん張りと、残った作業を片付け始める彼女の表情はどこか嬉し気だった。






 一方、心音の方は自宅で頭をずっと悩ませていた。


「想い……想い……想いかぁ~」


 こんな風に悩みながら、かれこれ3時間は経過している。一真に見せていた絵を描きまくっていたノートは、帰ってきてから1ページも進んでいなかった。


 ― そのキャラクターはお前の”分身”になるんだ。そこに何を込めるかで変わる ―


 一真の言葉を脳内で反復される。考えてみれば、彼女は「VTuberになりたい!」と漠然としか考えていなかったため、そこら辺を深く考えたことはなかった。

 なぜ、VTuberになりたいのか。

 自分を助けてくれた人みたいになりたかったから。

 その人はどんな人だったのか。

 誰かの背中を押すのが上手かった。悩んでる人の第一歩を不思議と踏み出しやすくしてくれる人だった。

 そして誰かを助けるのに躊躇がない人だった。

 透き通るような白い髪、やさしげな表情と声、白いシャツの上に羽織られた黒いショールには五線譜の装飾が施されている姿を思い浮かべる。


「……」


 考えれば考えるほど心音の想いは強くなっていく。


(あの人みたいに、誰かを救える人になりたい)


 ペンを握りしめる手に力がこもり、ゆっくりと、そして自然に動き出す。

 黒いインクで描かれるのは、透明感のある瞳。ふわりと風に揺れる髪は、自分と同じ右サイドを結んだサイドテール。人と人とを”結べる”よう想いを込めた。髪色はパステルピンクにし、優しさ・柔らかさをイメージ。服装は白を基調としたブラウスに、柔らかな色合いのチェック柄スカート。制服風に仕立てることで、”親しみやすさ”と”まっすぐな想い”を表現する。首元には青リボンをあしらい、自分の声が誰かの青空になってくれるように願いながら描く。

 そこでふと、彼女は再び憧れの人を思い浮かべる。


「あなたのように誰かを救える人になりたい……だから、私に少しだけ力を貸してください」


 髪を結んであるサイドテールには憧れのあの人が身に着けていた黒いショールと同じ色のリボンをサイドテールに結び、音符をモチーフにしたイヤリングと髪飾りを添えた。

 完全なコピーではなく、オマージュであるが、これだけで彼女は彼から力を貰える気がした。

 気付けば外は白み始め、朝の光が部屋を薄く染めていた。

 あれほど悩んでいたのが嘘のように、自分の”想い”を前面に押し出した……彼女の”分身”が遂に完成した。





 今日も今日とて真夏のまとわりつくような熱気を周囲に感じながら、一真は自転車で学校までの上り坂を全力でこぐ。もちろん息は絶え絶えで、今日だけで何度目か分からない悪態をつきながらの登校である。

 昇降口で靴を履き替えていたところに心音がダッシュで向かってくる。


「冬木くん! できたよ!!」


 グイっとスケッチブックごと顔を寄せてくる心音に、一真はきょとんとしたが、一瞬で何のことか察する。

 彼女の目はキラキラと輝き、自信作であることがにじみ出ている。その目元を見ればうっすらとくまが出来ている。


「お前まさか徹夜したのか?」

「えへへ……描いてたらどんどん楽しくなっちゃって、気付いたら朝だったんだよね~」


 これ絶対授業中寝るやつだろ……と一真は心の中で呟いたが、心音が自信をもって描いてきたデザインなのだからと、しっかりと目を通すことにする。

 下駄箱の前で、というのも周りに邪魔になるため、教室に移動してから確認をする。


「……!」


 昨日まではありきたりなデザインだった彼女の絵、言い方はあれだが”ただ描いてきた”に近かった絵が、魂が入ったような意思を感じる絵となっていた。


「……」

「……どうかな?」

「……何か参考にしたのか?」

「えっ? いや特に……あ、いや、憧れの人の事を考えながら描いたりはしたけど……なんで?」

「いや、なんでもない……名前は決めてあるのか」

「うん……”詞守こともりことね”でどうかな」


 詞守ことね……ことばで誰かを守り、言の葉を音に乗せるVTuber。


「……合格だ」


 心音はその言葉を聞いた途端「ぃやったーーー!」と飛んではしゃぎまわった。教室なのだから静かにしろと一真は思ったが、周りもそんな彼女を温かく見守っており、なんだったら心音から他の友人へデザインを見せに行っていた。


「……しかし、音符ねぇ」


 彼女のデザインにあった音符のイヤリングと髪飾り。アクセントを加えるには別に変ではないし、ありきたりな選択肢でもある。

 ともあれ、あそこに彼女の”想い”があるのだろうと推察しつつも、彼はふと昔の自分を思い出さずにはいられなかった。

 何をしても楽しかった配信、画面の向こう側で自分の事を観てくれた大勢の視聴者。

 白い髪、白いシャツの上に羽織った黒いショールに五線譜の装飾。

 言葉という音で、誰かの背中を押すことを演じていた響野トウカの事を。


(……あの頃の俺は、本当に誰かの背中を押せていたんだろうか)


 ふとそんなことを考えながら、心のどこかで響野トウカと重なりそうな彼女を遠目に観ていた。

 第三章、お読みいただき誠にありがとうございました。面白そう、続きが気になると思っていただける方がいらっしゃいましたら、ブックマーク・レビューなどなどお気軽にお願いいたします。以下は雑談ですので、お時間がありましたら読んでやってください。

 前回の第二章投稿から2か月も経ってしまいました。第一章と第二章の間は4か月でしたから、まだ軽傷です、許してください。

 プロットはかなり先まで出来上がっているのに、仕事の影響と「ここ言い回し何とかなるよな」など色々考えてしまい、なかなか思うように作業が進捗せずこんなに時間が経ってしまいました。

 おそらくですが、2025年はこの第三章が最後の投稿になるかと思います。本年は思い付きでVTuberの経験が生きるのではないかと書き始めた本作品ですが、ふたを開けてみれば社畜のせいで投稿できたのは第三章まで……頑張ってたくさん書きます!

 この執筆者のXを作ってみました、気になる方は是非フォローしてみてください(https://x.com/RnixfMKNWF23995)。

 では、来年もよろしくお願いいたします。

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