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三幕《破戒僧と地獄の花魁》⑩

――周三郎と成弥の動く数時間前


 狂士は一休の捜索の為、玉太郎と吉原を訪れていた。

 午前中の吉原は夜程の活気は無いが、繁華街らしくそこそこの賑わいがある。

 そんな中、狂士はキョロキョロと通りを見渡しながら、人混みの中息を切らして走っていた。


「……なぁ、何か心当たりとか、ねぇわけ!?」

 あてもなく走りながら、狂士はイラついた顔で玉太郎に声をかける。

「そんなの知ってたらもう言ってるって! とにかく怪しいところを探すしかないよー」

「怪しいったって……何処だよ!」

 狂士はパタパタと低空を羽ばたくスズメ姿の玉太郎に向かって怒鳴り声を上げた。

 鳥に向かって喋る少年の姿は、事情を知らぬ者にはさぞ不気味に映っただろう。

 しかし、周りの目を気にしている場合ではない。狂士は悪態をつきながらも吉原の町を駆け回った。


 小一時間走り回り、ちょうど椿楼の前を通りかかった狂士はふとその足を止める。

「はぁ、はぁ……そういやお前、留守にしたらヤバいんじゃねーの?」

「たぶん今頃、眠ってる皆は医者に診てもらってるはずだ。それに今日は休業だし、番頭もそれどころじゃないよ……たぶん」

 狂士の頭の上に乗り、玉太郎は自信無さげに話した。

 

「たぶんばっかじゃねーか……はぁ、まいいや。玉太郎、お前は椿楼に戻ってろ」

「はぁ!? そんなわけにいかないよ! 早く一休を見つけなきゃ!」

 頭の上で騒ぐ玉太郎の体を、狂士はぎゅっと鷲掴みにし、顔の前で言い聞かせるように声を出す。

「お前、何のために椿楼にいるのか忘れたのか? ひと月の間、夜光の代わりを無事つとめる。それがお前の一番優先する任務だろ」

「……でも、おいらのせいで」

 それでもまだ俯いている玉太郎の顔を、狂士はデコピンで思いきり弾いた。

「いってぇーー!!」

 玉太郎は泣きながら両羽で顔を覆う。


「……悪いのはその一休ってやつで、お前じゃない。絶対見つけてシメてやっから、お前はここで遊女たちを守ってくれ」

「狂士……わかった。おいら、もう絶対お姉さんたちを危ない目にあわせない!」

 玉太郎は涙を拭うと、力強い目で頷いた。

「おう! 頼んだぜ」

 狂士が握っていた手をフワリと離すと、玉太郎はパタパタと椿楼の窓へ飛んでいった。

 それを見届け、狂士は「ふぅ」っと気持ちを切り替えるように息を吐く。

 深い呼吸で冬の冷たい空気が肺に広がり、走って火照った体を冷ましていく。


「……よっしゃ、今度は脇道の方を探すか」

 狂士はスッキリと切り替わった体で軽く準備運動をすると、まるで疲れを見せない様子で再び走り出した。


――――椿楼


 パタパタと羽ばたきながら部屋の窓から中に入った玉太郎は、ボワンと煙に包まれると一瞬で夜光に姿を変える。

 今まで鳥の姿だったからか、確かめるようにその場で足踏みをすると、玉太郎は急いで遊女たちの元へ向かった。


 皆が眠る部屋の襖を勢いよく開けると、ちょうど医者が診察している最中だった。

「あ、あの! みんな、大丈夫なの?」

「ああ、相変わらず目は覚まさないけど、眠っている以外は異常は無いようだよ」

 番頭の説明に、玉太郎はとりあえずホッと胸を撫で下ろす。


「それにしても、夜光は大丈夫みたいだね……君には、猫又さまが特に懐いていたから、もしかしたらそのおかげかも知れないな」

 番頭は隈のついた顔で、玉太郎に優しく笑いかける。 

 その言葉に玉太郎は静かに俯き、沈黙の後番頭の顔を心配そうに見つめた。

「……なぁ、少し寝てきたら? 後は私が見てるから」

 番頭は一瞬驚いたように目を開いたが、困ったような笑顔を見せた。


「ありがとう、夜光。じゃあ、診察が終わったら少しだけ横にならせてもらうよ」

「うん、ゆっくりしてなよ」

 玉太郎は番頭を安心させるように、明るい笑顔を返すのだった。


 医者の診察は無事終わり、遊女たちの体には異常は無かった。

 何をしても起きないほど深く眠っている。異常があるとすればその一点だけだ。

 医者もこれまで見たこともない症状に困惑し、難しい顔で首を捻る。


「うーん……何とも言えませんが、今のところ心拍と呼吸の状態に問題はないですね」

「そうですか。でも、一体どうして……」

 体には異常が無いことがわかり安心する番頭だったが、未だ眠り続ける皆の様子を心配そうに見つめていた。

「原因があるとすれば、過度の疲労。それにしても、こうも一斉に眠ってしまうなど考えにくいですが……何か、変わった事はなかったですか?」

「疲労は、それはあったかもしれませんが……特にいつもと変わった事は」

 昨日の出来事を思い返しながら、番頭はグシャグシャと頭を掻いて考え込んだ。そんな様子を見かねて、玉太郎は話に割って入る。


「と、とりあえず、後は私が皆を見てるよ。目を覚ましたら、すぐに教えるからさ」

「ふむ、そうですな。今日は特別寒いですから、体が冷えぬよう気をつけてあげなされ」

「うん、任せてよ!」

 玉太郎はドンと自分の胸を叩いた。


「……夜光、ありがとうな」

 医者が帰った後、番頭は疲れた声で呟いた。

「いいよ、それより早く休んできなって」

「あぁ、悪いがそうさせてもらうよ」

 フラフラと立ち上がる番頭を見送り、玉太郎は眠る遊女たちの様子を見つめる。

 部屋の障子窓は北風でカタカタと音をたて、そっと触れた遊女の肌はヒヤリと冷たくなっていた。


「冷たっ!」

 玉太郎は腕組みをしてしばらく何か考えると、難しい顔で胸の前で手を合わせる。

 そして、ボワンと一際大きな煙があがると、部屋いっぱいに広がるほどの大きな狸に姿を変えた。


「化け狸一族秘伝、大狸の術〜! これでだいぶ暖かいよね!」

 まるでふかふかの大きな毛玉のような体に包まれ、眠る遊女たちの表情は少しだけ安らかなように感じられた。


「おいらが絶対守るから……早く、元気になってね」

 優しく囁くと、遊女たちを包み込むように体を丸め、玉太郎は静かに目を閉じた。


  

 

  

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