↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/49

三幕《破戒僧と地獄の花魁》⑨

 江戸の町からほど近くに、愛宕山(あたごやま)という小さな山があった。

 山というには低く丘のような場所ではあるが、江戸の町並みや海を見渡せ、人々に親しまれている。

 その奥地にある仄暗い横穴。誰がいつ作ったのかもわからぬそれは、昼間でも異様な雰囲気を醸し、それに加え辺りの草花は季節に関係なく常に枯れ果てていた。

 その為、普段この横穴に近づくものは誰一人いない。


 しかし今は、一人の禅僧がそこに座り、もう何時間も黙々と念仏を唱えていた。


――――数百年前


 (暗い……何も見えん……そもそも目は開いているのか、それとも閉じたままなのか? もう、指の1本すらも動かせん)


 ――これが、死というものなのか


 言葉にしようも声は出ず、一休は僅かに口をパクパクと動かす。


「一休さま……大丈夫です。我々はそばにおりますよ」


 布団に横たわる一休のそばには、数人の弟子がその様子を見守っていた。

 齢80をとうに超えていた一休は、当時では考えられぬ程の高齢。無数に刻まれた皮膚の皺は、それまでの歴史を物語る。


「は…………はぁ…………」

 まるで肺に残った空気を出すだけの様な呼吸。

 一休は胸を小さく上下させ、弟子の声に答えるように息を吐いた。


 (耳だけは最期まで聞こえると言うのは、本当だったのだな……今更わかったところで、もう誰に伝えることも出来ぬか)


 一休の声にならない呟きは、虚空の闇に消えていく。

 その中で、彼は一人の女の事を思い浮かべていた。


 (……お前も、同じ気持ちでこの世を後にしたのか? 最期は一人で、孤独だったか?)


 ――死にとうない……この期に及んでまだ、お前の顔が見たい……乙(・)星(・)……


 それが、仏の道に仕えてきた彼の、最期に残った想いであった。


――――


「……はぁ、どうも昔を思い出してしまうな」

 念仏を終えた一休は、そばに置いた酒瓶を煽るように口に含む。

 

「もうすぐだ……もうすぐ、また会える」

 目の前に供えられた髑髏を愛おしそうに見つめ、一休はそれに語りかけるように呟いていた。


――――


 夕暮れ時、稲荷神社に訪れた周三郎は、いつもと変わらず明るい声で中へ入る。

「狂士ー? これから遊廓へ行かんかー?」

 地獄太夫を探しに誘うため声をかける周三郎。

 しかし、いつもならすぐに面倒くさそうな声が聞こえるはずが、今日はなぜかしんと静まり返っていた。


「ん? 狂士? おらんのかー?」

 体ごと大きく傾け部屋の中を覗き込むが、返事は返ってこなかった。

「……ふむ、先に行ったのか」

 くるりと踵を返し帰ろうとした時、パタパタと足音が近づいてくる。


「周三郎さん!?」

 夜光はひどく慌てた様子で、息を切らして声をかける。

「夜光殿……どうしたんじゃ? そんなに慌てて」

 夜光は深呼吸をひとつしてから、辿々しく話を始めた。


「はぁ……実は、大変な事になっちゃって」

 一休の話を聞いた周三郎は、徐々に驚きと困惑の表情に変わっていく。。

「なっ、猫又が!?」

「うん……その一休って人に捕まってしまったみたいで……狂士は話を聞いて、すぐ探しに出て行ったんだけど」


 話を聞いた周三郎はひどく混乱した。

 画塾で地獄太夫について学んだ時、当然一休の名も出てきた。禅宗の僧侶で、地獄太夫を弟子とし、彼女と和歌による禅問答を嗜んだという逸話もある。

 しかし、それは室町時代の話。数百年後の江戸で彼の名を聞くなど、普通では考えられないことだった。


「おそらく、ある程度波長の合う者に取り憑き、それを何年も繰り返しているのでしょう。そして、その者の体をほとんど我が物のように操っている」

 不意に現れた成弥は、混乱して言葉の出ない周三郎に事情を説明する。

 

「石井殿……それじゃあ、一休は死んでからそれを繰り返しているのか? いったい、何のために」

「……理由まではわかりませんが、もしかすると、地獄太夫と何か関係があるのかも」

 成弥は腕を組み、何か考え込むように壁にもたれかかる。


「地獄太夫……本当にいるのかな」

 夜光はぽつりと呟き、暗い顔で俯いていた。


 しばらく考え込んでいた周三郎は、ふと思い立ったように下駄を履きだす。

「わしも探しに行ってくる! 一人でも多い方が早く見つかるはずじゃ」

 急ぎ出ていこうとする周三郎の背を見つめ、成弥はしばし思い悩んで口を開く。

「待ってください! 私も、一緒に行きます。遊廓は狂士さんと狸が探しているはずなので、それ以外の場所なら」

「それは心強い! 石井殿がいれば、百人力じゃ!」

 大喜びの周三郎に、成弥は困ったような笑顔を返した。


「夜光さん、夜分に一人きりにして申し訳ありませんが、少し留守を頼めますか?」

 成弥は夜光を心配そうに見つめる。

「大丈夫です! 猫さんの事、よろしくお願いします」

 夜光の凛とした芯の通った表情に、成弥はホッと安心する。

 すると成弥は突然、尻尾の毛をプツンとひとつ抜くと、それにフッと息を吹き掛ける。


 そして、ふわりと舞った体毛はポワンと小さな煙に包まれ、その中から突然何かが飛び出した。


「わっ! ぶ……」

 飛び出してきた毛むくじゃらの何かは、夜光の顔を覆うようにしがみつく。


「き、狐!?」

 周三郎は夜光に引っ付いた物体を見て驚きの声を上げた。


「テンと言います。まぁ、私の分身のようなものですね。テン、いつまでもくっついていないで、ご挨拶は?」

 成弥の言葉に反応し、テンは夜光の頭によじ登り「コン」と元気よく鳴く。

 手のひら程の小さな狐のテンは、すっかり居心地良さそうに尻尾を振っていた。


「きっと、お守り代わりにはなると思います。テン? 夜光さんをよろしくお願いしますよ」

 テンは夜光の頭の上でピシッと敬礼をして見せた。

「ふふ、可愛い……よろしくね、テンちゃん」

 成弥は笑顔が戻った夜光の姿を満足げに眺めていた。


「では、行ってきます」

「うむ! 夜光殿は安心して待っていてくれ!」


 周三郎の頼もしい言葉に、夜光は笑顔で頷き二人を見送るのだった。


「きっと、大丈夫よね……」


 不安が無いわけではなかったが、頑張っている狂士たちを信じて、夜光は祈るように華世の鈴を握りしめていた。


  

  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。