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三幕《破戒僧と地獄の花魁》⑧

 慌てて番頭の元へ向かった玉太郎は、畳に横たわる遊女たちの姿に狼狽える。

「あ、夜光! 良かった……大丈夫だったんだね。でも見ての通り、他の皆は眠り込んじゃって……何をしても全く起きないんだよ」

 番頭は遊女たちを心配そうに見つめていた。

 俯いた玉太郎は思い詰めたような表情を浮かべ、おずおずと口を開く。


「あ、あの、おいら……いや、私に出来ることって、何かある?」

「うーん……今日のところは、夜光も休んでおきなさい。今は大丈夫みたいだけど、何が起きるかわからないし。皆の事は、僕が見ているよ。明日医者の先生に診てもらおうと思ってるから」

「うん……わかった」


 番頭に促され、玉太郎は遊女たちを気にしながらも、とぼとぼと部屋に戻っていく。

 そして、あの晩の一休とのやり取りを思い返していた。


――――数日前


「お前さんにひとつ頼みがあるのだが」

「なんだよ、頼みって」

「簡単なことよ……もし断れば、お主の正体をバラすことになるがな」

「なっ!? なんでそこまで」

「……どうしても、必要なことだからだ」


 そう言うと、一休は玉太郎へ鋭い視線を向ける。

「わしは、遊女たちの精気を集めたいのじゃ」

 その言葉に玉太郎は目を見開いた。

「……精気だって? どうしてそんな……それに、ここのお姉さんたちを危ない目に遭わすような事には協力できない!」

 玉太郎は珍しく怒りを剥き出しに反論する。

 しばらく椿楼で共に働いてきた遊女たちに対し、玉太郎なりに情が芽生えているようだった。


「では、狸だとバラしてもよいのか? お主の助けがあれば、手荒なことをせずに済むのじゃがなぁ」

「……くそっ」

 断れば何をされるかわからない。一休の油断できない表情に、玉太郎は言い返す術がなかった。


「心配するな、ただ一日二日眠ってもらうだけじゃ。体に支障はない」

「本当だろうな? 出まかせなら、いくら一休でも」

 玉太郎は不信の目で一休を睨み付ける。

 

「安心せい。こう見えても仏に仕える身、嘘などついたことはないぞ?」

 一休は不敵に笑い、頬の無精髭を怪しく撫でる。

 玉太郎は一休の真っ直ぐな目を見て、仕方なく受け入れるのだった。


――――


「まさか……こんな事になるなんて」


 玉太郎は部屋の窓から夜空を見上げ、不安げに呟いた。

 一休の言葉通りなら、遊女たちは早ければ明日にでも目覚めるはず。しかし猫又の事は、無事かどうかもわからない。


 玉太郎は懐から鈴を取りだし、静かに眺める。

「これ、人間の魂が入ってるんだよな……確か、夜光ちゃんの友人の」

 物言わぬ鈴は夜風にそよぎ、心地よく優しい音色を奏でる。

 

「……あー、もう! しょうがないなぁ!」

 玉太郎はグシャグシャと頭を掻きむしると、ボワンと小さなスズメに姿を変える。

 そして、くちばしで器用に鈴を体に巻き付け、夜の町へと飛び出していった。


――――翌朝 稲荷神社


 早朝、狂士が境内の落ち葉を掃いていると、上空に一羽のスズメがふらふらと舞っていた。

「あぁ?」

 

 何となく眺めていると、そのスズメはペシャリと石畳に落ちた。

 スズメは目を回して気絶しているようで、なぜか体には鈴を巻き付けている。

 狂士はしゃがみこみ、スズメの体を木の枝でつついてみた。


〈ボワン〉


 するとスズメは煙に包まれ、その中から見慣れた狸が姿を現す。


「玉太郎!?」


 狸姿に戻っても、玉太郎は目を回したまま伸びていた。狂士は仕方なく玉太郎の首根っこを掴み、部屋の中へ連れ帰った。


「えっ、狸!?」

 中で部屋の掃除をしていた夜光は、狸を鷲掴みにした狂士を見て体をびくつかせる。

「あー、玉太郎だよ。さっき外で拾ったんだ」

 狂士は適当に返事をすると、玉太郎を畳の上に転がした。

 

「おい、おい! 起きろ玉袋」

 乱暴に体を揺すると、玉太郎はムニャムニャと口を動かし、地響きのような腹の音を鳴らした。

「お、お腹空いてるのかな?」

 夜光は狂士の隣で心配そうに見つめ、玉太郎のおでこを撫でる。

 

「チッ、しゃーねーなー」

 狂士は凄く面倒くさそうな表情で朝御飯の余りの握り飯を持ってくると、玉太郎の口に乱暴にねじ込んだ。


「むぐっ……むぐむぐむぐ」

 眠ったまま器用に握り飯をたいらげた玉太郎は、ようやくその目を開ける。

「……はっ!」

「良かったぁ、気がついて」

 体を起こしキョロキョロと見回す玉太郎に、夜光は笑顔で「おはよう」と明るく声をかけた。


「おい、お前替え玉の仕事ほっぽり出して何してんだよ」

 ムスっと睨み付けるように言うと、玉太郎は慌てた様子で捲し立てる。

「そ、それどころじゃないんだよ! 一休のヤツが突然やって来て、猫又を!」

「ちょ、ちょい落ち着けって……何があったのか、ゆっくり話してみろ」

 狂士は掴みかかる玉太郎の体を引き剥がし、目の前に無理矢理に座らせた。


「んで? 猫又がどうしたんだよ」

 狂士に促され、玉太郎は俯いたまま、辿々しくこれまでの出来事を話し始めた。


「はぁ!? 猫又が!?」

「嘘……どうしてそんな」

 猫又が封じられたと聞き、二人は激しく動揺する。

 

「おいらだって信じられない。けど、確かに瓢箪に吸い込まれたんだよぉ!」

 再び慌て出す玉太郎の頭に、狂士は拳骨を一発落とす。

「いったーい! 何すんだよう!」

「ちょ、ちょっと狂士!」 

「うるせぇ! お前も何で止めねぇんだよ! どうせボケッと見てたんだろ!?」

 夜光の制止も聞かずに、狂士は玉太郎を捲し立てた。

 すると、玉太郎は悔しそうな表情で目に涙を浮かべて口を開く。


「おいらだって……一休の協力なんてしたくなかった……でも、断れば皆に狸だってバラすって言われて……どうしても断れなかったんだよ」

「玉太郎さん……もう泣かないで」

 夜光は持っていた布で玉太郎の涙や鼻水を拭く。

「うー、ありがどー……夜光ちゃん」

 そう言うと、玉太郎は感激でますます涙を流した。


「……雑巾だけどな、それ」

「へ?……あぁ!」

 夜光は今気付いたようで、慌てて雑巾を後ろに隠した。


「はぁ、何か気が抜けたわ」

 夜光の小ボケに毒気が抜かれた狂士は、ワシワシと頭を掻きながらため息を吐く。

 そして、玉太郎に向かい真面目な顔で話を続ける。


「とりあえず事情はわかった。お前、その一休ってやつの居場所わかんの?」

 狂士の問いに、玉太郎は暗い表情のままフルフルと首を振った。

「一晩中飛び回ったけど、まだ全然……取り憑いてはいても、一休は人間の体だ。まだそう遠くへは行けない、はずだけど」

 話を聞き、狂士は立ち上がり半纏を羽織って出掛ける準備をし始める。

 

「きょ、狂士、どこ行くの?」

「その一休ってやつ探すんだよ。完全に逃げられる前に見つけねぇと」

「私も手伝う!」

 夜光は勢い良く立ち上がると、狂士の着物の裾を引っ張った。

 しかし、狂士は黙ったまま首を振る。

「……駄目だ。夜光はまだ外を出歩かない方がいい」

「でも、猫さんが大変なのに! それに、華世ちゃんだって……どうなっているか」


 夜光は猫又と共にいる華世の事を案じ、不安げに目を潤ませていた。

 その思いを聞き、狂士は決意を鈍らせる。すると、玉太郎が何かを思い出したように声を上げた。


「あ! そうだった!」

 ゴソゴソと毛むくじゃらの体をまさぐり、玉太郎は脇の間から何かを取り出す。

「こ、これ! アイツが吸い込まれる前に自分で引きちぎったんだ」

「これ、華世ちゃんの鈴……猫さん、華世ちゃんを助けてくれたの?」

 玉太郎から鈴を受け取り、夜光は大事そうに両手でそれを握りしめた。


「夜光ちゃんにそれを届けたくて……ここへ来たのも、本当はそのためなんだ」

「……玉太郎さん」

 玉太郎はポンと腹を叩くと、夜光に明るく笑いかける。

「おいら、絶対一休を見つけて、猫又を助けるから。だから夜光ちゃんは、その鈴と一緒にここで待っててよ!」

「で、でも」

 それでも何か言いたげな夜光の肩に、狂士はポンと手を置いた。


「夜光……華世を安全な場所で守ってやっててくれ。大丈夫だ、コイツも珍しく真面目だし、一休は俺らで絶対見つけるから」

 そう言うと、狂士はニヤリと笑みを浮かべた。

 いつものガラの悪い笑顔に、夜光もようやく安心した様子でコクリと頷く。

 そして、夜光は二人に向かって深く頭を下げた。

 

「狂士、玉太郎さん……よろしく、お願いします」

「おう、任せとけ! ほれ、行くぞ玉袋」

「わわっ、首を掴むなってー」

 玉太郎の首をガシッと掴み、勢い良く部屋を飛び出して行った。


「……一休宗純ですか……面倒な事になりましたね」

 襖の裏で話を聞いていた成弥は、神妙な表情で一人呟くのだった。

 


     

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