39:醜さ
由紀は難しそうに二人の顔を見る。
方や魔人に身体を乗っ取られた男子生徒、方やその生徒に人質にされている女子生徒。正直二人の命なんて由紀にとって有象無象にすぎない。無視しても心は痛まないだろう。
だが見捨てるのは人としてどうだろう。家族からも非難されるかもしれない。それに自分の好みで人助けを選択するなんて他の勇者と同類だ。そんなのは由紀も腹立たしい。
「さてと。一応聞くけど……ババロアだっけ?」
「バルルだ。名前の一つも覚えられぬとは、下等生物らしいな」
「あらごめんなさい。地を這うウジ虫の名前なんていちいち覚えていられないの」
「ほう?」
ナイフを朝倉の頬に押し当てる。もう少し力を入れれば彼女の顔に傷がつくだろう。
「ちょ、黒井! あんた勇者でしょ、早く助けなさいよ!」
「そうだそうだ! 俺の身体からこの化け物を出せよ!」
朝倉と新城は助けを求めるも、その言葉の節々に上から目線の高慢さが見え隠れしている。
だからだろう。二人の事に思う所があった。
「ねぇ。何で二人は今ここにいると思う?」
「はぁ?」
「新城君さ、堤君を恐喝していたんだよね?」
「…………」
続けて朝倉の方を見る。
「朝倉さんも似たようなやつじゃない? 堤君を馬鹿にして他の皆と一緒にイジメてたんでしょ。なら今の状況は当たり前だね。どんだけ堤君に恨まれてたんだか」
図星なのか二人は歯軋りをしながら顔を歪める。
アマニダの言っていた通りだ。彼らのような連中にイジメられていては性格も歪むだろう。
いや……春人の場合は元からだ。だからこそイジメの対象にされてしまったのだ。それを証明するように新城は憎まれ口を吐き出す。
「当たり前だろうが! 黒井はあいつがどれだけウザイか知らないんだ。偉そうにしてるくせに勉強も運動も雑魚。あんな奴と一緒にいるだけでムカつくんだよ」
「そうそう。スカートとか胸元ばっか見てさ。存在その物がキモいんだから仕方ないでしょ」
二人の言い分に呆れる。春人の恨みを買うのはともかく、イジメた事を反省もしやしない。
家族いがいはどうなっても構わないと、二人を見捨てようとした自分も人でなしだろう。だがこの二人も相当な外道だ。
「そうだ、俺達にヘコヘコしていたくせに勇者になったら調子こきやがって……」
「ねえ勇者なら勇者を殺しても良いんでしょ? 早く私達を助けて堤を殺してよ!」
「く、クハハハハ!!!」
醜い言い合いにバルルも笑い出す。
「傑作だな。あの勇者は以前から小物臭いと思っていたが……成る程、確かに力以外は汚物の塊のようだ」
「あら? 彼の部下じゃないの?」
「何を言うか。我々魔人が下等な人間に傅く? そんな訳あるか。奴は利用されてるだけよ魔王様が惚れていると思っているからな」
「……そういう事ね」
魔人にとっては利用している。そして春人にとっても自分が利用している側だと思っているのだ。それも魔王、おそらく女性の魔王が自分に惚れている、そんな演技で騙されているのだろう。
しかしそれでも彼の行いは許容できるものではない。玄徳に連絡すればすぐに春人の粛清申請が出され……確実に通る。そうなれば勇者である自分がやらなければならない。
「状況は把握したし、もう行くから」
「動くな! この小娘がどうなっても……」
これ以上話してもストレスにしかならない。立ち去ろうとする由紀をバルルは引き止める。ナイフを振り上げ朝倉に刺そうとした瞬間……
「うるさい」
由紀が指を鳴らす。すると一本の氷柱がバルルの頭を貫いた。
「「へ?」」
新城と朝倉には何が起きたのか一瞬理解できなかった。二人の目には何も見えなかったのだ。
「あ……う……」
頭から塵となって消えてく魔人。同時に新城の身体から力が抜け、彼はへたりこむと咳と一緒に黒い塵を吐き出す。魔人から解放され、身体の自由を取り戻した。
朝倉も足下にナイフが落ちるのを見て状況を把握する。
「さ、流石勇者! この調子で堤のやつも……」
「黙れ」
右手に炎の刀を産み出し突きつける。
「あのさ、二人とも自業自得だってわからないかな。堤君をイジメてたからこうなったんだよ。…………あんたらみたいなのがいるから、勇者は増え続けるんだ」
話すだけで無駄だ。二人は自分の行いが正しいと思い込んでいる。確かに春人にも非がある。だからといって二人に正義は無い。
彼らも同じだ。自分が被害者だから何をやっても許される。春人と同じ思考をしているのだ。
「さよなら。後は自分でどうにかして」
冷たく言い放ち由紀は校舎の方へと急ぐ。彼らだけに構っている訳にはいかない。おそらく校舎にも魔物が侵入している。そして春人の選り好みで助かる人間が決まるのだろう。
朝倉が何か言っているが由紀の耳には入らない。
「……ちぇ。何よ。黒井も勇者か」
「だけど堤よりかはマシだ」
「そうね。あ~最高! 堤が死ぬって考えるだけで楽しくな……」
朝倉の言葉はそこで遮られる。グチャ、そんな何かが潰れる音に。
「?」
顔に跳ねる鉄臭い液体。それが血だと気づくのと同時に、隣にいた新城が身の丈はある斧に潰されているのを見てしまった。
そして斧を振り下ろした者、鎧を着たオークと目が合う。
「あ……え?」
悲鳴よりも早くオークが朝倉の首を掴む。足は地面から離れ、彼女の細腕ではどれだけもがこうとびくともしない。
「嘘、まさか? い、嫌……」
焦り絶望に顔を青ざめる。その表情にオークは嗤い鼻息を荒げた。
鎧のベルトを外し、腰周りの鎧が落ちる。朝倉はその行動の意味を知らぬ生娘ではない。
「嫌だ! 誰か……黒井さん助けて! ねぇ!」
オークやゴブリンが人間を苗床に繁殖する。それは有名な事だ。だからこそそれらは女性にとって最悪の魔物として忌み嫌われている。
「嫌だ嫌だ嫌だ! 助けてお願い、止めてぇ!」
ふと頭を過るのは春人の姿。彼が今の自分と同じ事を言っていたのを思い出す。
その時自分はどうしていたか。そうだ、このオークと同じように嗤っていた。
苦しむ姿が滑稽だった。惨めな姿と見比べ優越感に浸っていた。
後悔しても遅い。誰一人として朝倉の悲鳴を聞き入れる者はいない。むしろその声に惹かれオークが余計に集まるだろう。
そもそも彼女の悲鳴は反省ではない。ただ自分が助かりたいだけの後悔するフリでしかなかった。
「嫌ァァァァァァァァァァァァ!!!」




