63:大人の恋愛相談
「死ね」
ドン! と音を立ててジョッキがテーブルに叩きつけられる。
バルドの静かな怒りが周囲に滲み出し、苛立った視線が善継に突き刺さった。
「お見合い相手から熱烈なアピールを受けながらマリリンちゃんだと? モテ自慢か? マジで死ね」
「そういうんじゃねぇって。こっちはマジで悩んでんだよ……」
五人が集まったのは近所の居酒屋だった。相談がある。その善継の言葉に鮫肌丸だけでなくバルド達も面白半分に集まったのだ。
そしていざ相談すれば第一声がこれだ。
「か~っ。聞いたか鮫肌丸。こっちは色気ゼロなのによぅ」
「俺は再婚する気が無いだけだ。そもそもスパイダーの色恋沙汰に文句を言う権利は俺達に無い。男の嫉妬はダサいぞ」
「うぐっ。けどよぉ、イナズマにラビキュリーちゃん。こいつは許せねぇよなぁ?」
ならばと女性陣に援護を求める。二股するクソヤロウと言いたげにすり寄るも彼女達の反応は薄い。
「いやー、別に好意向けられてるだけっしょ? そりゃ二人に手出してたら去勢案件だけど、スパイダーはまだセーフじゃないの」
「私も特に……。ただ単にスパイダーさんがヘタレなだけじゃないですか」
「ぐふぉ!?」
ラビキュリーの言葉が胸に刺さる。ヘタレ。そう言われても反論ができない。男らしくどちらかをきっぱり決めていない自分が百パーセント悪いのを善継は自覚している。
しかしこんな経験の無い善継にとっては人生を大きく左右する事態なのだ。
「そ、そうは言われてもな。俺もどうしようか悩んでてて……」
「ふぅん」
イナズマは持っていたビールを一口。口の周りに付いた泡を舐める。
「ねぇスパイダー。あんたどっちかと言うと結婚を優先したいんだよね?」
「おう。親父から孫コールが止まらないからな」
「ならさ、マリリンちゃんを抱ける?」
空気が凍った。善継も持っていたジョッキを落としそうになり、ラビキュリーは沸騰。鮫肌丸は静かに枝豆を摘み、バルドは恨めしそうに善継を睨む。
爆弾だ。特大の爆弾をこの侍女は蹴り入れた。
「お~ま~え~な~。何を言い出すんだ」
「ハァ? 大切な事じゃない。スパイダーは結婚と子供が優先。なら抱けるかどうかは重要でしょう?」
彼女の言い分も理解できる。子供の作り方を知らぬガキではない。頭を抱えながらもセクハラ発言を擁護できなかった。
「言いたい事は理解した。けどな、こんな場所で言う事か?」
「むしろ酒の席だからこそじゃない。あれ? もしかしてスパイダーってドーテー? それならあたしが男にしてあげよっか?」
「高校ん時の彼女で卒業してますー」
「へぇ~。んじゃあ結局のとこどうなの? マリリンちゃんと寝れるの? これ、めっちゃ重要だからね」
笑いもせず真剣な眼差しで善継を見据える。彼女なりに、女性目線で思う点があるのだろう。
一方善継は静かに考える。気は進まないが言われると自然と意識してしまう。
脳裏に浮かぶのは自室のベッド。その上には寝転び服の乱れた真理。そして彼女に覆い被さる自分。
「………………ノーコメントで」
「あ、こいつヤったの想像したな」
「うるせぇ」
年甲斐もなく耳が赤くなる。よく知った相手だからこそ恥ずかしい。仲間をそういった目で見てしまった事に小さな嫌悪と罪悪感。それと胸の奥から沸き上がる欲だった。
(マズイ……何意識してんだよ俺。相手は真理だぞ。いくらなんでも…………いや)
否定しようとした気持ちを切り捨てる。頭の中に先日の事が思い浮かんだ。
由紀が引き出した真理の本心。あれを一時の感情と笑えるものか。真理への侮辱でしかない。
(ちゃんと向き合うべきか)
大きくため息をつきながらジョッキを煽る。
何かを決心したような面持ちに鮫肌丸も頬杖をついた。
「スパイダー。整理がついたようだが、保留だけは止めておけよ。どうするかはお前の自由だが、無意味に周りを振り回すな。男らしくビシっとしろ」
「解ってる。うちの勇者様にも釘刺されてるからな。受け入れるか断るか、中途半端は許さないってさ」
「そりゃそうだ。恋愛の引き延ばしが許されるのはラブコメ漫画だけだからな」
納得できるようなできないような。そんな複雑な気持ちを抱きながら肩を落とす。
しっかりしろ。そう自分に言い聞かせながらアルコールと体内に流し込む。
「まあ、結婚は悪くないぞ。人生の墓場とか言ってるやつもいるが、俺は良かったと思うぞ」
「そうは言ってもさ、私らヒーローが良く思われてないの知ってるでしょ? 私も結婚相談所じゃ壊滅だったし」
「そう考えると、スパイダーのお見合い相手って稀有だよな。あー羨ましい」
皆の視線が痛い。それでも最初に相談を持ちかけたのは自分だ。諦めろと言い聞かせながら周囲の騒ぎを聞いていた。
将来への不安と期待。複雑な気持ちを抱きながら彼女を想うのだった。




