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29:たまにはゆっくり

「……何この空気。あたし何かやっちった?」


「い、いやさ。真理、お前……けっこう大胆な事言ってんのわかってんのか?」


「はぁ?」


 ため息をつく由紀と玄徳。ニヤニヤと微笑む明美。三人の様子に違和感を感じ状況を整理する。

 善継の家庭状況、そして今彼は一人である事を順番に思い出す。そして。


「あ」


 独身男性、二人きり、自分の言葉の意味を察しどんどん顔が真っ赤になっていく。


「いや、違っ……! そういう意味じゃない。ただあたしはだなぁ!?」


「解ってるから、落ち着けって」


 善継がなだめるも、パニックになり目を回している。無意識とはいえ恋人でもない独身男性の家に行こうとしたのだ。本人も相当恥ずかしいだろう。

 そんな姉の恥態に由紀も頭を抱えていた。


「もう、お姉ちゃんったら」


「おや、意外ですね。由紀さんなら真っ先に八ツ木さんに噛みつくかと思ったのですが」


「いやいや。今回はお姉ちゃんのミスが原因だよ。それに」


 ちらりと善継の方を見る。真理を落ち着かせようとしている小さな少女。自分達よりも幼く見える中身アラサー男性に苦笑した。


「今の八ツ木さんって完全に女の子でしょ? 何も問題無いじゃない」


「そう! そうだよ! 善継は今女の子。だから問題無い、あたしは変じゃない」


 同性だから大丈夫。何も不自然な事はないと主張し始める。確かに由紀の言う通り身体は少女なのだから間違いは起きないだろう。

 普通なら。


「でも心は男性ですし、女の子同士でもいろいろとヤレますよねぇ。むしろ女性だからと油断させて……」


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」


「柳原ぁ! お前は場を引っ掻き回したいのか? 少し黙ってろ!」


 明美が油どころかガソリンを振り撒く。真理は余計に混乱し善継は困惑、玄徳はどうすれば良いのか解らず固まったままだ。


「明美、それマジ?」


「マジですよ。うち女子校なので、そういう人結構います」


 成る程と頷き納得する。明美自身が経験があるのかは定かでははないが、女子校にそういった人物がいる噂は聞いている。


「お姉様~ってやつだよね。本当にああいうのあるんだ」


「いやいや、もっと生々しいもんですよ。まあ、私はそのケが無いのですが、時々……」


「あ、うん。そういう人を悪く言うつもりは無いけど、いろいろと大変だね。明美も……って、それよりもお姉ちゃんだった」


 思い出したように再び真理の方へ。違う、違うと呟きながらベソをかく真理に、彼女をなだめる善継。何と言うか、パッと見は可愛いらしく見えるものの、ここまでくると少し真理が不憫に思えてくる。


「どうします?」


「とりあえず……」


 グズる姉に駆け寄り頭を撫でる。こうなってしまってはどっちが姉か解らなくなりそうだ。


「ほらほら。お姉ちゃん落ち着いて。別に下心がある訳じゃないのはみんな解ってるから。まあ八ツ木さんの方に下心があったら叩きのめしてたけど」


「この姿でやったら姉さんに祟られるわ。そもそもそういう関係じゃないっての……」


「ふーん。まっ、それなら私も八ツ木さんの家に行くなら問題無いでしょ」


 善継は一瞬何を言っているのか解らなくなる。が、それよりも早く明美が食いついた。

 楽しそう、そう彼女も目が叫んでいる。


「そうですね。なら私もご一緒させてください。真理さんの手料理食べてみたいです」


「せっかくだしみんな一緒がいいかも。八ツ木さん、大丈夫? 部屋に全員入りますか?」


 とんとんと話しが進み気圧される。だが断る理由も無いし、下手な事を言って場を混乱させるのも避けたい。

 ちらりと真理に視線を送りため息をつく。


「別にかまわん。それより真理はどうなんだ? 一応作るの真理だろ」


「あ、うー。うん、この人数なら鍋とかかな。由紀がいるならちょっと多めなものがいいし」


「それならすき焼きが良いなぁ。もちろんお姉ちゃんが作ってくれるんだから、材料費は八ツ木さんの奢りですよね」


 ニヤリと意地悪な笑みで見下ろしてきた。由紀が何を言いたいのか瞬時に理解する。それ所か明美も同調しだす。


「そうですよ。八ツ木さんも歳上かつ上司なんですから、たまには私達にご馳走してくれても良いんじゃないですか?」


「ねー?」


 楽しそうな二人の様子にやれやれと微笑む。正直悪い気はしない。こういった軽口を言ってもらえるくらいには信頼されているのだ。

 それに、今まで奢る機会は殆どなかった。こういうのもたまには良いだろう。


「わーったわーった。けど高い肉はダメだぞ」


「イエーイ」


 ハイタッチする二人に頬が緩む。勇者だのヒーローだの呼ばれているものの、やはり二人は年相応の少女なのだと気づかされる。

 こういった平穏な時間が続けば良いのに。そう心の片隅で祈るのだった。

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