23:あたしはヒーロー
空気が一変する。善継の声が響き人々の脳へと伝っていく。勇者ドラッグ。それがどれだけ危険なものか世間も周知している。
「皆さん避難してください! 危険です!」
善継の警告を皮切りに、周囲に悲鳴が満ち人々は一斉に逃げ出す。男はフラフラとたちあがると、血走った目で芹沢を睨む。
普通じゃない。この異様な雰囲気は勇者ドラッグの副作用。幻覚といった人間の精神を蝕む、文字通り麻薬と同じ効能のせいだ。
「俺の彼女にならないなら、なるるちゃんはいらない。ブッ殺してからオモチャにしてやるぅぅぅ!!!」
シャツを引き裂くと毛深く脂肪の塊のような腹を見せる。中年肥りの醜い腹……だけではなかった。
(赤い?)
腹に巻かれていたのは赤い機械のバックルのベルト。バルブのついたそれは勇者ドラッグを点滴するギアだ。しかし色が違う。見た事の無いタイプだ。
男はもう一個アンプルを取り出しバックルに刺す。
「ドーズ!」
『Reason collapse』
全身から吹き出す黒い汗。表面が固まると、内側から爆ぜるように飛び散る。
『No need for anyone other than important people』
「……こいつ」
真理は驚き目を見開く。氷柱の二本角。ベルトでがんじがらめになった水色のコート。そして勇者ドラッグの服用者、アディクショナーの特長である逆さまになった笑顔の仮面。この鬼のようなシルエットに見覚えがあった。
このアディクショナーが使っている勇者ドラッグは……由紀を素材にしたものだ。
「殺す殺す殺ぉぉぉぉすぅぅぅ!!! 氷漬けにして、永遠に俺のモノにしてやるぅぅぅ!!!」
「ひっ!?」
指先から氷柱が伸び、逃げ出した芹沢の背に発射される。矢のように鋭い円柱が一直線に飛び迫った。
避けられない。何の力も持たない彼女には、悲鳴を上げながら逃げる以外の道は無かった。それは狙われなければの話。獲物と認められれば逃げても無駄だ。人間ではアディクショナーに抵抗できない。
だからこそヒーローがいる。
「トランス!」
『ドレスアップ!』
氷柱の前に割り込む黒い翼。三角帽子をなびかせ、二丁拳銃から伸びる翼型のナイフを肥大化させ氷柱を弾く。
床に刺さる氷の槍。眼鏡が光を反射しレンズの奥の瞳が眼前の怪人を睨んだ。
『魔法少女マリリン! ヒャッハー!』
深呼吸をしグリップを握る。芹沢を守るように仁王立ち、闘志のこもった眼光に怯む。
「芹沢、早く逃げろ」
「黒井、なんで……」
助けてくれた。そう言いたいのを真理も察している。
「ヒーローだからだよ」
こんな女、助ける価値は無い。そもそも助けたくもないのが本心だ。
「あんたら一般人を守るのがあたしらの仕事だ。正直、芹沢がアディクショナーに殺されても一マイクロも涙は出ないし、ざまぁみろって思う。けどな」
ふと芹沢に駆け寄る善継が視界に入る。
「助ける人を区別しちゃぁヒーロー失格だ。尊敬する先輩に説教されちまうからな」
ニヤリと笑いながら銃口で帽子を上げた。邪念の無い明るい笑みだ。
そんな二人の様子に男は苛立ち指先を向ける。
「ヒーローだかなんだか知らんが。俺の邪魔をするなら殺す。お前みたいなチビはいらねぇんだよ」
「おや。そんな事言っていいのかな?」
「?」
余裕綽々とした笑み。一瞬意味がわからず停止した隙に、焼けるような高熱が接近する。
「お姉ちゃんに、何やっとんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
両足に炎をまとったドロップキックが横っ面に直撃する。真っ赤に熱された衝撃が空気を歪め、氷の鬼を回転させながら蹴り飛ばす。
颯爽と着地し、短い髪を揺らし全身から熱気と冷気を滲み出しながら由紀が到着。その後ろから明美も駆け寄った。
「お待たせしました。ちょっと離れている間にたいへんな事になりましたね」
「それよりもアレ。あの鬼みたいなやつ、私の勇者ドラッグじゃない。人の血使って何やってんのよ……」
「まあまあ。それよりも」
ふと明美の視線が鋭くなる。獲物を狙う猛禽類のように起き上がるアディクショナーを睨んだ。
「アハハハ。何これ? ぜんっぜん痛くないんだけど」
確かに由紀の蹴りは直撃したはず。いくら逮捕の為に手加減したとはいえ、全くダメージを受けていないように見えた。
「ピンピンしてません、あれ。流石由紀さんのアディクショナーですね」
「おっかしいなぁ。アディクショナー相手だし、そんなに手加減してないつもりなんだけど。それに小原君が使ったやつはもっと脆かったような」
「いいから二人とも、早く変身しろ! こっちは真理一人なんだぞ!」
善継の声に思い出したようにギアとメダルを取り出す。
「そうだった。八ツ木さん、今戦力外なの忘れてた」
「ですが、本来のお仕事をしてもらえますし。上司らしく指示してもらいましょう」
「うるさいうるさい! 今来た二人も氷漬けにして、なるるちゃんと一緒に飾ってやるぅ!」
再び発射される氷柱。今度は由紀と明美が狙いだ。しかし……
『セット♪』
炎と氷の猫が割り込み氷柱を蹴散らす。二匹の猫が二人を守るように周囲を駆け巡り、明美の足元には薄紫の花が開いた。
「「トランス!」」




