20:成長する敵意
街灯が星空のように輝く夜の街。本来ならば快楽を貪る繁華街の本番と言える時間。しかし街は異質な空気に包まれていた。
聞こえるのは人々の悲鳴と走り回る車のエンジン音だ。
「くそっ、くそっ、くそがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
街中に響く男性の声。身の丈はあろう銃を担ぎ、暗視スコープを着けた警察の特殊部隊のような風貌の男性だ。
いや彼は警察ではない、左腕にはギアがある。彼はヒーローだ。
男性は無我夢中で目の前のナニかに発砲している。銃声が響き放たれた黒い炎の弾は当たらず、ソレは縦横無尽に跳ね回り何かを男性の足元に投げ捨てる。
それは人間の下半身だ。ロングスカートを履いた女性の下半身が血を撒き散らしながら足元を転がる。本来あるはずの上半身は消え、傷口からは肉と背骨が露出し小さく痙攣していた。
「よくもマダムを! この、化物がぁ!」
恨みと怒りの籠った雄叫び。憎しみの矛先にいたのは一体の怪人だった。
目が四つあるライオンの頭をした痩せ細った男。だがそのサイズが問題だった。十数メートルはある巨体。手足の先は車の天井に突き刺さり、まるでローラーシューズを履いているかのようだ。口は咀嚼するように動き喉を鳴らして呑み込む。
こんな巨人がドリフトしながら軽々と弾丸を避け、ヒーローを喰らっていくのだ。まさに悪夢だろう。
「こちらサージェントマン、メリケンマダムがやられた。リーダー、速くこっちに援軍を!」
『鮫肌丸だ。こっちもどうにか暴走した列車を止めた。ラビキュリーとそっちに向かうから、四十秒だけ耐えてくれ』
「わかった、やってやる!」
自身もヒーローとして活躍してきた自負がある。それにあと少しだけ耐えれば頼もしい味方が、リーダーである鮫肌丸が来る。
小さな希望を胸にギアへと手を伸ばす。一撃大きいのをお見舞いすれば、と希望を託す。
「ニィ」
が、化物は嗤っていた。見下すような、敵と見なしていない嘲笑の視線。屠殺所に送られる豚に舌なめずりをしているようだ。
その直後。
「ああああああああああああああああああああ!!!」
鼓膜を破裂させるような咆哮に身体が動かない。捕食者の前の子鹿。蛇に睨まれた蛙。本能的な恐怖に縛られる。
時間は一瞬だった。ヒーローとしての意地か、立ち向かう勇気が彼の思考を呼び戻す。
「くっ……」
頭を振り正面を向き直す。命懸けの戦いの最中、相手を視界から見失うのは危険過ぎる。
だが彼の目に再びあの化物が映る事は無かった。視界に現れたのはトラックだ。
「は?」
それだけではない。軽自動車、バンといった自動車達。バイクに自転車に子供用の三輪車。あらゆる乗り物が津波となって一斉に襲いかかってきた。
視界を埋める車、車、車。無人なのに、まるで透明人間が運転し轢き殺そうと襲い掛かってくる。夢か幻か。非現実的な光景に足が止まる。
鉄の雪崩がサージェントマンを呑み込み、一瞬の内に姿を消した。不気味な笑い声を上げニヤつく化物。言葉ですらない高笑いが街に響く。
「この野郎ッ!」
笑い声を押し退け飛び掛かる二つの人影。上半身半裸の具足にサーフボードを持つ男性と、槍を持つ兎のような女性騎士だ。
『Finish!』
二人が同時にギアを操作する。サーフボードから青い光が鮫の形へ、槍の先端が巨大なニンジンへと変化し上空から化物へと叩きつける。
衝撃が空気を伝い、爆散したアスファルトが宙を舞う。そして風が砂埃を払い人影が浮かび上がった。
そこにいたのは二人のヒーローだけだった。
「…………手応え無し。消えただと?」
鮫肌丸の頬を冷や汗が伝う。
「あの巨体で避ければ見失うはずがないわ」
「瞬間移動のような能力もあるのか? いや、今は被害の確認だ。サージェントマンを頼む」
兎騎士の女性が頷きスクラップの塊となった車達に駆け寄る。槍で器用に鉄屑を蹴散らし掘り進むも、手を止め鮫肌丸の方を向き首を横に振った。
「クソっ。二人もやられたか」
「ねぇ、スパイダーに連絡してあの勇者ちゃん借りれないの? これ、私達がどうこうできる相手じゃないって」
「そりゃ名案だ。見た感じ、もう一人の奴隷勇者から産まれた奴だろう。勇者に相手をしてもらった方が良いな……」
そう呟き空を見上げる。美しい雲一つない満月の夜空。そんな明るい空と違い、彼の心は暗雲が立ち込めていた。




