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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第十六章・第一部完結
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君は遠く去りて2

 王都帰着から一夜明け、ランスフリートは城を訪問していた。

 恒例である神殿への参拝を済ませると、その場で親王号授与の略礼を受けた。


 太子に立つ場合は、諸外国への通知、外交の兼ね合いで立太子礼を省略するわけにはいかないが、親王号の扱いは宮廷内部の話であって、王の宣言のみでも成立する。


 弔問使の出発後、ラインテリア王国との縁談が、双方の理由でたいそう迅速にまとまったため、本人不在のうちに親王宣下の令旨が布告され、本日、遡っての略礼を行ったのである。

 本日からは、王城の住人となる。


「手回しの良い事だ」

 留守中に、あらゆる準備が整えられたのだろう。


 祖父宅から自室にあった全てが、城の南、王族が居住する休息の間へ移されていた。

 歴代王太子が私室として使用した、陽光が良く入る一室に、いつもの調度品と寝具が見慣れた案配に配置されている。

 道理で、昨夜は客間に寝かされたわけだ。


 以前と異なるのは、広さがおよそ三倍になった事か。

 祖父宅では、広くとも寝室を兼ねた居間しか無かったものが、現在は居間と寝室が分けられ、さらに一間があり、玻璃をふんだんに使った採光室までがある。


 エテュイエンヌ訪問時に提供された客間にも、海が見える露台があったと、ランスフリートは思い出した。

 今、王太子の私室から見える風景は。海ではなく、観賞用の常緑樹と手入れされた花壇、彫刻群である。


 ゆっくり庭を眺めていられる時間のゆとりは、残念ながら無い。

 ようやく正式の王子、来年には王太子に立つと定まった彼の元には、挨拶の客人がひっきりなしに押し寄せてくる。

 諸神礼賛の儀から昼食までの間、いったい何人と面会したか、よく覚えていない。


(王子がこんなに忙しいとは、知らなかったぞ)


 食事も、随分と軽いものだった。

 主食であるクエラと果物、辛みが効いた煮汁スープだけである。

 わけを聞くと、新しく専従の執事としてつけられた、古参の宮廷役人は


「殿下にあらせられては、夕方まで御予定がございます。

 お昼時はなるべく空き時間をお作りになられず、日が落ちるまでに御公務の一切を終わらせて頂かなければなりません」


 つまり、一日働き詰めになれというのだった。

 よく聞けば、父も朝の神殿参拝が終われば、会議に出席したり臣下の報告を受けたり、文書に署名したり、案外と多忙に過ごしているとの事だ。


 単に王の実子だった時代、父は暇を持て余しているとばかり思っていたので、これは意外だった。


「おれに務まるのかな。

 段々、自信が無くなって来たぞ」


 何もする事が無かった祖父宅の暮らしと、これから始まる公務漬けの日々、果たしてどちらがランスフリートの気性にかなうだろうか。


 ひっそり、しかも慌ただしく、昼食を終えた後は、挨拶を受ける時間の再開だった。

 辟易し始めたあたりで、執事が


「次の御予定を申し上げます」


 にこりともしないで無情に口を開いた。

 どうもこの老齢のガニュメア人とは、反りが合わない気がしてならないランスフリートである。


「まだあるのか」

「はい。

 次は、茶話会への御出席を賜ります」


「茶話会。急に優雅な話になったな」

「王后陛下がご主催あそばされる、ごく内輪の会にございます」


 ランスフリートの表情が、大きく変わった。



 現在の王后きさきは、実母エルデティーネ・ミシアだった。

 政敵一族の出である前王后は、既に王城を立ち退いて、寺院入りしたと聞いている。


 事実上の幽閉と言える。命を助ける代わりに、世俗と絶縁するのだ。

 彼女は残りの生涯を神に捧げるしかない。


 かつて、王后の地位を目前にしながら、出し抜かれて麗妃、すなわち側室に留まらざるを得なかった母とは、ずっと疎遠だった。


 年に数回ばかり会う機会が設けられる程度で、それも親子の時間とは言い難い。

 麗妃の称号を持つ母は、公式身分が無いランスフリートから見て、宮廷秩序においては上位者だった。従って、臣下の礼を取らねばならない。


 ようやく、互いに実の親子らしい態度で接しても許されるようになったのだ。

 緊張しながら、指定された城南の一角、王族専用の茶話室へ赴くと、美しい二人の女性に出迎えられた。

 一人は母、もう一人の若い姫は、初夏の園遊会で顔を見たきりの異母妹フェレ―ラ・シトネーだった。


「よくお越し下さいました、殿下」


 母が微笑しつつ、軽い会釈を施す。異母妹も倣って優雅に淑女の礼を捧げて来た。

 よく判らない客と紋切り型の挨拶ばかりしていた身に、安堵が満ちる。


「母上。

 すっかり御無沙汰をしておりました。御健勝の御様子、何よりです。

 フェレーラも、久しぶりだな。元気そうで安心したよ」


「殿下も殊の外、ご機嫌麗しくあられ、歓喜の念に堪えません」


「良いのよ、フェレーラ。

 ここにはわたくしと姫、ランスフリートしか居りませぬ」


 肉親に戻って良い、と王后が言い、内輪の気安い茶会が始まった。

 昼が軽かったのはこの為でもあるのかと、ランスフリートは円卓に乗せられた様々な菓子や軽食を見やって、一人で納得した。


 三人だけの卓上には、十人分も用意されたように見える程、多彩な品揃えがある。

 茶を喫しつつ、母が言うには


「エテュイエンヌのご訪問、まことに大儀でした。

 無事のお帰りを、わたくしもフェレーラも心待ちにしておりましたこと。

 どうぞ、異国の珍しいお話をお聞かせくださいね」


 要は、異母妹に対して婚約者となったロベルティートについて、見知った内容を話してやって欲しいという趣旨らしい。

 ランスフリートは頷いて、南西三国の王子がどのような人物かを、思い出しながら語った。



 そこそこ長い時間を費やし、そろそろ夕刻にさしかかる頃。

 茶会を終えて席を立ったランスフリートに、今度はダディストリガが面会を求めていると告げられた。

 用事が済むまで、ずっと控えていたというのである。


「割り込みくらい、してもいいのにな。

 彼も肉親なんだから」

「そうは参りますまい。

 剣将閣下のご気性からして、そのような無作法は」


「……ああ、判っている」


 冗談が通じない残念な執事の性格に、少々がっかりしつつ、何とか気を取り直して廊下を急ぐ。

 従兄の用件は、今更の挨拶ではないと思われる。


 といって、火急に裁断を仰がれるような内容でもないのだろう。

 してみると、北方の情勢を含んだ、最新情報を届けに来たといったところか。


 それなら、形式ばかりが優先されて少しも面白くない儀礼を交わす席につくよりも、格段に興味が引かれる。

 自然と足が速くなる。


 王太子の居間に、たいへん畏まった彼が居た。

 またまた挨拶かとうんざりし、ランスフリートは、彼が立ち上がろうとした仕草を見て


「良い、剣将。

 貴公の来訪であれば、何事かの報告、あるいは説明だろう。

 挨拶は省略せよ。この際は中身が大事だ」


 ダディストリガを承服させるに十分だと見当をつけた物言いで、すばやく遮った。

 なるほど、従兄は実に素直に、言いつけを受け容れた。


 母とは正反対で、今後の彼との間柄は、すべからく主従であるべきだとの見当もついた瞬間だった。

 席につき、人払いしてから話を促すと


「まずは北方情勢について、言上仕る」


 報告書らしい紙を一枚、差し出しながら口を開いた。

 文書の先頭には、北方圏において開戦とある。


「やはり、エルンチェアとグライアスが」


「御意にございます、殿下。

 報告によれば、三日前に北方圏東、公有の遊休地において、エルンチェア王国とグライアス王国が開戦、互いに正規軍を派遣しての戦闘状態に突入したとの由」


「決着はついたのか」

「はい。既に戦闘は終了しております。

 詳細はそちらの文面にございます。御精読を賜りたく」


 促されて目を通す。

 あくまで当方が収集した情報による、現時点で判明している状況の説明だったが、かなり興味をそそられる内容だった。


「これは……予想外の結果だな。

 このような決着になるとは、考えていなかった」

「御意」


「この報告は、いつ寄せられた」

「つい先刻でございます」


「そうか。

 では今後について、改めて思案と討議が必要になるだろう。

『彼ら』もまた、随分と思い切った決断をしたものだ」


 驚きを隠さずに感想を述べた時。

 気の合わない老執事から、入室を請われた。急ぎの案件だという。


 思わずダディストリガと顔を見合わせた。彼も意外そうな表情になっている。

 まずは用件を聞かねばならない。臣下を室内に招じ入れた。


「急ぎとは何か」

「はい、殿下。

「イルビウクのティエトマール邸付き筆頭執事どのより、使者が派遣され来った由。

 殿下にお目通りを願い出ております。


 必ず殿下にお目もじし、奏上し奉るよう申し付かったとの事。

 恐れながら第二謁見室まで、お御足をお運び下さいますよう」


 第二謁見室。

 そう聞いた時、ランスフリートは衝撃を受けた。

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