表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第十四章
80/257

祖国のために1

 まだ夜も明けきらない早朝、馬車は大通をひた走っていた。

 乗車しているのは二十代半ばあたりと思わしい女性と、彼女の腕に抱かれて眠っている幼児、他には男性が二名である。

 貴族向けの装備ではあるものの、さして豪華とは言えない。車内も成人を四人乗せるには手狭に見える。


「もう少しです」


 比較的若い男性が、女性に声をかけた。

 彼女は子供を抱きしめ、俯いていて、ほとんど反応らしい反応をしない。


 目鼻立ちがくっきりしている、上品な美人だが、泣き腫らしたと一目でわかる程に目元は赤く、頬はこけていた。


 眠れていないのだろう。

 幼児の方からも、眠る直前まで泣いていた様子が伺える。


 ブレステリス王国の武人ゼーヴィスの妻子だった。

 若い男性は、返答をしない女性を扱いあぐねているらしく、居心地悪そうに顔をしかめ


「……お気の毒だとは存じます。

 どうか、お気を落とさぬよう」


 通り一遍の慰めを、ぼそぼそと呟いた。

 相変わらず、夫人は無言だった。


 馬車は西に向かっている。当国は、王都が山裾に開けており、南側は森林地帯であって、条件の良い住宅街は開けた城下の西側にある。


 北方様式では、身分ある貴族は城の敷地内に屋敷を下賜されるのが各国に共通するしきたりで、その資格が無い場合は、格式に応じた場所に居を構える。


 馬車が目指しているのは、城から二馬歩(約二キロ)ばかりも離れた一角に設けられた貴族の居住区で、この事から車内の人々は、城内に住む程には身分は高くないと知れる。

 夫人が何を思っているのか、馬車に乗り合わせる男性達には知り様も無かった。



 北西に武を張るエルンチェア王国の首都においても、開戦がもたらした様々な影響が席巻している。

 王太子の進発を見送ったバロート王の次の仕事は、およそ華麗さに欠けるものだった。


「パトリアルス親王を第二謁見室へ呼べ」


 恭しく命令をうべなった伝令が走ってゆくのを見送ると、彼は目を閉じ、王座の背もたれに雄大な体躯を預けて、沈思の観を呈していた。


 妻は、思惑どおりに動いてくれたようである。

 彼女が次男を足止めしなければ、別の方策を用いる予定だったのだが、それには及ばなかった。


 彼は、妻の役割を助ける事だけをした。

 予想に違わず、パトリアルスは出陣しそびれる失態を犯した。


 あるいは、最後の賭けだったのかもしれない。

 もし、次男が母を押しのけ、万難を排して兄に従い、東国境へ赴いていたなら。


 父の、もしかしたら心のどこかに芽吹いていたかもしれない嘱望の念に、次男が応えていたなら。

 そうであれば。


 バロートは思い、そしてその期待にとうとう沿わなかったパトリアルスを、本格的に憎悪し、見放す決意を固めたのであろうか。


 目を瞑った王の厳しい面差しからは、胸中の思いを看取するのは難しい。

 パトリアルスは、ほどなく現れた。母を伴っていた。


 正確には、母が付き添って来たと言うべきかもしれない。

 出頭命令を伝わったと同時に、母子の論争は終了となった。


 現実を悟った時、クレスティルテは理性を取り戻した。

 国王の命令に不服従という大罪を、息子に犯させてしまったのだ。

 我が身に代えてでも弁明しなければならない。覚悟して、彼女は


「いえ、母上はお引き取りください。

 父上の御前には、わたくし一人で参上仕ります」


 渋る息子に無理やりついてきたのだった。

 夫を説き伏せるにあたり、甚だ劣勢と承知してはいたが、一つの根拠もあった。

 軍の進発を翌朝に控えた夕方、珍しく王の居間に呼ばれた。その時、語られた内容がある。


 無罪放免とまではいかずとも、体裁を取り繕える最低限度の処罰で済む。または、そうなるよう取り成す程度の事は可能であろう。

 そう思っていたクレスティルテが


「甘かった」


 痛感させられるのに、時間は長くかからなかった。

 王は、申し開きの機会を全く与えなかったのである。


「パトリアルス。

 もはや予は、そなたを許しおく事あたわぬ。


 重ね重ねの失態に、弁解の余地は無い。

 そなたは、我がシングヴェール王家に相応しからず。

 当家を脱せよ」

 

 勘当する。

 一方的な処置の言い渡しだった。


「ふ、夫君さまっ」


 妻が叫んだのを、バロートは一瞥すらせず、座したまま次男を睨ね据えつつ、控えよと怒鳴った。

 重臣達が居並ぶ中、パトリアルスは硬直している。

 何も言えないでいる第二王子へ


「パトリアルス・レオナイト。

 そなたに姓を与える」


 追い打ちがかかった。


「新たな姓はダロムヴェールとする。

 北海沿岸にある王家の別邸を居住地と無し、終生かの地より移動してはならぬ」

「父上」


 パトリアルスはあえいだ。

 途方も無い重罰である。流罪と称しても良い程だった。


「五日を猶予する。五日以内に親王邸を引き払い、居を移せ。

 間に合わぬというのであれば、更に五日だけ王城内の寺院に留まる事を許す。


 ただし、親王邸は必ず五日以内に、典礼庁へ引き渡せ。

 最大、十日間。それ以上は許さぬ」

「あなた、そんな」


 クレスティルテは、夫の足元に崩れ込んだ。


「それはあまりに酷うございます。

 パトリアルスの遅参は、この母に責めがある事。

 我が身はいかなる罰をも受け奉りますゆえ、何卒。

 何卒、そればかりはお許しを」


「ならぬ」


 バロートは、冷たく妻を見下ろした。


「そなたは次男の身を案じておれる立場ではない。

 そなたにも、罪は問う。

 予が、そなたの思惑について、何も知らぬと思うか」

「あ……」


 王后は、夫を見上げた姿勢で石化したかのようであった。

 美しい顔は、まるで蝋のような病的な白に染まり、両目は瞠られ、唇も歯ぐきが見えんばかりに大きく開いた。

 終幕が、絶望と共に王后の全身を覆った。


「あなた」

「哀れな」


 鋭い声。


「成りもせぬ妄執に囚われて、己の道を誤り、我が子の運命までも誤らせたか。

 そなたが申すとおり、責任はあげてそなたにある。クレスティルテよ。

 しかしながら、パトリアルスも同罪である」


 王はやにわに立ち上がった。

 うずくまる妻をまたぐようにして、大股に一歩進み出る。


「そなた、気づいておったか。

 母が、そなたを我がエルンチェアの王にと願い、我が王国と半ば敵対するブレステリスに助力を仰ぎ、王太子を排除せん、と目論んでいた事を」

「え……まさか」


 パトリアルスは衝撃のあまり、自失から立ち直った。


「わたくしを――王に。兄上を排除。

 母上が、兄上を」

「気づかなんだか、愚か者」


 バロートは両足を踏ん張って、次男に激しい怒声を浴びせた。


「それが、罪なのだ。

 第二王位継承権を何と心得る。そなたが如何に思おうが、権利は権利だ。

 その重みを理解せぬという事それ自体が、予に言わせれば、由々しき重過失である」


「……」

「そなたを主君に仰ぎたいと願う者にしてみれば、そなたの意志などどうでもよい。

 用があるのは、そなたが身に帯びる権利だ。


 嫡男が亡き者となれば、そなたは否応なしに王座を継ぐ。

 それを望む者が、進んで王太子の座を降りようとせぬジークシルトを放置するわけがあるか。


 それもこれも、そなたの存在そのものが起因となっておるのだ。

 なぜ、それが判らぬか。


 ジークシルトを敬愛しているというのなら、なぜ兄の足を引っ張る。

 王位を望まぬなら望まぬで、そのように身を処せばよいものを、なぜ今の今まで配慮せなんだか。

 何たる無思慮。断じて捨て置けぬ」


 父の猛烈な弾劾に、パトリアルスは返す言葉も無かった。

 いまにも絶え入りそうな次男を、バロートは凝視していたが、やがて顔をそむけた。


「予にも失策なしとは言えぬ。

 そなたの処遇について、早々に断じておくべきではあった。


 だが、この際は反省は役に立たぬ。

 事態を収拾する方途を考慮せねばならんのだ。

 その結果が、これである」


 彼はぐいと顔をあげ、再び正面を向いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ