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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第十四章
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祖国のために2

「全く。度し難いのう」


 執務室に戻った王は、巨大な文机を挟んで佇立する臣下へ、苦笑いを見せていた。

 緊張感をみなぎらせ、慎重に頭を下げる男は、反王太子の筆頭である。


 いったい何を思ったのか、王宮の主は単独の面談を仰せつけてきた。

 内務卿は


「第二謁見室で、何事かあったらしい。

 主だった文官は誰も呼ばれず、入室を許されたのは軍に関わる重臣のみだったそうな」


 とまでは聞いていたが、具体的な内容は知らされておらず、一人だけ王に呼ばれる可能性も考えていなかった。


 意外ではあったが、断るわけにはいかない。表面上は礼儀正しく平静を保って、城本丸中央を訪れた。

 入室早々、一層の意外な光景を目にした。

 机に両肘をつき、鼻のあたりで手を組んだ王が、苦笑しつつ愚痴を述べたのである。


あれも困ったものだ、みすみすブレステリスにたぶらかされおって。

 パトリアルスを可愛がっていたのは存じておる。親の常として、将来を案じる心境も分からなくはない。

 だが、如何に可愛かろうが、心配だろうが、おのずから限度はあろう」


「・・・・・・は」


「我が子可愛さに平常心を失い、たとえ故郷であれ外国の甘言にうかうか乗るとは、浅慮もいいところだ。

 予も、しなくて良い事をせねばならなんだ」


 大きく吐息すると、つい先程の一件を語り始めた。

 内務卿は、警戒しつつ頭を垂れた。

 王は時々目を瞑り、太い眉を寄せる。そして、盛んに首を振る。

 その様子は、不快感というよりも、起きた事態に対して不本意であるという内心の表れに見える。

 

「ジークシルトの凱旋が決まっておるわけでもないのに、パトリアルスを放逐せねばならぬなど、これは我が王家の危急である。


 なぜ、ブレステリスにころりと騙されたものか。

 あれは輿入れ以来、生国を忘れかねておった。そこを付け込まれたのだろうか。


 こうまであっさりと、そそのかしに乗ってしまうとはな。

 今少し、気を遣ってやれば良かったと、予もいささか悔いておる」


 内務卿は、主君の言葉ををそのまま受け取ってよいものか、否か。

 思案のしどころであろう。


 軽率な返答は進退どころか、生命に関わる。

 素早く考えた末、沈黙を守って会釈するにとどめた。


「予もな。考えてみれば、ジークシルトをひいきにし過ぎたようだ。

 ついつい恃みにしてしまい、美術や文芸ばかりに熱を入れるパトリアルスには、苛立ちを抑えられなんだわ。


 船は海に浮かべよ鍬は畑に用いよ、とは古来より言い習わされておるが、そうとは知りつつ、気がつけばあの二人を比べてばかりおった。

 なまじっか、パトリアルスの外見が予に生き写しなだけに、腹も立った」


「・・・・・・は」


「だがな、内務卿。

 けいも人の親であろう。不出来な者こそ可愛いという親心、判ってくれような。


 いつかはきっと、明日こそは予を驚喜させてくれるであろう。

 そう念じつつ、日を過ごして来た。その思いは今もって変わらぬ。


 王后きさきは、元々が我が国の者ではない。しょせんは他国の姫よ。

 予も、美貌に魅かれて妻にと望んだ。それだけの縁だ。失っても惜しくはない。


 だが、パトリアルスは違う。

 あれは我が子だ。妻とは比較になろうはずがない」


 バロート王は、精悍な面差しへ見事に苦悩する父親の顔を重ねた。

 深く吐息をつき、おもむろに組んでいた両手をほどいた。

 そして、机の引き出しから紙の束を取り出して、内務卿へ差し出した。

 

 慇懃な手つきで受け取った臣下の方は、読み始めたとほぼ同時に目を見開き、息をのむ音を立てた。

 相当に驚いていると見て取ったらしい主君は、鼻を鳴らした。

 利き手で頬杖をつく姿勢に変わっている。


「うむ、読んでの通りよ。

 ブレステリスめが。慌てて詫びを入れて来おった」


「キルーツどののご署名が入っておりますな。

 確か王后陛下の従兄にあたられる」


「左様。

 詫びられたところで、今更ではあるがな。

 第二謁見室で息子の不敏を叱り、威厳をもって処断に臨まねばならなんだ。


 卿も知る通り、あの場所を用いるとは、つまりそういう事だ。

 もはや取り消すわけにはゆかぬ。

 全くもって、腹立たしい」


「御胸中、お察し申し上げます」


 書類を手に、短く応じて、また会釈する。内務卿は表情に明るさを取り戻していた。

 バロートは軽く顎を引いた。


「近々、パトリアルスを城から出さねばならぬ。

 内務卿、国内の一切は卿が管轄するところである。宜しく計らってやってくれ」


「御意。

 ですが、宜しいのですか。

 臣が、そのう。典礼卿どのを差し置いて」


 彼は越権行為を懸念したらしい。

 申しつけた主君も、やや罰が悪い顔をして見せた。


「もっともな問いである。

 だが、それはよい。


 パトリアルスは、既に親王号を予に返還しており、身は王族には属しておらぬ。

 ゆえ、あれの今後については、典礼庁の管轄外となる。


 それにな、そのう――何だ。まあ、あれだ。

 予も、次男には若干の哀れみを感じておる。


 妻には何の同情も湧かぬが、母の要らざる世話によって、親王号を返還させられる羽目となった息子にはな。

 王ではなく、父として――何かしてやりたいのだ」


「左様に仰せなられますのは」


「うむ。下世話な話だが。

 卿の娘御と我が次男は、なかなかに親密だと聞いておる。

 別れるのは辛かろう」


 バロートは照れた、ように見えた。


「予は、あれを王都からさまで遠くは無い場所に住まわせておく積もりだ。

 家の繋がりは切ったといえ、血の絆まで断ち切ったとは、予も思っておらぬ。


 それに、ジークシルトに子がない以上、あれは依然としてわが王家の嫡子に変わりはない。

 卿には手間をかけるが、時折あれの様子を見に行き、予に知らせて欲しい。

 その際には、娘御も同道させるが宜しかろう」


「陛下」


「せめてもの、心の癒しとなろうゆえな。

 いてくれるか。予の頼みだ」


 この時。バロートの表情は一人の男親だった。 

 内務卿は、彼は深々と頭を下げた。


「謹んで、御意を奉じる事でございましょう」

「欣快である。

 役目大儀」


 機嫌良く頷くと、臣下を退室させた。

 ついでに、周囲の近侍も全員を控室へ追いやる。

 独りになった瞬間、彼は日常の表情へと、顔つきを一変させた。


「愚か者が」

 短く吐き捨てる。


 不出来な者こそ可愛いとの親心は、不変の真理であろうが、この武断王に限っては、そうではなかったのである。

 王の辞書に、寛容の文字は無かった。




 リューングレス軍参戦す。

 恐るべき一報が、戦場を駆け抜けた。


 雰囲気が、徐々に変貌してゆく。

 東の意気は恐ろしく揚がり、西は真逆になった。


「援軍到着、援軍到着。

 リューングレス軍、参戦。

 アースフルト親王殿下の御成り」


 曙光旗を掲げた伝令が、叫びながら躍るように走ってゆく。

 ツィンレー剣将は、鞍上で破顔した。


流石さすがは殿下。

 何という神速の御み足よ」


 手を打って、彼は叫んだ。周囲を固める兵士らも、こぞって万歳ジェイルを唱えた。

 明日にも到着があれば上出来だと思っていただけに、賞賛を惜しまなかった。


「援軍来着だ、怖れるものはない。

 押せ、押せ」


 兵はまことに意気軒高である。

 慌てたのは、エルンチェア軍だった。


 こうも立て続けに援軍が到着するとは信じ難い、しかし目の前には旗が無数に出現している。

 兵はまことに意気消沈である。


 一挙に混乱状態へ雪崩落ちようとしている配下へ、馬上の指揮官らは


「退くなぁっ。

 たかが小国の加勢がついた程度で、みすみす勝ちを逃してどうするか」


「新手と申しても、弱小なリューングレスごときではないか。

 ここで退こうものなら、末代までの恥となるぞっ」

 進めっ」


 必死の形相で怒号を飛ばす。

 ここで崩れてしまっては、短期必勝の構図が霧消してしまう。


 援軍の当てがなく、しかも王都の守備を手薄にしているエルンチェア軍としては、膠着状態に陥るのは不利であり、何としても避けなければならない。

 

 だが、西は初陣が多い。

 将兵揃って恐慌の波に飲まれ始めており、明らかに浮き足立っていた。


 大兵力であるだけに、もしもどこかに綻びが生じて本格的な混乱が起これば、立て直しはほぼ不可能と見なければならない。

 

 七万もの軍隊が統率不能になる。

 十分、戦慄に値する。

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