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ガロア剣聖伝  作者: 北見りゅう
第十一章
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王太子親征4

 たっぷりと間を置いてから、年長者の方が


「エルンチェアの意向は、我がブレステリスとの紛争を回避する。

 王太子が直々に申し述べたと。

 それは本当か」


 問いを口にした。

 ゼーヴィスは頷いた。


「しかと、この耳で聞き奉りました。

 殿下の御意は、我らに自重を求め、東と手切れする分には、少なくとも戦の当事者とは見ない。

 このような事でございます」


「ふむ。

 なるほど、バロート王陛下の御親書によれば、確かにグライアスとは近々に戦端を開くであろうとの御意だった。


 我がブレステリスに責任を問うとは、文面のどこにも無いのだ。

 しかしながら、あくまでも現段階の話でな。

 後日に、追加として我らも当事者であるとの御意向を御通達あそばされる恐れも、無きにしも非ずだ」


「なればこそ、王太子殿下はそれがしを通じて、我が宮廷に御忠告を差し下されたのでございましょう。

 今ならまだ間に合う。かような御意であると推察致します」


「だが、明確な根拠が無い」


 キルーツは苦い表情で首を振った。

 それは口約束であり、裏書と呼べる文書が無い。しかも、伝言を承ったのは一介の若い武人なのである。


 宮廷を説得する要素に欠けると言われれば、ゼ―ヴィスも言い募るのは難しかった。

 さしあたりは、開戦通知を行った国王親書の文面中に、ブレステリス云々が書かれていなかった。

 

 それだけが唯一の根拠であり、当人が言ったように、次の国書で覆される可能性は否定し得ない。

 さらに


「街の読み売りは、相変わらずの論調だ」


 一枚の紙を卓上に出した。

 ゼーヴィスは手に取り、素早く読み下して


「グライアス並びにブレステリスを討つべし、とありますな。

 市井においては、我が国も同罪という見方が主流……と申しますよりも、そのように誘導されているのでしょう」


「わたしもそう思う。

 エルンチェアは、我らを潜在的には味方だとは思っておらんのだ。


 東と手切れするならそれでよし、同盟を遂げるのであれば、敵と見做すに躊躇はしない。

 考えは、こんなところだろう」


「仰せの通りと存じます」

「ところで、使節団は目的を達したのか」


「いえ。

 それどころではございませんでしたので、王后陛下にお目通りの件は、外務卿閣下が困難とご判断なされました」

「まあ、ある意味で助かったな」


 剣爵は腕を組んで、いかにも複雑そうな表情を作った。ゼーヴィスも同意である。

 使節団が派遣された真の目的は、次男擁立を念願する王后と、周囲に集まっている反王太子派の貴族達に、ブレステリス宮廷が加勢する旨を伝達する事だった。


 王太子の排除も一環に含まれている。

 この場合は、すなわち暗殺も一案である。

 ゼーヴィスの父が


「我らも清廉潔白の身ではない」


 そう発言したのも、行動に慎重を期したのも、要は後ろ暗さを露見させまいとの意から発したのだ。

 ゼーヴィスも薄々ながら察知していた。内心では、当初から


(我らの企みがエルンチェアに通じるとは思えない)


 危惧し、軍服姿で謁見に臨んだ先方の王太子を見て


(これは無理だ)


 個人的には計画断念を勧めたい心境になったものだ。

 幸か不幸か、計算外の要素が飛び入りした為に、王后との接触は沙汰やみになった。


 バロート及びジークシルトは、あるいは使節団と親王陣営が密談に及ぶ可能性を鑑みて、あえて事件後も当方に自由行動を許したとも考えられる。


 期せずして目的不成就に終わったのは、信心深い者に言わせれば


「大神の導きである」


 という事になるであろう。

 剣爵は咳払いし


「このまま口をつぐみ、知らぬ存ぜぬを通せば、我がブレステリスは矛先をかわせよう。

 もっとも、永遠にエルンチェアの属国呼ばわりが付いて回るだろうが。

 我が宮廷が、この不快な事実を受け容れられるか否か。そこが生命線を分かつ」


 やや悔しそうな顔をした。

 気持ちは判る、とゼーヴィスは思う。


 独立を望み、エルンチェアの風下に立つを潔しとしない、その志があったからこその軍事同盟締結だったのだ。


 今になって志を捨てるくらいなら、最初から手を出すべきではなかった。

 そのように考える者も、一定数以上は居るに違いなく、宮廷内を紛糾させる大きな問題点になっていると彼は見ている。


 だが、それでも。


(今は時期ではない)


 手を引くのが妥当だと、彼は確信した。

 次にいつ機会が巡るかは誰にもわからないが、勝てる見込みがつかない闘いに突き進めば、そのなけなしの機会にすら二度と手は届かない。


 彼は、今の祖国が、北方で最も国力が充実しており、強い指導者を戴く雄国に勝てるとは、考えていなかった。


「剣爵閣下。

 本日、それがしの屋敷にお運び戴いたのは、祖国救済の案をお持ちになっておられるがゆえと拝察仕ります。


 それがしも、父に具申致しております。

 どうぞ、何なりとお申し付けください」


 思い切って言った。

 キルーツ剣爵は、単に人が好いだけの貴族ではない、良識ある人物に違いない。そう見て取ったのである。


 自宅から出られない若い武人の家に、危険を冒してでも訪ねて来た。

 更には、王族であるにも関わらず、爵位を進めていない。


 エルンチェア王妃を輩出した名門であれば、冠爵叙位が相当のところを、一段低い剣爵にとどまっているのだ。


「他国の后にとって従兄であるからこそ、宮廷に身分を求めるのは控えた方が良い」


 昇進を断ったと父から聞いている。

 今日の訪問は父の伝手だった。剣爵なりの考えがあるに相違ない。


 ゼーヴィスの期待に


「卓見だ。

 確かに、おぬしを見込んで頼みがある」


 初老の貴族は応じた。


「いろいろ言いはしたが、あれは宮廷の見解だ。

 現状からすれば、今はエルンチェアに恭順して時機を待つのが得策だと、わたしは思う。

 しかし、我が宮廷は必ずしもそうは思っていない」


「ご胸中、お察しします」

「そこでだ」


 内意が語られ始めた。

 ゼーヴィスは見る間に顔色を失っていった。


 あまりにもあまりな策であり、この温厚そうな紳士のどこにそのような考えが潜んでいたのか、俄かには信じ難い過激な内容だったのである。


 聞き終えた時、さすがに


「……時と場合によると思われますが」


 即座には首肯しかねた。

 剣爵も青い顔をしている。


「もう充分、時と場合によっているのではないかな」

「閣下」


「判っておるよ、ゼ―ヴィス。

 こんな事を頼むのは非道の極みだと、我ながら深く遺憾に思っている。


 しかし、時間が無い。

 宮廷の中には、東に共感する者、何らかの理由で東から手を引けない者が多すぎる。

 説得は難しい」


「……はい」


「今すぐに返事を、とは言わぬ。

 明後日まで待つ」


 そう言い残し、剣爵は辞去の意を告げた。

 実に、胸を重くする話を聞かされた。ゼーヴィスは唇をかんで、年長の上位貴族を見送った。


(他に手は無いのか。出来るなら……やりたくはない)


 玄関で客を送り出してからも、しばらくはその場を動けない彼だった。


「ちちうえ」


 幼い声が、待ちかねたかのような響きで彼を呼んだ。

 廊下に、客の帰りを知った息子が飛び出して来たらしい。待ちなさい、との妻の制止する声も聞こえた。


 家族に気取られてはならない。

 ゼーヴィスは何度か拳を握ったり開いたりし、大きく息を吸ってから


「ああ、待たせたね」


 父親の顔を作りつつ、振り返った。

 息子が駆け寄ってきていた。


 喜んで抱き着いてきた幼児の体を、頭上まで一気に持ち上げてはしゃがせ、腕に座らせると


「いい子にしていたな、偉いぞコーリィ。

 さあ、お父さんと遊ぼうか。

 外で駆けっこがいいか、それとも石投げか。両方ともかな」


 優しく声をかけた。

 横には何も知らない妻が、微笑みながら寄り添って来た。

 満面の笑顔で両親を見つめるコーリィは、幸せそうだった。

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