2.総統と双子の兄妹。
こんばんは、お久しぶりです。色々懲りてません。ごめんなさい。
「まぁそう云う訳なんだ」
「はぁ……」「はぁ……」
総統の私室にて、最近上位幹部に召し上げられた双子の兄妹は気の抜けた声を上げてしまった。敬愛する総統を前にして酷く礼を欠いた行いだが、それ以外の反応が出来なかったのだ。
総統の私室に入ったのは、兄妹共に初めてであった。それもそうだ。ここには上位幹部以上のクラスでなければ入る事が出来ないのだから。
その限られた者しか入れない部屋は、一言で云ってしまえば普通の和室だった。某ナチの親衛隊を連想するカッコよすぎる軍服を着こなす総統の私室だから、勝手に洋風だと思っていたのだけれど。予想に反して畳の香りが鼻をくすぐる、落ち着いた和の部屋である。
どっしりした黒檀の卓袱台に兄妹は並んで正座し、正面には総統がいらっしゃる。背筋をぴんと伸ばして正座している総統がカッコよくて、妹は頬を赤く染めていた。
部屋には床の間もしっかりある。兄妹にはわからないが、値が張るだろう壺と掛け軸が飾られていた。その隣りにある飾棚には木彫りの置物や写真立てが幾つかあって、その写真には総統の幼い頃から青年期にかけての写真があった。笑顔の幼い総統に兄妹はきゅんと胸を高鳴らせたのだが、その隣りににっくきヒーローが並んでいるのを見て口をへの字にする。
「総統は……ヒーロー・レッドと幼馴染だったのですか……」
「実はそうなんだ。って云うか、幹部は全員知ってると思ってたけど」
「は、初耳です」
「そっか。周知の事実状態だから、みんな敢えて云わなかったのかな?」
はっはっは、と軽く笑いながら、総統は側近が淹れた茶を音を立てずにすする。それに倣って、兄妹も茶をすすった。苦味を訴えた後、柔らかな甘味をもたらす上級の緑茶は大変美味しい。茶菓子はいつ頃手をつけるべきなのか。総統が食べたら食べようと、兄妹はアイコンタクトで決めた。
総統――本名は元部悠帥。上位幹部だけが知ることが出来る――は、御年八十五歳となる美丈夫だ。総統が三十四歳の時に完成させた不老技術を自身に施したため、外見は三十中ばのナイスミドル。後ろへ撫でつけた灰色の髪と同じ色をした瞳が、柔和な色を宿しながらも切れ長でセクシーだと女性幹部・戦闘員からは評判である。顔の形もまさにインテリ系出来る男ハンサム版。大企業の社長だと云っても違和感がない。と云うか、世を忍ぶ借りの姿がそれに近い。世界的大企業の会長だ。あまり姿は見せず、同じく世を忍んでいる幹部達に役員を任せ、「隠居してます」と云うスタンスであるが。
兄妹も最近その企業で、社長付きの秘書と云う役割を与えられた。世を欺く為とは云え、仕事は真面目にこなしている。その会社が総統が用意した隠れ蓑だと知らない一般社員の方が働いているが、それは仕方がない。
何故なら自分達の本業は、“悪の組織”なのだから。
「トップヒーローと悪の総統が幼馴染じゃ格好付かないからねぇ。戦闘員たちには教えていないのだけれど」
「知ったらみんな、混乱しそうです……」
「だよねぇ。でも事実だから、変えようがないんだ」
軽く笑って、総統は御茶菓子である花型の練り切りを、楊枝で丁寧に切り分けた。欠片を口に含むと、「満月堂さんのは、相変わらず美味しいねぇ」とご機嫌になる。総統が喜ぶと兄妹も嬉しい。食べなさいと勧められたので、「はい」と良い子の返事をして総統と同じように食べた。口の中でとろりと溶ける甘い練り切り。美味しい。
「それで、答えは今ので良かったかな?」
「は、はいっ?」
「そんなに緊張しなくても、取って食べたりしないよ」
くすくす笑う総統に、兄妹は揃って頬を染めて俯いた。妹の方は、「総統にならぺろりと食べられても……」などと思っていたが、兄に軽く肘鉄を食らったので口にはしなかった。こんな時に心を読まないで欲しいと切実に妹は願う。
総統は兄妹の反応を楽しげに見つめていた。それからどうしてか、哀しげな顔になった。慌てる兄妹に、総統は寂しげな微笑を浮かべる。
「僕が組織を設立した理由。君達の期待に沿えなくて、ごめんね」
「――」
二人はどう云えばいいかわからず、ただ首を左右に何度も振った。総統が謝る事なんて、何一つないのだから。
「……みんな怒らないんだよねぇ。そうやって、僕を許してくれる」
総統は手を伸ばし、兄の頭を撫でてから、妹の頭も撫でた。頭を撫でられた事自体久々なのに、それが総統であったため二人は顔を喜びと照れくささから赤くする。その様を、総統は柔らかな表情で見つめていた。
「見限られても仕方ないとは思っているんだけどね」
「そんな!」「あり得ません!」
同時に否定の言葉を叫んだ二人は、驚いたように目を見開く総統を見て慌てて謝罪した。総統の前で叫ぶだなんて、礼を欠くにも程がある。
しかし総統はやはり柔らかく笑って、許してくれる。その笑顔を見て、兄は少し口をもにもにさせて迷ってから、結局言葉を口にした。
「我々を救って下さったのは、総統です。“ヒーローではなく、貴方だったんです”。ですから我々は、何があろうと、どんな事があっても、貴方について行きます」
そう云って兄が深々と頭を下げると、妹もそれに倣った。
さらされた二人の頭のてっぺんを見ながら、総統は小さく笑う。それは苦い物が混じったものであったけれど、兄妹には見えていない。見ていたとしても、その苦味の意味を測る事は出来なかっただろうが。
「事故に巻き込まれた僕ら家族を、総統は救って下さいました」
「うん。打算まみれの救済だったけどねぇ」
「そうでした。新しい実験体が欲しかったんですよね」
傍から聞いたらとんでもない妹の言葉に、総統は穏やかに頷いた。
「放っておいたら死ぬんだから、いいんじゃないかって、そう思ってたんだ」
「事実、総統以外に僕らは救えませんでした」
「痛みと絶望の中、死ぬしかありませんでした」
十年前、彼ら兄妹は両親共々事故に巻き込まれた。ただ家族で歩道を歩いていただけだったのに、居眠り運転のバンが突っ込んで来たのだ。即死しなかったのが奇跡のような事故であったが、その時は命ある事が恨めしかった。
全身の骨を砕かれ、筋肉を潰されたかのような激痛。内臓が引っ掻き回されたように痛み、何度も血反吐を吐いた。いっそ殺してくれと、懇願したくなるような激痛に苛まれたのだ。
呼吸を阻害する吐血を幾度と繰り返す兄妹に、たまたま事故現場の近くに“下見”へ訪れていた総統が話しかけてきた。曰く、「助けてあげようか?」と。
目が霞んでよく見えなかったが、その時の総統はきっと、救いの天使ではなく堕落の悪魔だったのではなかろうかと、兄は思っている。口に出した事はないが。それでも、その悪魔に救われて良かったと思っている自分がいるのだから、それもまた良しであった。
痛みに支配された体、呻くしかない声、それでも必死に救いを求めたのは妹の方だった。血まみれの手を伸ばし――今思えば不敬極まりない行動だが――、総統の服の端を掴んで助けを求めた。掠れた、途切れ途切れの声で、確かに。「たすけて」と。
その時の「たすけて」は、どう云う意味だったのだろう。言葉通り「この激痛から救って」だったのか、「今すぐ楽にして」だったのか、「家族を助けて」だったのか。多分、全部だったと思う。混濁した意識の中で、全てを求めたのだ。
その身勝手な望みを、総統は叶えてくれた。
「私達に痛み止めを与え、基地へと招き入れて下さり、“改造手術”を施していただいて」
「お陰さまでこんなに元気です!」
「それは何よりだけれど」
お陰さまで、今や兄妹も両親も、立派な悪の組織の改造人間になった。いや、兄妹の方は組織への貢献の為に“怪人”にまで上り詰めていたが。両親は人間の域を出ていない。一応。
さらさらの黒髪と林檎のような赤い目がそっくりな兄妹。
兄は短くまとめた髪がよく似合う、精悍な顔立ちの美青年――だが、その頬や体のいくつかの部位は蛇の鱗が覆っている。
妹は腰まで届く美しい髪に相応しい、愛らしい顔立ちの美少女――だが、体の至るところから植物の茎が生え青々とした葉と白い薔薇が咲いている。
顔立ちが整っているが故に嫌悪感を抱きにくいが、普通の人間でない事は明らかであった。それは組織の怪人として当然の姿ではあるけれど。それにこれらは隠せない訳ではない。隠せなければ一般社会に溶け込めないのだから。ただ隠しているともやもやそわそわするので、出せる場所では遠慮なく出していた。
「……恨み事一つ云われないのも、なんだかね。勝手に人間辞めさせてしまったのに」
「ですから、総統がいらっしゃらなければ僕らはこうして生きていられなかったのですから」
「両親も元気に働いていて、私達も楽しく“怪人”をやっています。こんな素晴らしい人生、ただの人間ではあり得ませんでした」
「でも、君らを救ったのがヒーローだったら?」
「あり得ません」「あり得ません」
総統の疑問を、兄妹は一刀両断した。それはない、と断言した。
ぱちくりと目を瞬かせる総統は、なんだか幼く見えた。それに対し妹はまた胸を高鳴らせていたが、兄の咳払いで正気に戻る。
兄妹は微笑むと、悪の総統を名乗るのには善人すぎる我らが総統へ向かって云った。
「ヒーローは民衆を救うものであって、個人を救ってなんてくれませんから」
「彼らは“正義の味方”であって、弱者の味方じゃないんですよ? 死にかけた一般人を救うより、事故を起こした原因追究へ向かうに決まってます」
その言葉に――総統は、どうしてか泣きそうな顔になった。と、思ったのもつかの間、すぐに穏やかな苦笑を浮かべている。それに気付いた兄妹は、慌てて言葉を続けた。
「総統がそんな顔をなさる必要は……!」
「いや、でも、僕の我がままで作った組織が切っ掛けだからね、“あっち”は……」
「あくまで切っ掛けですっ。総統は道がある事を示しましたが、道そのものを作ったのは彼らの方です! 総統がお気に病む必要などありませんわ!」
必死に云い募る兄妹に、今度はただ穏やかな笑みを浮かべて、総統は云った。
「みんな、そう云ってくれるんだ。甘やかされてばかりで、情けない総統だよ、僕は」
自虐的な言葉にまた慌てる兄妹が口を開くより先に、総統は続きを口にした。
「だからこそ、僕は決着を付けないとね。善悪の雌雄、決しなくては」
柔和な目付きを鋭くして、優しげだった口元を一つに結び、穏やかな声音を硬くして、総統は云った。
強い決意が籠ったその言葉に兄妹は、「御心のままに」と忠誠の想いを乗せて告げて跪く。
威厳満ち溢れるその姿に、やはり我らの総統はカッコいい、と密かに思いながら。
短編のつもりが結構な文字数になってしまったので連載にしました。
後三、四話……長くても五話で終わると思います。
それより先に、メイン連載の続きと後一話で終わる中篇の方をやらねば……! と思っておりますが!
連載放置はよくないですよね……あぁぁあ忙しい+遅筆な自分が恨めしゅう御座います……!
……この話の他にも、プロローグと一話だけ書いて「続きはメイン連載進めるか中篇終わらせてからー!」ってのが沢山あります。
今回の投稿は、「沈黙しすぎだろちょっとは執筆しろks」と云う自分への叱責と尻叩きで御座います。
執筆活動、頑張ります、頑張ります……! だって小説書くのも、私なんかの小説読んで下さる読者様も大好きからー!(云い逃げ)