Code1
「ただいま!」
茶色の髪と黒髪の少年――カイル・コールエンは、貴族学院から帰宅をした。夕方とはいえ、外は雨が降って室内は薄暗い。家の電気はついていない。
先ほどから鼻をくすぐるのは、金属の匂い。かぎなれていない匂いでもあった。
――何の匂い?
不思議に思いながら電気を点灯させた。
血、血、血……。
目の前が真っ赤に染まる。
――嘘。
――ねぇ、父さん、母さん。
――嘘だよね?
――起きてよ。
――お帰りと言ってよ。
――いつもみたいに笑ってよ。
見たのはリビングに広がる真っ赤な血だまりだった。血だまりに倒れているアンとロイドの姿だった。体に触ってみると冷たかった。
手にべったりと血がつく。
――何で?
――どうして!?
息を飲む。
リュックが背中から滑り落ちた。
「何だ? まだ、誰かいるのか?」
耳に入ったのは聞き覚えのない男の声だった。
「あなたは誰! 何のために!」
声が震える。
「警察の依頼を受けて暗殺業務をしていた両親を恨めよ」
「暗殺業務? 僕の両親が?」
目の前にバサリと資料が投げ捨てられる。資料に目を通す。
依頼書
アン・コールエン、ジル・コールエン様
凶悪犯罪者シリアルナンバー十:セレス・カーエンを殺害せよ。
指定日時はアイズリー歴・三十六年・七月二日、午前0時まで
それを見て、読んだ瞳に影が落ちた。知らないところで夏樹と梓は人を殺していた。それでも、変わらず昴を愛してくれた。愛されている実感はあった。
大好きだよ、と言ってくれた。
何があろうとそれだけは事実だ。
忘れはしない。
二人に何か返せないだろうか。
できないだろうか。
敵を見ながら、復讐できる方法を数秒考える。
――相手に最大限の屈辱と処罰を与えてやる。
だとしたら、カイルにできるとすれば一つだけ。
一つだけだった。
暗殺家業を引き継ごう。
その血を引いているならできる。
闇を二人に背負わせるわけにはいかない。このままにするわけにはいかない。
瞳から色が消えた。
塗りつぶされた空っぽの瞳である。
何も映っていない瞳だった。
ずぎりと、胸元が痛んだ。
痛さに唇を噛みしめる。
胸元にバラの紋章が刻まれる。コールエン家の者にしか現れない紋章だった。
――これが、コールエン家に伝わる「噂」の紋章か。
早く殺せ。
そういわんばかりに、紋章の色が濃くなる。
心がざわついた。
温度が急激に下がっていく。
「暗殺者の家で生まれたお前には、そのからは逃げられないからな! 血の呪縛に苦しめばいい!」
「黙っていてもらいましょうか?」
「何だ? 反論をするのか?」
「ふふ……あなたが言いましたよね? 『暗殺者の家で生まれたお前には、その業からは逃げられない』と。その血を出し切るまでです」
小さいながらも暗殺者としてのスイッチが入っていく。そのスイッチをこの男が押したのだ。笑みを張り付けていく。
――確か、この先に包丁があったはず。
――これは、亡き両親のため。
――そして、自分のため。
相手を誘導する。
――さぁ、戦うために武器を持て。
――血に染まろう。
進むしかない。それが、カイルの生きていく道だった。その道を選ぶしかなかった。
背中越しに扉を開けると包丁を取り出した。小さな手で握りしめる。ダンッと床を蹴る。男の喉を真横に切り裂く。
ぶしゃりと、血が噴き出した。
白い肌を赤く染めていく。
紅く、紅く……。
カランと包丁が手から滑り落ちていく。カラカラと音を立てて遠くへと飛ばされていく。もう、何も知らなかった日常には戻れない。
帰れない。
堕ちるところまで堕ちてしまった。しゅるりと、バラからツタが伸びる。それは、首の一部へと浸食をしていく。「死」へのカウントダウンは始まっていた。
胃液を吐き出す。
空っぽになるまで吐き出した。
服で胃液と血を拭き取ると、ゆらりと立ち上がる。
――父さん、母さん。
――ごめんね。
――許して。
――僕はもう、この家には戻らない。
――さようなら。
――優しかった時間と楽しかった大切な思い出たち。
今日、ここに全てをおいていく。
閉じ込めておく。
せめて、と思って二人の瞼をソッと閉じる。
死を悼む。
玄関から外に出る。
血は大雨が洗い流してくれるだろう。姿は大雨の中へと消えていく。味方すらいない。帰る家もない。全てをなくしてしまった。孤独な暗殺者が誕生した瞬間でもあった。




