第三十三話
第三十三話
そこからはもう、食事も立って食べるくらいの、忙しさだった。
十人単位で代わる代わる人が湯に入りに来る。タオルの準備に、数時間置きの清掃。フラッフィーたちやユズにも手伝ってもらい、ホールには僅かな仮眠を取る冒険者達が転がって寝ている。ローガンやガルドも見かけたりはしたが、お互いが忙しく動き回り、声をかける暇もない。
そんな時間が二日程過ぎた時だった。魔物の数も減り、皆も疲弊しきっていた。そんな時、今までとは比べ物にならない程の大きな咆哮が響き渡った。
慌てて外に出ると、足音だけで地響きが伝わって来る。
そして次の瞬間、下層への出入り口を破壊しながら、巨大なドラゴンが姿を現した。
「うわぁぁぁ⁉」
「何でダンジョンにドラゴンがいるんだよ!」
「くそっ!」
統率が取れていたはずの陣形が一気に崩れ、防御壁さえも簡単に突き破るドラゴン。
恐怖に立ちすくむ者、逃げ出す者―――幾度となく死線を超えて来た冒険者達が、呆然とドラゴンを見上げる。
その中を、魔物を蹴散らしながらドラゴンが進んで来る。
「何だよ、あれ‥‥」
最初に動いたのは、リゼルだった。
特大魔法を繰り出し、ドラゴンに向けて放つ。大きな爆発音と共に、ドラゴンの背に煙が立つ。
だが、ドラゴンは止まらない。
その巨体は真っ直ぐ、上層への入り口を目指していた。
そして、その途中には湯屋もある。
「クソッ!」
絶望とか、そんな感情じゃなかった。
あともう少し踏ん張れば‥‥そんな時に出てきたドラゴンに、俺は無性に腹が立ったのだ。
皆が必死に押しとどめようと攻撃をするが、まるで集る虫を払うように進むドラゴン。
そして奴の目が、一番近くにある双狼の宿に向いた時だった。
ドラゴンの口の中が光り始める。
「ドラゴンブレスだ!」
そう誰かが叫んだ。その瞬間、俺の頭の中で、何かがブチッと切れる音がした。
掃除用の水道に向かい、全開まで蛇口を捻る。ストッパーのついたノズルとホースに、パンパンに水が溜めこまれる。
「この‥‥クソトカゲが!」
俺はノズルをドラゴンの口に向け、ストッパーを外す。すると、「ストレート」にしてあったノズルから、まるで水鉄砲のように水が発射される。
俺はべつに、これで倒せるとかは考えていなかった。効かないと分かっていても、なんとか一矢報いたい。そんな気持ちだったのだと思う。
水は見事にドラゴンの口の中に命中。驚いたドラゴンが顔を振り、光が治まる。
「このっ!」
そこに、龍之介が投げた黄色いプラスチックの桶が飛び、ドラゴンの額に当たって「カコン!」と間抜けな音が響いた。
ゆっくりとした動きで、ドラゴンが俺と龍之介を見下ろす。
「来るなら来いよ、クソトカゲ!」
俺はもう一度、ドラゴンに向けて水を放った。
次の瞬間、突然ドラゴンが悲痛な雄叫びを上げたのだ。
「「え?」」
思わず龍之介とハモる。
「今だ! トドメを指すよ!」
リゼルの声と共に、一斉攻撃が始まる。
それまで全然効いていなかった攻撃が、どんどん致命傷を与えていく。
そして、ドラゴンは大きな筒煙を上げながら、地面に倒れ込んだ。
「うぉぉぉお!」
冒険者達の勝鬨が挙がる。
俺と龍之介は訳も分からず、思わず持っていたノズルを見つめていた。
「やるじゃないか、シュウイチ!」
走って来たローガンに持ち上げられ、振り回される」
「うぉっ⁉ お、おい! なんの事だよ⁉」
「いつの間に水魔法なんか使えるようになったんだ!」
「おい、ちょっ‥‥うぷっ‥‥」
「あ、すまん」
振り回され過ぎて、軽く酔った。
なんとか地面に下ろされると、地面に座り込む。
「修一は、魔法なんか使ってないわよ? ってか、アレ、倒せたのよね?」
俺の代わりに、龍之介が聞いてくれた。
「ああ、もう大丈夫だ。溢れた魔物も、もう全て倒した」
「そう、良かったわ‥‥ってか、何だったのよ」
「シュウイチが水の矢を放っただろ? それが見事、ドラゴンの逆鱗を剥がしたんだ」
「逆鱗って‥‥あの、喉にあるって言う?」
竜の逆鱗は向こうの世界でも聞いた事がある。もっとも、向こうの世界での空想上の話だが。
「は‥‥ははは! 水道ホースで竜の逆鱗って!」
「ふふ、あははは!」
もちろん、俺に魔法なんか使えない。しかも、狙ったわけじゃない。
偶々、まるで外壁に引っ付いた葉っぱを打ち落とすように、逆鱗が剥がれたらしい。
「かっこ悪‥」
「いいじゃない、倒したんだから」
「最終的に倒したのは、俺じゃねぇけどな」
安堵から、思わず地面に座り込む。
「はぁ~‥‥」
「腰抜けた?」
「抜けてねぇわ。膝が爆笑してるだけだ」
「ヘタレ」
「お前だって手震えてるくせに」
龍之介の手は、小さく震えていた。それもそうだろう。向こうの世界じゃ、ドラゴンなんて空想上の生き物だからな。
「ドラゴンの肉って、食べられるらしいわよ。冒険者たちが、今日は宴だって騒いでたわ」
「‥‥リアルモ〇ハンかよ」
俺は、呆れつつも少し楽しみにしながら、これから押し寄せるであろう彼等の為に準備をしようと立ち上がった。




